第2話:隣国の王と、不遜なる拾われ令嬢
「……ああ、これはまだ、死ねないわね」
身体を起こすと、知らない天井があった。
そして、胸元には柔らかな毛布。
窓から差し込む光が、かすかに肌を照らしていた。
意識が戻ったのは、帝国から追放されて三日目のことだった。
私は、崖のような谷間を越えた先――
帝国と国境を接する隣国イストリアの小村に流れ着いていたらしい。
「目を覚ましたか」
低く、冷ややかな声。
ドアの向こうに立っていたのは、一人の青年だった。
黒い上質な軍装に、紋章付きのマント。
鋭い金の瞳が、まっすぐ私を射抜く。
「……どなた?」
「私はセイラン=アル=ラグレイヴ。イストリアの王だ」
私は思わず眉をひそめた。
(……王?)
このような簡素な小部屋に? 護衛もなく?
だが、その態度も目つきも、“王”という肩書にふさわしいものだった。
「なぜ……私のような者を?」
「お前を拾ったのは偶然だ。ただ――興味がある」
セイランは手に一枚の紙を差し出した。
そこには、帝国からの国外通達が書かれていた。
【クラリッサ・フォン・エルディン。爵位剥奪・追放済。帝国への再入国不可】
そして、その下に記された罪状。
『王太子婚約者としての不適正行動。
聖女リリーへの魔力妨害及び貴族倫理違反。』
私はその紙を受け取ってから、少しだけ笑った。
「……この紙の通りだと思われますか?」
「思っていたなら、とっくに牢に放り込んでいる」
「なるほど。では、どうして王自らが?」
「“貴族倫理違反”などと曖昧な罪状で、これほど高位の者を追い出すとは。
――帝国の腐敗が、文章から滲み出ているようだ」
「……お見事な読解力」
「お前のような女は、面倒だが……面白い。
使えるものなら、我が国で使ってやってもいい」
彼は、まるで道具を選ぶかのような視線で私を見た。
「……随分と謙虚な提案ですこと、陛下」
私は上体を起こし、しなやかに一礼した。
「では、こちらからも条件を。
私を使うというのなら、**“名前”ではなく、“成果”で判断していただきます」
「当然だ。イストリアは“血筋”ではなく、“力”が価値を持つ国だ」
「その言葉、信じましょう」
私は、かつてのような優雅な礼を、もう一度やってみせた。
──この瞬間。
“捨てられた悪役令嬢”は、隣国の王と、奇妙な“対等の契約”を結んだ。
貴族としてではなく、一人の人間として。
過去に囚われた娘ではなく、“未来を作る女”として。
「クラリッサ・フォン・エルディン。
この名を――イストリアに刻んで差し上げますわ」