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第5話 皇帝陛下との初対面

それからというもの、ロザリンドは足繁く庭に出て放し飼いにされているライオンに会いに行った。普通、ライオンが放し飼いなんてあり得ないと思うのだが、立派な体格や美しい毛づやを見れば大事に飼われているのが見て取れる。誰も何も言わないが、特別な力を持つ神獣として扱われているのだろうと勝手に解釈していた。


大体同じような時間に外に出ると、まるで彼女を待っていたかのようにいつも同じ場所に座っている。待ち合わせなんてできる相手ではないのに、すれ違わずにぴたっと会えるのが不思議でならない。それでも、この賢そうなライオンなら不可能ではないような気がした。


「こんにちは。今日も会えたわね」


ロザリンドは笑顔でそう言うと身をかがめてライオンを軽くハグして、その場にしゃがんだ。まるで打ち合わせたかのようにライオンも一緒に座る。上着は一応着ているが、体を密着させていると温かいので、むしろ暑いくらいだ。ライオンの方も、ロザリンドと一緒にいる時はリラックスしているようだ。


「嫌われたらどうしようと思ったけど、タルホディアの人たちはみな優しいわ。それより、カルランスから連れてきた侍女たちがまだ慣れてないみたいで……獣人だからと何かと差別するのを見ると辛い。私がたしなめても効果ないのよね。威厳がないから……」


ぴったりと寄り添うと柔らかい体と温もりがじかに伝わる。誰にも言えない愚痴でもここなら打ち明けられる。言葉は通じないだろうが、ロザリンドが悲しい顔をすると、慰めるように頬をぺろぺろと舐める心遣いが嬉しかった。


「何か食べ物を持ってこようと思ったんだけど、王宮で丁寧に飼われているようだし、変なものを与えたら怒られそうでやめたの。ライオンだから肉食よね? クッキーやフルーツは食べないのよね?」


ロザリンドがそう言うと、ライオンは耳を倒して見せ、まるでしょげているような仕草をした。こういうのを見ると言葉が通じているように思えてくる。その様子がおかしくてクスクス笑った。


「あなたがいてくれてよかった。もう一週間以上経つのに皇帝陛下にお会いできなくて気が滅入っていたの。本当に被災地に行っているならいいんだけど、ううん、国が大変な状態なのにいいなんて言ったらバチが当たるわね、私に会いたくなくてわざと姿を隠しているんじゃないかって思うの。だって前の奥様とは比べ物にならないもの。ごめんね、愚痴ばかり言って。我ながら疑り深くて嫌になるわ」


どうも自嘲する癖が抜けなくて困る。彼が言葉を話せたらこの時どんなことを言うのだろか、ふとそんな疑問が脳裏に浮かぶ。彼女は、ライオンの体をなでながら、独り言のように話し続けたが、ライオンはじっと耳を傾けたままだった。


「せめて、陛下が帰ってくるまでにタルホディアの歴史を学ぼうと思ったの。カルランスでも予習はしたんだけど、どうもこちらで言い伝えられている話と違うみたいで。カルランスの本には、元は野生の動物に近かったのが、人間との混血が増えるに従って文明化したとあったけど、こちらの本を読むと、昔から独自に発達した高度な文明を持っていて、一時は人間を根絶やしにしかねない勢いだったけど、融和政策を取るようになって今の形になったと書いてあるの。どっちが正解なのかしら? でも、獣人が本気を出せば、私たちは手も足も出ないから、かなり温情をかけてもらっているのは確かよね。この婚姻もその一環なのかしら」


ここまで話したところで、ロザリンドはくしゅんとくしゃみをした。


「ごめんなさい。そろそろ日が陰って来たから部屋に戻るわね。また明日も同じ時間にここで会いましょう? さようなら」


そう言うと立ち上がり、ドレスをぱんぱんと叩いてから足早に建物の中に入っていく。不安定な立場に置かれているなか、このライオンと過ごすひと時がロザリンドの唯一の癒しだ。まだ雪は降ってないが、もし積雪があったらどこで会えばいいだろう。そんなことすら考えるようになった。


最近庭で過ごす時間が長くなっているので、侍女から小言を言われることが多くなっている。早く戻らないとと、ロザリンドは小走りで廊下を走って行った。


そんな時、ただならぬ気配を察知して足を止めた。静かなはずの廊下で何やら叱責する声が聞こえる。声のする方へ行くと、ロザリンドの侍女たちが、廊下で一人の小姓を問い詰めていた。


「あんた、私たちがよそ者だからってバカにしてるんでしょう? 洗濯に出したドレスがしわくちゃで返ってくるなんて嫌がらせ以外の何物でもないわ。これどうしてくれるの? 弁償だけじゃすまないわよ!」


侍女たちはすごい剣幕で怒鳴りながら、洗濯物を届けに来た小姓を激しく打ち据えていた。こんな人前で堂々と、しかも相手はまだ子供ではないか。ロザリンドは血相を変えて駆け寄った。


「ちょっと! こんなところで大声を上げないでちょうだい! この子は運んで来ただけよ。女性物の衣類は繊細な素材が多いから失敗することだってある。駄目になったものは新調すればいいじゃない。それくらいで怒らないで!」


「『それくらい』の話ではありませんよ! 国の威信に関わる問題です! 私たちが異邦人だからってわざとやってるんです! そんな嫌がらせは通用しないと教えてやらなきゃ!」


「そんなの疑いすぎよ! いい大人が寄ってたかって、こんな小さな子を叩くなんて!」


「あなたみたいなお気楽な立場にいる人と一緒にしないで! 私たちは国の代表として来てるんです! 外交の場では舐められたらお終いです!」


そんなことを言われても、ロザリンドにとっては生活する場でもあるのだ。周囲と仲良くして理解を深めたいのに、どうして侍女たちはそれに逆らうことばかりするのだろう。彼女の中で何かが切れる音がした。


「分かりました。そこまで言うのなら、あなたたち全員を今ここで解雇します。今すぐカルランスへお帰りなさい。ずっと帰りたがっていたでしょう?」


今までにないロザリンドの反応に、侍女たちは、はっと息を飲んだ。これまで何を言っても言いなりの主人だったのに。越えてはいけない一線を越えてしまったことを、ようやく悟ったようだ。


「は……何をおっしゃるんですか? 私たちはロザリンド様を日頃からお守りしてるんですよ? 私たちがいなくなったらすぐにあなたは路頭に迷います」


「私はここの人たちと仲良くしたいの。それを妨害しているのはあなたたちです。主人を守ると言っておきながら邪魔をしているのはどっち? 百害あって一利ないとはこのことだわ!」


侍女たちは愕然としてロザリンドを穴のあくほど見つめた。まさかここまで反抗されるとは思ってなかったらしい。


「どうやらタルホディア人を甘く見ているようですね? 人間界に暮らしているとはいえ彼らも所詮獣人。獣の仲間がいざと言う時牙を剥いて、いとも簡単に人間を裏切るのをご存じない。いいでしょう。あなたみたいな人でも、国王陛下は温情をかけて私たちを付けたのに、自ら捨てるようならどうぞご勝手に」


そして、ロザリンドと侍女たちは激しく睨み合った。既に小姓のことなど脇に追いやられている。そんな中、柱の影から一匹のライオンがじっとこちらをうかがうのが見えた。さっき別れたばかりのライオンだ。


「駄目よ、あっち行って。あなたが来たら大変なことになるわ」


ライオンに気付いたロザリンドは、必死に目で訴えるが、それを知ってか知らずか、ライオンは静かな足音でこちらにやって来る。侍女たちはそれを見てぎょっとした。まさか、本物のライオンが野放しになっているとは思わないだろう。これには、みな息を飲んで立ちすくむしかなかった。


「ほら……だから言ったじゃないですか。こんな恐ろしい獣が野放しになってるなんて——」


「そうか、では、この姿ならどうかな」


そんな声がしたかと思うと、ライオンは一瞬で一人の美丈夫の姿へと変わっていた。筋肉に覆われた引き締まった肉体は、誰よりも大きく、たてがみと同じ輝くような金髪が波打ち、威厳と知性をたたえた整った顔貌に引き付けられない者はいなかった。空の青を切り取ったような青い瞳はどこまでも深く、人間と寸分変わらぬ姿なのに、頭の両側にある耳だけがライオンの名残を残している。名乗らなくても彼が何者なのかすぐに分かった。みな息を飲んで彼を凝視するなか、ずっと黙りこくっていた小姓が恐る恐る口を開いた。


「レグルス陛下……どうしてここにいらっしゃるんですか?」


「このような形で会うことを許して欲しい。私はタルホディア皇国皇帝、レグルス・ラド・タルホディアだ。ようこそ我が国へ。カルランス王国第一王女ロザリンド殿下」


そう言ってロザリンドに向き合うと、胸に手を当てながら形式に則った礼をした。あのライオンの正体が人間だったとは。ロザリンドは、何が何だか訳が分からず頭が真っ白になっていた。



最後までお読みいただきありがとうございます。

「この先どうなるの?」「面白かった!」「続きが読みたい!」という場合は、☆の評価をしてくださると幸いです。

☆5~☆1までどれでもいいので、ご自由にお願いします。


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