夢界ノ彼方へ 第二話 同じ夢を視るモノたち
夢界ノ彼方へ 第2話:同じ夢を視る者たち
廊下を駆けるたびに、足元がぎしぎしと軋む。不自然にねじ曲がった校舎の構造は、津奈とEくんの平衡感覚を狂わせた。まるで自分たちが校舎に“呑まれていく”かのような錯覚に襲われる。
「さっきの……アイツ、なんだったの……?」
津奈は息を切らしながら言った。
「わかんない。でも、アイツ……前にも見たことある気がするんだ」
「夢の中で?」
「いや……中学生向けの心霊動画とかで、たしか“野獣先輩”って……」
その名前に、津奈の心臓がまた跳ねた。そう、夢の中で彼女に向かって不気味な笑みを浮かべていた“男”と、完全に一致している。
「……Eくん。私、知ってる。その名前……」
「え?」
「夢の中だけじゃない。何かの“ネットの怪談”で見たことある。“絶対に名前を呼んではいけない心霊存在”って……」
「やば……そういうの、ゲームの都市伝説だけじゃなかったのかよ……」
不意に、目の前の廊下がねじれるように揺れた。
視界が急に暗転し、世界の重力が逆転する。
――ドンッ!
2人は気づけば保健室の床に倒れ込んでいた。目の前には血のように赤黒いカーテンが揺れている。だが、その部屋には誰の気配もなかった。
「ここ……保健室?」
「さっきまでは、階段の前にいたはずなのに……空間が歪んでるのか……?」
Eくんがそっと立ち上がり、周囲を確認する。誰もいない、無音の空間。しかし、ベッドのカーテンの奥――その向こう側から、かすかに“声”が聞こえた。
――……イク、ンァ……
――……ハイッテ、ドウゾ……
「やめて、Eくん、行かないで!」
津奈が手を伸ばす間もなく、Eくんはゆっくりとカーテンを開けた。
「“あの人”? 野獣先輩……のこと?」
その名を口にした瞬間、カーテンがひとりでに閉まり、部屋の電灯が激しく点滅し始めた。美月が両手で頭を抱え、苦しみ出す。
「……名前を……言っちゃ……ダメ……!」
「まずい! 津奈、離れろ!」
次の瞬間、保健室の壁の一部が“溶け落ち”、黒くねっとりとした液体が床を侵食しはじめた。
壁の中から、笑う声がする。歪み、反響し、耳にこびりつくような気味の悪い笑い声。
――アハハ……アッー……
その声に、津奈は凍りついた。
Eくんが美月を抱え、津奈の手を取り、なんとか保健室を飛び出した。廊下の先は、また形を変えていた。無限に続くような階段。逆さに吊るされた扉。どこにも“現実”の形が残っていない。
「なにこれ……もう、どこが出口かもわかんない……!」
「落ち着いて! ここはたぶん、俺たちの“夢”の中だ。夢の中なら、何か“きっかけ”があれば抜け出せるはず……!」
「でも、その“きっかけ”って何なの……!?」
その問いに、Eくんは答えられなかった。
ただ一つ、確かなのは――この夢は、ただの夢ではない。誰かの“意志”によって構築された異世界であり、そこに現れる“野獣先輩”という存在は、確実に何かを伝えようとしている。
そして、美月が最後に漏らした言葉が、津奈の心に深く残っていた。
「……名前を言っちゃダメ……あれは……呼ばれたら来る“何か”なの……」
そのとき、どこか遠くから声が聞こえた。
「――やっと見つけたぞ、君たち!」
振り返ると、異様な格好をした男が立っていた。茶色のスーツに、サングラス。そして胸元には謎の“時空警察バッジ”。
「誰……?」
「俺はN。香川出身の時空探偵だ。この世界から出たいなら、協力しろ。まだ間に合う……」
物語の深淵が、今、動き出す。