異世界にはるばると
中世ヨーロッパファンタジー世界
異世界旅行が普及した今日この頃。中学校の修学旅行で組分けした5人メンバーで〈Nー628〉の世界へと来た。友達の佐々木がどうしても剣と魔法のファンタジー世界に行きたいと言うから、俺たちは佐々木の望み通り中世ヨーロッパ風の世界観が広がる世界へと降り立った。
「やー! キタキタキタ! 男なら誰もが憧れる世界! ファンタジー!」
異世界を行き来する装置〈ワープ023〉、通称〈おにーさん〉でやってきた場所は壁に囲まれた街が一望できる丘の上。パッと見れば大きな王城が見える。
まさにファンタジーと言った風景だが、隣で両腕を上げてはしゃぐ佐々木とは違って俺はテンション低めだった。
「定番すぎて胸焼けするレベルだけどな。小学校の修学旅行も似た場所だったよ」
「そう言うなって桐島、いつ来てもいい場所だろ」
「まあ否定はしねーけど」
まさか人生で数回しかない修学旅行のうち2つがファンタジー異世界だとは。もっと恐竜世界とか、虫の世界とか、アンドロイドだらけの世界とか言ってみたかった。
クラスで隣の席に座る小田は西部劇の世界に行っていた。俺もリボルバーくるくるしたかった。
「私は全然いいけど、桐島君は嫌だった?」
顔を覗き込んで来るのは森本。小顔で低身長、そして目がくりくりとまん丸で大きく幼な顔を残した、愛くるしさがチャームポイントの女子。
佐々木の誘いに乗ったのはその通りだが、実は森本が行くから行く決心をした所もある。だから申し訳なさそうな顔をされると誤魔化したくなるのも男のサガ。
「ごめん、大丈夫」
「そう? よかった! 今日は楽しもうね桐島君」
「おう!」
「相変わらずロリコンだなー」
隣で俺だけに聞こえる声量で茶々入れてきた佐々木の横腹をど突く。俺はロリコンじゃない。
突然佐々木をど突いた俺に怪訝な視線を送ってくる森本。手を振ってなんでもないと言うと、そっか、と小さく一言返事してから森本は隣にいた女子の腕に自分の腕を絡ませた。
「ねーねー、奈々ちゃん! 奈々ちゃんは何が楽しみ?」
「ん?」
奈々ちゃんと呼ばれた女子は、雪野奈々。セミロングのストレートパーマをした森本より数センチだけ背の高い女子。いつも無口でクラスでも大人しく存在感の薄いクールな女子、だがその正体はオタク女子。何度か彼女の部屋に入った事があるのだが、入るたびに壁や天井に貼られたイケメンアニメキャラのポスターが増えていく。最近はあんまり行ってないが今はどんな風になってるんだろうな。
雪野は俺の方をチラッと見てくると、ボソボソと森本に答える。
「別に……ただ私は、桐島が行くって言うから」
超小声でボソボソと、一回聴いたくらいじゃ何言ってるのかわからない。実際佐々木も何言ったのか聞き取れなくて首を傾げている。しかし付き合いがそれなりにある俺からすれば簡単に解読可能。付け加えてツッコミもできる。
「嘘つけ。お前のことだからイケメンの異世界人見つけたいだけだろ」
「なっ! ち、違うもん!」
森本の腕を振り払い俺の間近まで迫ると、ポコポコと胸を殴ってくる。
「私そんな面食いじゃない!」
「嘘つけー、部屋に貼られてるポスター全部イケメンじゃんか」
「あれはっ! そ、その……」
抗議のポコポコが止んだかと思うと、涙目で睨んで来る。
「みんなの前で言うなんて酷い」
「別にここにいる5人はみんなお前の趣味わかってるぞ。佐々木だって、森本だって、夏目だって。なあ夏目ー」
同行者最後の一人。夏目。
超ロン毛の黒髪にスラッとした長身、美しい顔と身なりと佇まいをする、一見宝塚の劇団員のような美しさソイツはれっきとした男。俺も初めて会った時は美人な年上のおねーさんかと思って、告白一歩手前まで行った事があるのだが男だとわかった時の衝撃は今でも忘れられない。
夏目はその切れ長でまつ毛の長い目を薄らと開き、優しく微笑む。
「ふふっ、そうだね。ここにいる全員、誰も雪野さんの事をバカにしたりしないよ」
「今さっき桐島がバカにしたよね?」
「バカにはしてない、ただ事実を言っただけで」
「そうかしら」
「まーまー、奈々ちゃん。そこまでにしておこ」
ジトーと睨む雪野の腕を森本がまた掴んで慰める。それをクスクスと笑ってみている夏目と、ゲラゲラ笑っている佐々木。
この5人が今回の修学旅行で行動を共にするグループ。
「さあ行こうぜ! と言ってもまず何する?」
「それは佐々木が決めろよ。お前がこの場所に行きたいって立案したんだから」
「ならまずは……街だな!」
佐々木が目の前に見える西洋風の街を指差す。まあそうなるだろうけど、街に行ってから何をするかって話なんじゃ。まあいいか。
「っと、その前にこの異世界にいても大丈夫なように〈異装〉変えようぜ」
異世界に行った後、その世界に応じた格好をする必要がある。さっき言った恐竜世界から肉体も恐竜になったりする。
「そうだったな。よし換装!」
「「「「換装」」」」
5人で“換装”と唱える。すると5人の身体が眩い光に包まれて、その輝きに自然と目を閉じてしまい、開いた時にはもうみんなの姿が変わっていた。
恐竜世界のように種族が変わることはないが、目が碧眼になっていたり黒髪だったのが明るい髪色に変わっていたりしていた。
換装の確認のために必ず持っていく事が義務付けられている手鏡で自分の容姿を確認してみる。黒髪だったのが金髪に変わり、瞳の色も緑。そして服装は軽い素材の洋服。古っぽいという感想以外特に言うことはない。
「みんなは……」
他のみんなの姿も見てみる。
佐々木は赤い髪になっていて、目もオレンジ。そして服装は俺と似通っているが、その服の下の筋肉が目に見えてムキムキになっていた。俺と大差ない体格だったはずだが、背も伸びている気がする。なんで佐々木だけ。
森本はと言うと可愛らしいピンク髪になり、目の色も可愛い水色で、服装は可愛らしいミニスカのワンピース。可愛い。
雪野は髪が少し伸びて澄んだ青い色になり、目も青い。服装はメイド服……メイド服?
「なんでメイド?」
「わ、わかんないよ! なんで私メイドなの⁉︎」
雪野自身もなんでメイド服なのかわからないらしい。ワンピースの裾は短く、ガーターベルトが見えてしまっている。なんてこった、誰がこんな衣装考えて雪野に着させようと思ったんだ。
戸惑う雪野に、夏目が声をかける。
「おそらく佐々木君の筋肉が成長しているのと同じように、何か役割が与えられてそうなってるんじゃないかな。佐々木君は多分戦士とかで、雪野さんはメイド、そして僕は……」
夏目は自分の長くなった耳を触る。
「エルフだね」
夏目はエルフになっていた。まさにファンタジー。
耳は長くなり、髪も透き通るような金髪。元々美形だったのがさらにエルフ効果からか神聖で美しさが増した気がする。服装も真緑。
「ん? じゃあ俺と森本はなんなんだ? 髪や服が変わった位で特に役割とかなさそうに見えるけど」
「みんながみんな特別な役割を持ってる姿になってたら、一緒に行動する時目立つからかな? だから桐島くんと森本さんだけ大きな変化はなかった」
俺たちだけ変化なし?森本と顔を見合わせ可愛いて互いに可愛い確認する。確かに夏目の言う通りか森本可愛い。
ピンク髪で碧眼とか反則だろ。
「む。ねぇ桐島、私は?」
「メイドだな」
「そうじゃなくて! その、感想とか」
「ガーターベルトが卑猥だな」
「えっ! ひゃあ! ちょ、なにこれ変なオプション付いてる! み、見ないで!」
「感想求めたのお前だろ」
ガーターベルトがチラ見えしているのに指摘されて気づいたようで、スカートを押さえて後ろを向いた。するとミニスカートの裾を前に引っ張った状態で体を反転したもんだから、自然と俺は真っ白なパンツを目撃してしまう。
慌てて森本の方に顔を向けて浄化。ああ可愛い。
しかし森本は雪野のパンツが見えてしまっていることに気づいて慌ててスカートの後ろを抑える。
「わー! 奈々ちゃん後ろからパンツ見えちゃってる!」
「ええっ! き、桐島みた⁉︎」
「見てない見てない」
「う、うそ! 絶対見たでしょ!」
「見てない見てない、森本の顔しか見てない」
「それはそれでムカつく!!」
そしてまたしても胸をポコポコ殴られる。見下ろすとメイド服の胸元がパックリと開いていて、意外と大きな雪野の胸が……。
「森本浄化! ああ可愛い癒しだな!」
「また見てるー! ムカつくー!」
後ろから佐々木と夏目の笑い声が聞こえて、森本もくすくすと口を抑えて笑っている。なんかこう言う雪野とのやり取りも久しぶりな気がする。
「よし、身なりはもう大丈夫だよな! それじゃあファンタジー世界にレッツゴー!」
佐々木が先導して、夏目と森本がそれについて行く。俺も飽きずにポコポコ殴ってくる雪野の手を取って、佐々木達について行った。