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夢界ノ彼方へ  作者: やま
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夢界ノ彼方へ 第七話 記憶の裂け目

夢界ノ彼方へ 第7話:記憶の裂け目


 ――暗闇。

 深く、果てしない空虚。何もない。けれど、“誰か”が見ている。


 津奈は気づくと、無重力のような空間に浮かんでいた。

 地面も空もない。足を動かしてもどこにも届かない。


 ただ、背後に――何かが“確かにいる”。


 見えない。

 でも、感じる。息遣いのようなものが首筋をなぞり、目を閉じても“視線”がそこにあることがわかる。


 「……わたし……どうして……」


 呟きながら、手を伸ばす。するとそこに、ひとつの扉が出現した。


 古ぼけた木製のドア。真鍮の取っ手は錆びており、触れるとじんわりと冷たい。

 何の前触れもなく、ドアは勝手に開いた。


 中は、“病室”だった。


 いや、病室に“似たもの”。現実と寸分違わぬ部屋――だが、どこかが異なる。

 点滴の袋は逆さに吊るされ、時計は止まっており、壁には見覚えのない“額縁”が掛かっている。


 その中に、誰かの写真があった。


 焦げたように黒ずんだ人物の上半身。

 ただ、顔だけが異常なまでに鮮明。にやりと笑うその口元には、あの記憶が直結していた。


 ――野獣先輩


 その名前を、心の中で思った瞬間。

 額縁のガラスがバリンと砕けた。


 「津奈」


 声がした。背後から。


 Eくんだった。

 だが、その目が――やはり赤黒く滲んでいた。


 「Eくん……あなたも……」


 Eくんは何も言わず、ただ彼女に歩み寄ってくる。

 歩くたび、足元から黒い影がにじみ、床を侵食していく。


 「やめて。お願い、思い出したくないの。名前を、もう、思い出したくないの……!」


 津奈は後退りしながら叫ぶ。けれどEくんは立ち止まらない。

 その瞳には、もう“彼”が入り込んでいる。


 「忘れようとしても、無駄なんだよ」


 その声は、Eくんのものではなかった。

 同じトーンの中に、“あの声”が混じっている。


 ――アッー……


 耳の奥で反響する。

 世界がぐにゃりと歪み、病室の天井が裂けた。


 その裂け目の先、空間の狭間に、あの“人影”が立っていた。

 黒い霧に包まれた身体。肌は焦げ、赤黒い目と、笑う口元。


 にやり、と。


 “彼”は笑った。


 そしてその瞬間、Eくんの手が津奈の腕を掴んだ。


 「こっちに来い。こっちなら、怖くないから。ずっと一緒にいられるから」


 その声に、どこか“昔のEくん”が混じっていた。


 「嫌……離して……っ!」


 津奈はもがき、腕を振り払おうとする。

 だが、力が入らない。夢の中でしか味わえない“身体が重い”あの感覚。


 目の前に、再びドアが現れる。

 今度のドアには、赤い文字でこう書かれていた。


 —


 「記憶に鍵をかけよ」

 「封じねば、同化される」


 —


 津奈はとっさにその扉に手をかける。

 背後ではEくんの――いや、“Eくんではない何か”の声が響く。


 「ダメだ、そこへ行くな。そこを開ければ――」


 だが、言葉の途中で、津奈は扉を押し開けた。


 中は“真っ白”だった。

 すべてが光で満たされ、音も、重力も、色さえもない。


 そこで、ひとつの映像が再生される。


 ――それは、津奈が小学生の頃の記憶。


 教室の片隅で、一人ぼっちで本を読んでいた自分。

 誰にも話しかけず、誰からも話しかけられず。

 ただ、“見えない何か”に話しかけていた。紙に名前を書き、呟いていた。


 「やじゅうせんぱい……」


 その瞬間、現実が、夢と繋がった。


 「……わたしが、呼んだの……最初に……」


 幼い自分が、書き殴ったノート。

 そこには何十回も繰り返された“あの名前”があった。


 今よりずっと前。

 熱でも、薬でもなく。

 心の孤独が、あの存在を“引き寄せていた”のだ。


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