もんぺっ!
さらにもう一本。今度はコメディになります。
読んで頂けると嬉しいです。
モンスターペアレント。通称モンペ。
俺たち教師に理不尽な要求をしてくる奴らだ。
「はぁ……」
この高校に赴任して五年。
ついに学級を受け持つことになってしまった。
今日はこれから三者面談の予定になっている。
教師側の席に着くのは今日が初めてだった。
困ったことに……俺の学級には問題児が多い。
だが、それ以上に問題のある親が多いらしいのだ!
「はあぁ……」
まだ誰もいない教室で、溜息を吐いてしまう。
駄目だ駄目だ。
早く切り替えないと――。
そう考えていると、扉がノックされた。
一人目、山本賢太郎。
簡単に言うなら、学校一の不良である。
刈り上げた頭に大きなガタイ。
見上げる度に、まるで岩のようだと思う。
あちこちに痣や傷があって、包帯を巻いていた。
他校の生徒と問題を起こしたという噂は本当だったらしい。
対して、一緒に入って来た母親は随分と小柄だった。
ただ、眼鏡の向こうに見える小さな瞳は落ち着きなく動いている。
「じゃあ、まずは成績についてから……」
二人が席に着いたことを確かめて、俺は予定通りに切り出した。
「あの、その前に一つ良いですか?」
「……はい」
早速と出鼻を挫いてくる。
仕方ないので続きを促した。
「この子、虐められてるみたいで……」
母親が言った。
……嘘だろ?
「えっと、どうしてそう思うんですか?」
いやいや、ひょっとしたら本当かも知れない。
「だって、この間も他校の生徒の親がやってきて……。
この子にカツアゲされたなんて言うんですよ!」
「…………」
ちらりと横を見る。床に置いた賢太郎の鞄から財布が見えた。
明らかに趣味ではない高級ブランドだった。きっと奪った金で買ったのだろう。
「財布ごと奪われたって!
なんて酷い言いがかりを言うの!?」
……財布ごとかぁ。
賢太郎は我関せずと横を向いていた。
「さらには殴られたなんて!
この子がそんなことをするはずがないんですよっ!」
「……ええ、そうですね」
賢太郎の拳を見る。
指の辺りに包帯をぐるぐると巻いていた……まるで何かを殴ったように。
「あの生徒はたまたま転んだに決まっています!
その拍子に財布を落したんです! ちょうど拳を痛めていたこの子を……」
状況証拠を全部無視するじゃん。
で、どうせコイツが偶然落ちていた財布を拾ったんだろ?
「まぁ、結局は憶測に過ぎませんからね……」
うんうんと頷く。他校と揉めるなんてとんでもない。
どうにか丸く収めて、収拾をつけないと。
「先生、この子の味方になってあげてくれませんか?」
「……もちろん、いつでも俺は味方だからな」
賢太郎に向けて、俺はにこっと営業スマイルを返す。
内心では逃げる気マンマンである。
下手したら加害者に加担することになる。
……教師を辞めたくはないんだよ。
おっと。
憶測に過ぎないんだった。
二人目、天城有希。
悪い印象はない。男女の区別なく同級生と仲良くしている姿を覚えている。
外見は特別目を引くわけではない。
ただ、人懐っこい笑顔が人気らしい。典型的な良い子と言える。
一緒に入って来たのは父親だった。
……一目見て、頑固親父だと思った。いや、第一印象だけど。
何ていうか、阿吽の像を両方とも混ぜて赤く塗った感じ。
これから俺が怒られそう。思わず謝っちゃいそうだ。
「有希さんはバスケ部のマネージャーとして大変活躍しているみたいです。
顧問の先生や部員も感謝していましたよ」
まずは無難なところから切り出した。ただ、嘘ではない。
先生から言われたことがあるし、クラスメイトの部員も言っていたことだ。
「先生、俺はそんな話をしに来たんじゃねぇよ」
「……そうですか」
学校での様子を切って捨てられる。
三者面談ってそんな話じゃないのか。何しに来たんだよ。
「こいつ、どうやら彼氏が出来たみたいでさぁ……」
「そうだったのか、気付かなかったな」
話が見えてきた。要するに親バカだろう。一人娘っぽいからなぁ。
父親の血走った眼から顔を背けるように、俺は有希を見る。
有希は恥ずかしそうに俯いていた。気持ちは分かる。辛いよな。
でも、分かってほしい。俺も辛い寄りだ。
「俺はソイツを一目見たいんだよ!」
「お父さん、やめてっ!」
「……あの、冷静に」
頑固親父が立ち上がる。だから三者面談なんだって。
有希が必死に止めようとしていた。
「先生! コイツは相手が誰かって訊いても答えないんです。
どうか分かったら伝えてもらいたい!」
頑固親父はその場でがばっと頭を下げる。
引き攣った苦笑いを浮かべるのが、俺の精一杯だった。
「お父さん」
有希が頑固親父の腕を引く。
「放せ、そもそもお前が素直に教えれば……」
しかし、頑固親父は振りほどいた。
「もし教えたら、お父さんはどうするの?」
「ちゃんとした奴なら何もしねーよ」
前提条件がある時点で駄目だと思う。
ここは嘘でも言い切れよ。
「だけど、もしもソイツがちゃらちゃらした男だったら、俺はもう……!
そんな奴がコイツに手を出したりしたら――使い物にならなくしてやる」
使い物にならなくするって何?
そして頑固親父はもう一度頭を下げた。
「お願いします! 先生!」
「…………」
やだよ。
犯罪の片棒を担ぎたくないよ。
「……分かりました。僕の方でも注意しておきましょう。
学校としても不順異性交遊なんて許せませんからね」
俺は当たり障りのない台詞を吐いた。
頼まれたことには答えない。方便ばっかり上手くなるなぁ。
「ありがとうございます、先生!」
頑固親父は気を良くして去っていった。有希が後を追う。
あの人、本当にこの話をするためだけに来たんだな。
三人目、桜井幸弘。
バスケ部のエースで成績優秀。女子からの人気が高い男子だ。
母親はいかにも教育ママという感じ。
しかし、幸弘の方は心底嫌そうにしていた。
「幸弘くんは文武両道で、クラスでも中心人物として活躍して――」
「そんなことありません! この子、一年生の頃より成績が落ちたんです!」
? そんなに落ちただろうか? 手元の資料に目を向けた。
確かに少し落ちていたが、教師としては『変化なし』と判断する範囲だ。
「……確かに少し落ちているようですが、十分に優秀と呼べるレベルですよ」
正直にそう言った。幸弘がほっとした顔を浮かべる。
「そうは言いますが、明らかに勉強時間が減ったんです。
それにコソコソと連絡していて……きっと彼女が出来たんです」
母親はきっと、幸弘を睨んだ。
……まーた色恋沙汰か。さっきと同じパターンかな。
「先生、協力してくださいよ。相手はサキだかアキだか……あれ、ユキ?
そんな感じの名前でバスケ部の人だと思うんですが」
やっぱり……ん?
バスケ部の関係者で『ユキ』?
――さっき面談した天城有希の彼氏じゃねーか!
「申しわないのですが、僕も生徒の交友関係までは把握していないので……」
「……む」
言いながら母親から視線を逸らす。
そして、さりげなく幸弘の姿を改めて見た。
背が高く、細長いシルエット。髪は茶色で整髪剤を使っている。
右耳にはピアスの痕。椅子に浅く座り、大きく背もたれに寄りかかっていた。
あー、駄目だ。
ちゃらちゃらしてるわ。
哀れに思った俺は母親に対して、幸弘を褒めちぎった。
この手の親はやはり満更ではないらしく、最後は満足した様子で席を立つ。
「ありがとうございました! 先生!」
上手いこと逃げ切れたらしい。母親が先に教室を出て行った。
「……桜井」
「はい?」
続いて退室しようとした幸弘に、つい声を掛けてしまった。
母親はすでに出て行ったらしい。俺は近づくと、囁くように続けた。
「えっと……気を付けろよ」
「? 何に?」
「……夜道とか」
「?」
幸弘は最後まで首を傾げて教室を出て行った。
意味が分からないかも知れないけど、気を付けた方が良いんだって。
――俺だって良く分からないけれど。
――使い物にならなくなるかも知れないんだ。
職員室に戻ると、俺は自分の席に座って天を仰いだ。
……今日の親は強烈だった。
「あー、疲れたぁ……」
「お疲れ様です、どうしたんですか?」
目を閉じて、こめかみを揉んでいると隣の倉田先生が声を掛けてくれた。
羨ましいことに、今年はクラスを受け持っていない女性の先生だ。
「今日は三者面談で……モンペばかり来ちゃって大変だったんですよ」
そう言って、俺は両腕をだらりと下げた。
「? あれ? 何か落としましたよ……写真?」
倉田先生が俺の横で何かを拾う。
すぐに手渡してくれる。
「あ! ありがとうございます! 失くしたら大変だった」
お礼を言って写真を受け取る。
肌身離さず持っていたのに、危ない危ない。
いつの間にか、倉田先生が少し冷めた目で俺を見ていた。
「……その写真って」
「娘ですよっ! 可愛いでしょう!? 小学校に上がったばかりでしてね!
本当はずっと一緒にいたいんですけどねぇ……代わりに写真を」
倉田先生が少し距離を取った。
俺がぐいと詰める。
「……今度、三者面談があるんですよ。楽しみで楽しみで。
小学校での様子を一つ残らず聞き出してやるんです」
最後に「良かったですね」と言った後、倉田先生が自分の席へと戻っていった。もう少し話したかったのに……。
「あんたも大概だよ……」
倉田先生が何か言った気がしたが、聞き取れなかった。
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