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第13話 見えない壁

「さすがです! ロザリンド様ならやってのけると思ってました! 私もホッとしてます! 今日一日ドキドキして仕事が手に付きませんでした!」


宮殿に戻って来ていち早くハンナに報告したところ、彼女は長い耳をぴょこぴょこさせながら自分のことのように喜んでくれた。


「ありがとう。あなたのアドバイスのお陰よ。アシモフ夫人にも、自分を推薦した人は目が高いわねと言われたくらい」


「そんな、アシモフ夫人は私じゃなくても思いつくと思います。どちらかの派閥に偏ってなくて、公平に物事を見られる方なんです。それでいて、広範囲に目を光らせることができるし、夫人の後ろ盾があれば、ロザリンド様をとやかく言う輩は減ると思います」


「自分を支えることは、レグルス陛下を守ることに繋がるという言葉が効いたみたい。普通に国を愛してくださっている方で安心したわ」


「ロザリンド様の覚悟に共感されたのかもしれませんよ。タルホディアに骨を埋める覚悟が伝わったのでしょう」


「骨を埋める覚悟と言うか……私にはここしかないもの。故郷で私を思ってくれる人なんて誰もいない。崖っぷちの立場なの」


「まあまあ、とりあえずドレスを脱いでお風呂で疲れを取って下さい。今日はゆっくり休みましょう」


使用人だった頃は、こんなに贅沢に湯を使って風呂に入ることはできなかった。身だしなみを整えるのに入浴は欠かせなかったが、こればかりは王女時代の風習がなかなか抜けなくてずっと困っていた。今の立場になって、一番最初に喜んだのは自由に風呂に入れることだったりする。


(そうだ。レグルス様にも報告しよう。ここ最近お会いできてないから話すことがいっぱいあるわ)


そんなことを考えながら湯から上がり、体を拭いて寝間着に着替えた。あとは寝るだけと思ったら、何やら表が騒がしい。一体何事かと思い様子をうかがう。


「陛下、まだご結婚前ですから夜にお会いになるのはお控えください!」


「違う! そう言う意味で来たのではない!」


「ハンナ! どうしたの? 陛下! こんな夜更けに何かあったのですか?」


そこにいたのはレグルスだった。すでに結婚していれば、夜夫が妻の元に来るのは自然なことだが、まだ婚約者という立場では、一線を引いた付き合いをしなければならない。いくら双方が思い合っていても、建前は守らなくてはならないと言う不文律があった。


「い、いや、明日からまたしばらく会えなくなるから少し話をと思ったのだが、今日は既に就寝の準備をしていたのだな。不躾なことをした」


レグルスは、寝間着姿のロザリンドを見て頬を赤らめた。日中のドレス姿と異なり、体の線がくっきり出ているから艶めかしく写るのだろう。レグルスが恥ずかしそうにしている理由に思い当たったロザリンドもまた、いたたまれなくなってもじもじした。


「今日は茶会に出てちょっと疲れたので早めに湯に浸かったのです。でも、私も陛下にお会いしたいと思っていました。中に入って下さい。お話しましょう」


ロザリンドは、レグルスを部屋の中に招いてソファに座らせた。そして寝間着姿を隠すためにガウンを羽織って自分も席に着いた。


「明日から国境警備の視察に出かけなくてはならない。また何日か会えなくなる。その前に一目でも顔を見たかった」


「私にはもったいないお言葉です……」


ロザリンドはそう言って目を伏せた。今までここまで他人に求められる経験をしたことがなかったから嬉しいと同時に戸惑いの気持ちも大きい。そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、レグルスが続ける。


「視察自体は一週間もあれば戻って来る。その後なんだが、カルランスからの使者と会うことになっている」


「使者、ですか? 一体なぜ?」


初めて聞く話に、ロザリンドは目を丸くしてレグルスを見た。


「カルランスの侍女があなたに無礼な態度をとったことについて、公にはしなかったものの、外交ルートを通じて非公式に抗議した。そしたら、向こうが謝罪のためにこちらに使者をよこすらしい。友好関係を維持したいなどと言っているが、本音は別のところにあるんだろう」


レグルスは眉間にしわを寄せて微かにため息をついた。常に威厳が備わっている彼にしては、いささか弱気な態度だ。こんな姿を見せられるのはロザリンドの前だけだろう。


「本音とは……? 一体カルランスは何を企んでいるのでしょう?」


「十中八九、獣人の持つ異能について探りを入れにくる。私たちは動物の耳が付いている以外は寸分人間と同じ見た目をしているが、本来の動物の姿に変わることができる。それに関係して、不思議な力を持つ者がいるのだ。例えば、この宮殿の庭園を見たかい? セクションごとに気候が違う森があるだろう。熱帯雨林だったりツンドラだったり。普通は、異なる気候の生態系を狭い空間に再現することは不可能だが、私たちはそれができる。しかし、異能の作用機序についてはまだ未解明な点が多いんだ。人間としては、喉から手が出るほど欲しい技術というのは想像に難くない。でも人間が手中に収めるのは不可能だ。なぜなら私がその手段を葬ったから」


前に見た不思議な庭園のことをロザリンドは思い出した。確かにおかしな現象ではあるが、その時の彼女は、獣人が治める国なら何があっても不思議ではないと、大雑把に受け止めていた。どうも、この方面の謎を追求する才覚は備わってないらしい。


「どうして色んな気候の庭園を取り揃えているんですか?」


「獣人と一口に言っても様々な種族がいるだろう? 彼らに合った気候の空間を用意しているというわけだ。人間化がかなり進んで、それがなくても平気なんだけどね」


そう言えば、ライオン姿のレグルスと出会ったのも、サバンナのような庭園だったことをロザリンドは思い出した。彼らが本来の動物の姿になれる空間としても庭園は機能しているのかもしれない。


「そうだわ。それで思い出したんですけど、宮殿の中を散策している時に迷子になってしまって、そこで陛下のお兄様に会ったんです」


「え? リゲルに?」


レグルスは、全く予想してなかったらしく、それまでソファの背もたれによりかかっていた姿勢から身を乗り出して聞き返した。


「ええ。自分はアルビノだから人前には出ないとおっしゃていました。アルビノってタルホディアでは特別な意味を持つんですか?」


ロザリンドは何気なく聞いたが、レグルスの雰囲気はいつになく重々しくなった。もしかして彼の地雷を踏んでしまったのだろうか? ロザリンドは急に怖くなり、口走ったことを後悔した。「包み隠さず何でも相談して欲しい」という彼の言葉を忠実に守っただけなのに。


「ごめんなさい……私出過ぎた真似をしてしまったようで」


「そうじゃない。あなたが謝る必要はない。リゲルにはいつか紹介しようと思っていた。こちらがうかうかしていたのが悪い。気にしないでくれ」


そうは言うものの、レグルスの表情は晴れない。ロザリンドは椅子の上ですっかり小さくなっていた。駄目だ。相手を信用しすぎて、つい心を許したらこうして痛い目に遭う。思えばいつもこうだった。


「どうか私に失望しないでください。ちゃんとやりますから!」


不安に駆られて思わず口走った一言に、レグルスは目を丸くして驚いた。


「どうしてそんなことを言うの? 誰も失望なんかしてない。あなたは何も悪いことをしてないから心配しないで。そんな悲しい顔をされたら私まで不安になってしまう」


「でも……許可なくリゲル様に会ってしまったのはまずかったような気がします」


「言っただろう? 紹介するのが遅れただけだって。リゲルは病弱なんで、紹介するチャンスがなかっただけだ。私のいないところで好きな時に会ってくれて構わない。時間ができたら一緒に会いに行こう」


レグルスは笑顔を作ってこう言ってくれた。しかし、他人の表情を読むのに長けているロザリンドは、彼が無理をしているのが分かった。何も規制されていない、むしろ口では歓迎してくれているのに、その奥に何かを隠しているような気がしてならない。レグルスとの間に見えない壁があることに気付いたのはこの時だった。




最後までお読みいただきありがとうございます。

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☆5~☆1までどれでもいいので、ご自由にお願いします。


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