第1話:婚約破棄は突然に。そして、追放も。
私は舞踏会で、笑顔のまま婚約を破棄された。
帝都アルディナ。王宮にて開かれた春の社交舞踏会。
音楽と笑い声が満ちる会場で、私は、誰よりも美しく装って立っていた。
けれど、壇上に呼び出された次の瞬間、すべてが終わった。
「クラリッサ・フォン・エルディン。
貴女との婚約を――この場をもって破棄する!」
突如、王太子ジュリアンの声が響いた。
ざわめきが走る会場。
何人かの令嬢が口元を手で押さえ、貴族たちは戸惑いの表情を浮かべる。
「どういう、ことですか……?」
「貴女が聖女リリーを執拗にいじめたという証言があった。
魔力干渉による精神不調、目撃証言も多数。弁明は不要だ」
「……冤罪ではなく?」
「貴族の娘としての品位を疑われては困る。即刻、爵位を剥奪し、帝国から追放とする」
私は、まるで台本通りに進む茶番劇のような出来事に、しばし呆然とする。
その傍ら、彼の“新しい婚約者”として立つのは、平民出身の少女リリー。
彼女は涙ぐみながら、舞台の中心で“私の残虐さ”を語ってみせた。
「クラリッサ様が……私の祈りを踏みにじって、魔力を乱されて……」
(祈りって、何?)
私が彼女に話しかけたのは、実際にはほんの数回。
誤解どころか、故意の捏造。
「くだらない」
私はそう呟き、王太子を真っすぐに見つめた。
「王太子殿下。あなたの指には、まだ私との婚約指輪がございますわ。
……式すらまだですのに、“破棄”というのは、少々順序が逆ではなくて?」
ジュリアンの顔が、わずかに引きつった。
「さようでございますか。では、改めて――この婚約、破棄いたします」
私は、手袋をはずし、指輪を自らの手で外した。
そして、王太子の足元にそれを落とす。
カツン、と音がした。
「愚か者たちの小芝居に、つきあう義理はございません。
追放でも罰でも、お好きになさって。
ただ――」
私はドレスの裾を翻し、観衆の中心で最後の一言を投げた。
「私を失ったことが、どれほど愚かだったか。
やがて、帝国そのものが思い知ることでしょう」
翌朝、私は屋敷を明け渡され、護衛もつかず馬車に乗せられた。
表向きは“穏便な処分”。
実際には、「帝国の恥」として追い出されたも同然。
(……これが、私に与えられた結末)
誰も見送らない街道。
冷たい風が、私の頬をなでた。
だが――
私はこの追放を、“終わり”とは呼ばない。
むしろこれは、“物語の序章”にすぎない。
クラリッサ・フォン・エルディン。
かつて“悪役令嬢”と呼ばれたこの私が、
やがて“隣国の国母”として、再び帝国を見下ろす日が来る。
それを、あの方たちはまだ知らない。