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第2話 生贄のシンデレラ

ロザリンドは、夢見心地のまま本当に現実なのか信じられずにいた。数時間前王宮に入る時は、ラッセル邸に戻れないなんてこれっぽちも予想できなかった。顎でこき使われる使用人から、みなにかしずかれる王女に変身するなんて誰が想像できただろう。


「あの……ラッセル夫人に報告しなければ。一度帰らせてください」


「使者が既に報告に行っているので心配しないでください。荷物も一緒に持ってきます。今は王命を全うすることを考えてください。あなた様は国の命運を握る重役を担ったのですから」


そう言われて、ロザリンドは途方に暮れるしかなかった。彼女にあてがわれたのは、分不相応な豪華な部屋。今まで使っていた使用人部屋の5倍はありそうな広さに天蓋付きのベッド。着替えとして渡された寝具は、滑らかな肌触りでラッセル夫人のものより高級な素材でできている。使用人の境遇に慣れ切っているので、このような好待遇にも戸惑うだけだった。


(どうしよう……こんな待遇受けても私には何もできないというのに)


そして、翌日から早速急ごしらえの皇妃教育が始まった。ロザリンドが失敗することは、国の威信を損ねることに直結するから教える方も必死だ。当然厳しい叱責が浴びせられる。


「あなた元々は王女だったのでしょう? どうしてそんなことも分からないのですか? あと、身の回りのことを自分でするのは野蛮な振る舞いです。上流階級の王侯貴族は、従者に全部やらせるものです」


そんな無茶な。昨日までは、至る所に気を配って気付いたらすぐ行動することが善とされる日々だった。それが、突然真逆のことを言われても急に変えることなんてできない。そんなロザリンドの事情は一切汲んでもらえなかった。


しかし、それよりもっときつかったのは、周囲からの心無い中傷である。王室を除籍されたロザリンドが再び呼び戻された理由については、当然みなの知るところとなった。それで、本人に聞こえよがしに口さがのない中傷が飛び交った。


「いくら皇帝とは言え野蛮な獣人でしょう? そんなところへ大事な王女様は差し出せいから、ちょうどいい代わりがいてよかったわね」


「元々は前の王妃と国王陛下はとても深く愛し合っていたそうだよ。それが国王相手に托卵してたなんてとんでもない悪女だ。それの娘なら獣人の嫁としてふさわしいじゃないか。お似合いの夫婦だ」


「なんでも、つい最近まで貴族の小間使いだった女らしい。そんなのを花嫁にしつらえるんだから大変なことだよ。優雅さの欠片もないと言うじゃないか。やれやれ」


誹謗中傷の内容は想定範囲内とは言え、ずっと言われ続けるとさすがに堪えるものがある。ラッセル夫人の下で働いていた頃は自分に注意を払う者は殆どいなかったが、今は悪い身で注目されている。一見何もないように見えても、絶えず悪意のある視線に晒され続けるのはかなりのストレスだった。


それだけではない。野蛮な獣人皇帝に嫁ぐ生贄の花嫁を見に、王子や王女たちがロザリンドの様子を観察しに来た。彼らはみなロザリンドよりも年下で、上は18歳から下は6歳。まだ小さい王子たちはロザリンドを見ると、「けだもののお嫁さんだ、逃げろー!」と囃し立て、18歳のミレーヌ王女はわざわざ会いに来て根掘り葉掘り聞いてきた。


「あなた何歳?」


「今年で24歳になります」


「やだ、もうおばさんじゃない? 本来なら結婚はできないはずだったのね」


「職業婦人なので、特に結婚は考えておりませんでした」


複雑な事情を抱えるロザリンドを貰ってくれる男性なんて現れるはずがない。彼女は一生仕事で生計を立てて生きていくつもりだった。


「やだ、かわいそうね。でもよかったわ、いい縁談が見つかって。皇帝の妻ですってよ? すごい玉の輿ね」


「私には身の余る光栄だと思っております」


ロザリンドは、ミレーヌの言葉の裏の意味には気づかぬ振りをして、真面目腐った態度で機械的に答えた。


「あちらでは向こうに合わせて生肉を食べるのかしら。そしたらお腹壊しちゃうわね」


「食べるものは私たちと同じです。外見上動物の耳が生えている以外は、見た目も人間と寸分違いませんし、生活する上でも同じです。緊急時に姿を変えられることを除けば、ほぼ人間と変わらないかと」


「ふうん、色々勉強したのね」


随分な物言いだ。これくらい常識の範囲内なのに。それから、ミレーヌは含み笑いをしながら、ロザリンドの耳に手を当てて囁くように言った。


「ねえ、もう閨教育は済んだ?」


「はい? 閨教育ですか?」


「そう、ここでの話なんだけどね……獣人の『アレ』は大きいんですって」


ロザリンドは思わずはっと息を飲む。一国の王女がそんな下品な話をするのかと驚いたのだ。その反応がミレーヌにとってはこの上もなく面白いらしかった。


「昔、人間の奥さんがそれで一生残る怪我をしたんですって。大量に出血して死にかけたらしいわよ。そうなったらどうしましょう?」


ミレーヌはわざとらしくぶるっと震えて見せたが、にやついた笑みは隠すことができなかった。ロザリンドは、何も感じてない振りをしてそっけない態度を取ったが、内心は動揺せずにはいられなかった。


一度捨てられた自分が呼び戻されるほどの事態なのだから、どうしても大事なミレーヌ王女を嫁がせたくない事情があるのだろう。獣人の花嫁に自分を選んだ理由は粗雑に扱っても後腐れないからだろうとロザリンドは解釈した。


やがて、輿入れの日がやって来た。この日のためにロザリンドは、銀食器よりも丁寧に磨かれ、今まで着たことがないような上等のウェディングドレスを身にまとった。これが、彼女自身のためではなく、カルランス王国の威信を表すためというのは十二分に分かっている。


「では、達者で。向こうはここより寒冷な気候と聞く。途中の山道が険しいため、我々が式に参列することはできないが、どうかレグルス帝を支えてやってほしい」


「かしこまりました。お見送りの皆さまもありがとうございます。カルランスで受けたご厚意は忘れません」


何て白々しい会話だろう。しかし、これが唯一の親子らしい会話だった。国王は、厳粛な面持ちでロザリンドの乗った馬車を見送った。対外的には、娘を心配する父親に見えたはずだ。


「向こうはお前を幸せにすると言った。本当かどうか見届けてやろうじゃないか、息子は親と違うのか」


「えっ、今何ておっしゃいました?」


しかし、馬車はそのままゆっくり出発してしまった。いよいよ、見知らぬ国へ輿入れしに行くのだ。この時ばかりは心細さの余り、誰彼構わずすがりたい気持ちになった。


ロザリンドは、馬車の中で小さくうずくまるように座りながら、膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。祖国での待遇は散々だったが、新天地がそれよりいい保証なんてどこにもない。それどころか、人種も文化も違う場所に期待する方が無理である。せめて命だけは助かって欲しいと、そう願わずにはいられなかった。


(私はどんな風に扱われるのか。歓迎されるとか、皇帝に愛されるとか、そんな高望みはしないから、せめて心穏やかに暮らしたい。最低でも翻意はないことを理解してもらわなくては)


タルホディアに行くには、険しい山脈を越えなくてはならなかった。いくら守られる身とはいえ、この道中はかなり過酷だ。こちらの王族が結婚式に参加できないというのは、ただの方便かと思っていたが、まんざら嘘ではなかったらしい。と言うか、どちらも正しいのだろう。ロザリンドは、激しく馬車に揺られ続けたため、馬車酔いをして嘔吐を繰り返した。


「ロザリンド様、このままではせっかくのウェディングドレスが汚れてしまいます。こちらに顔を向けてください」


介抱をする侍女は、吐しゃ物でドレスが汚れることばかり気にして、ロザリンド本人を気にする素振りは見せなかった。第一、酔いやすくなっているのは、この体にぴったりと縫い付けられた窮屈なドレスのせいでもあるのに。見栄と体裁を重視したため、旅をしやすい服装で出発することは許されなかった。こうなったら一秒でも早く到着して欲しい。


山の頂上付近でいったん休憩し、馬車の中で一泊したのち今度は山を下る。こうしてタルホディアに到着した時は、身体がフラフラになっていた。こんな満身創痍のところを皇帝に見られるなんて恥ずかしい。カルランス王国の沽券にも関わるし、どうしようとロザリンドは危惧していた。


もう少し余裕があれば、山を下りてから外の景色が一変したことなど色々新しい発見もできたのだろう。しかし、今のロザリンドにはそんな余裕がなかった。だから、城に着いて馬車から降りる時、足がもつれて盛大に転んでしまった。


「ロザリンド様! 大丈夫ですか?」


侍女が駆け寄り、体を抱き起されたが、その時はもう我慢の限界だった。顔色は蒼白で、全身に力が入らずぐったりと横たわることしかできない。祖国の威信とか、国の代表とか、そんなことを考える余裕はなかった。その時、自分の体が力強い手によって抱きかかえられたような気がした。意識はそこで途絶えた。



最後までお読みいただきありがとうございます。

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☆5~☆1までどれでもいいので、ご自由にお願いします。


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