夢界ノ彼方へ 第一話 目覚めの教室
夢界ノ彼方へ 第1話:目覚めの教室
窓から差し込む光は、まるで本物の太陽のように温かく、まぶしい。
けれど、どこか違和感があった。
教室の壁にかかった時計の針は12時を指して止まっていたし、クラスメートの顔も、微妙にぼやけて見える。
「……ん? ここ……どこ……?」
津奈は、頭を抱えながら机から顔を上げた。見覚えのある制服に、見慣れた机と椅子。確かにこれは自分の中学校の教室――のはずだ。でも何かが違う。空気のにおいも、ざわつく声も、どこか作り物めいていた。
「おはよ、津奈」
声に振り返ると、そこにはEくんがいた。津奈の幼なじみであり、最近付き合い始めたばかりの恋人。彼の表情はいつもと変わらないけれど、その瞳の奥にわずかな不安が宿っている。
「Eくん……ここ、何か変じゃない?」
「うん。俺もさっき目覚めたばかりだけど……何か、現実味がないっていうか」
2人は顔を見合わせた。周囲のクラスメートは、まるで録画されたビデオのように同じ言葉を繰り返している。
「体育の時間だよー」
「社会のノート、持ってきた?」
「今日、部活あるのかな?」
誰も彼もが、同じ話題を繰り返している。言葉の抑揚すら一致していて、まるで機械仕掛けの人形のようだった。
「……これ、夢なの?」
津奈が問いかけると、Eくんは首を振った。
「夢にしては、五感がリアルすぎる。触れるし、痛みもある。俺、さっき机で指をぶつけたけど……ちゃんと痛かった」
そのときだった。
背中に、冷たいものが走った。まるで誰かに見られているような、じっとりとした視線。
津奈はそっと振り返った。だが、教室の後方には誰もいない。ただ、黒板のすぐ横――その「空間」に、目に見えない何かが存在している気配だけがあった。
「Eくん……今、誰かいた?」
「え? いや……誰もいなかったけど……」
「変な視線、感じなかった?」
Eくんは一瞬黙り込み、そしてうなずいた。
「……感じた。しかも、俺もさっき夢を見たんだ」
「夢?」
「うん。変な男が、体育館の裏で……こっちをずっと見てた。顔ははっきり見えなかったけど、笑ってた。口だけが……やけにハッキリしてて」
その言葉に、津奈の心臓がどくりと跳ねた。彼女も、まったく同じ夢を見ていたのだ。
「まさか……同じ夢……?」
「そんなことってあるのか?」
不意に、教室の蛍光灯がバチン、と音を立てて消えた。次の瞬間、誰もいなかったはずの教室の奥、黒板の隅に――
“何か”が立っていた。
それは、全身を黒い靄に包まれた男。肌は灰色にただれ、目は真っ赤に爛れ、しかしその口元だけが不自然なほど鮮明だった。
にやり。
男の口元が、こちらを嘲笑うように歪んだ。
――野獣先輩だ。
「うわっ!」
「逃げろ!」
津奈とEくんは同時に立ち上がり、教室のドアへ駆け出した。けれど、ドアはまるでコンクリートのようにびくともしない。
背後で、低く笑うような呻き声が響く。
「……ユルサナイ……タミフルヲ、ノンダナ……」
「なんて言ってるの……?」
「知らない! でも、逃げなきゃ!」
2人は窓を開け、廊下へ飛び出した。だが、そこにはいつもの校舎はなかった。
廊下の先に広がるのは、ねじれた廊下と、暗闇に沈んだ無数の扉。空間そのものが歪んでいた。
夢か、現実か、それすらも分からない世界で――2人の奇妙な探索が、今、始まった