3.本当の私
「やっぱり魔女は恋に生きるべきですよね。」
二人は胡乱な目で私を見たが、私は無視して話を続けた。
「将来的にユウマが王になることはもう決まってるんですけど、どうにも北の悪魔が邪魔してきそうなんですよ。だから戦争になったら二人ともお願いしますね。一緒に悪い魔女をやっつけましょう!」
「・・・魔女も悪魔も全員悪人に決まってんだろ。」
師匠が冷めた目で言った。
「何人殺したって100年後は誰も覚えてないってことがわかったから僕もパス。」
「パルは歴史に残りたかったの?」
「結構大変だったからさぁ・・・もうちょっと恐れ敬われてもいいと思った。シャルルとか子孫のくせに全然わかってないし。」
それは別の感情が入ってそうな気がしたが、面倒なので深くつっこまないことにした。
「でもね、やっぱり王の妻自らが敵を殺しまくるって外聞がよくない気がするのよ。ねえ師匠? やっぱりそんな女王陛下嫌ですよね?」
師匠はまるで聞こえてないように違う方向を見て酒を飲んでいる。
「やっぱり国民感情を考えると王家の盾とか守り神が守ったっていうのがいいと思うんですよ。だからパルが私の盾になって?」
「バーーーカ」
パルは一言で片づけると手酌で酒を注いだ。また瓶が空になった。
「じゃあ他になんか言い案ある!? 言っとくけど私は何回生まれ変わってもユマとちゃんと結ばれるまで諦めないからね? どうせ私たちはまた生まれ変わって顔つきあわせることになるんだからね!?」
私が机を叩くと二人は渋々とこちらを見た。
「一回結ばれたら気が済むのかい?」
「・・・とりあえず。」
「じゃあとりあえず一人でやってみなよ。相手が一人ならルビー一人で充分でしょ。」
パルの言葉に私は首を傾げた。
「相手・・・一人だと思う?」
パルも師匠も視線を外して考え込んだ。たぶん全員の考えは一致しているはずだ。恐らく今、北の国には悪魔と天使の両方の性質と持つ人間が一人いる。常識的には考えられないが、気配だけなら間違いない。だけど信じられない。
「・・・その北の国の奴は、国を男が治めることが気に食わないのかい?」
師匠が口を開いた。
「みたいですよ。今王族を殺したい連中は一杯いるんですけど、その内の一つは北の国の依頼で王族の男を殺そうとしてます。あと平等主義の過激派が王族全員殺そうとしてるのと、女なんかに国を任せられないっていうのがユウマの姉を殺そうとしてるのと・・・正直嫌われ過ぎですよね。」
「だったら私には関係ないからちょっと見て来ようかね。」
「夜中ですよ?」
師匠はふんと鼻を鳴らしただけで返事をせずいきなり消えた。行動が早い。
残された私とパルは二人で顔を見合わせた。
「これで北の国の方は解決したとしてもさ、他はどうするの?」
「他はほっとく。私は別にユウマが王になってもならなくてもいいんだけど、ミカと約束しちゃったからユウマと私が国を治めるよ。人間相手ならどうとでもなるし。」
パルはふーんと言って酒を飲もうとしたが、すでに杯は空だった。
「しまった。師匠がいないと酒の在りかがわからない。」
「あーそうだねー・・・私もさすがに猫の状態でお酒は飲まなかったから、最近の酒のある場所わかんないなー。」
パルはしばらく空っぽの杯を見つめた後、ふらふらと二階へとのぼって行った。寝るんだろう。私も少し考えたあと二階へと続いた。
急な階段を上ると二つのドアがあった。手前のドアを開けると狭いベッドにユウマとシャルルがそれぞれ身を縮めながら寝ていた。なんとなく微笑ましくなって私はそっとドアを閉じた。
もう一つのドアを開けるとパルは既にベッドに横になっていた。
「なに? 夜這い?」
パルが面倒くさそうに言った。一瞬だけ考えたが面倒くさそうだったので止めた。
「違う。他に寝られそうなとこないから。」
「床で寝たら?」
「普通はレディに寝床を代わるもんじゃない?」
「僕も、貴様も、普通じゃない。」
パルは噛んで含めるようにそう言うと、私に背を向けて寝始めてしまった。仕方なく私もUターンして一階へと戻った。別に本当に眠かった訳じゃない。単純に二階を見たかっただけだ。
三人で飲んでいたテーブルに一人戻って外を眺めた。いつの間にか雨が降っている。することもなくただぼんやりと雨を見ていると、眠くなっていつの間にか眠ってしまった。
早朝パルに肩を叩かれて目が覚めた。どうやら師匠は帰ってこなかったらしい。何かあったのかと考えていたら、怪訝な顔をしたシャルルと目が合って自分が人間に戻っていることを思い出した。
「あ、おはよう・・・にゃ。」
なぜか末尾にニャとか言ってしまって恥ずかしさに顔を覆った。ダメだ寝ぼけてる、起きろ自分。
真っ赤になった私をパルは声を殺して笑っていた。助けてくれるつもりはないらしい。
「あの・・・ルビーです。こちらの師匠のおかげで、猫から人間に戻ることができましタ。」
ユウマとシャルルはとても困った顔をしている。私だってもうちょっと上手い演出とか言い回しを考えていた。でも寝起きの今、まったく思い出せない。
「ルビー・・・にしては随分大きいね。」
ユウマが優しい笑顔で言った。あ、信じるんだ? 私が言っちゃいけないんだろうけど、普通は信じないと思うよ? ほら、シャルルは顔が引きつってる。
「えへへへへ・・・実は私、悪い魔女に猫に変えられてましてー、本当はこの国を守る巫女なんです、よ・・・」
はははと私は笑って誤魔化すことにした。パルは笑いが我慢できなくなったのか、どこかへ隠れてしまった。
「ルビーが巫女・・・」
シャルルがどうしたらいいのかわからないという感じで呟いた。
「そう。こっちが真の姿。ずっと猫のルビーとしてユウマを守ってた。ね?」
もうこうなったら強引にでも言いくるめるしかない。私はユウマの顔を覗き込んだ。身長はほぼ同じだ。キスしやすくていいな。
「ね? ユウマ。私、わかる? ずっと一緒にいたでしょ?」
ユウマは目を伏せてへらっと笑った。可愛い。
「正直よくわからないけど・・・確かにルビーと同じ匂いがするね。」
私は大慌てでユウマから離れた。臭い? え? もう猫じゃないのに獣臭い?
「そうじゃなくて、なんとなく同じ雰囲気があるなってこと。」
必死で自分の匂いを嗅いでいる私を見ながらユウマは笑った。わざと・・・じゃないよね? ユウマはそんな悪い子じゃないよね?
「ところで・・・確か僕の任務は東にいる巫女を連れて帰ることだったよね? ルビーと一緒に帰ればいいのかな?」
「そう、だったね。」
そう言えばそんな設定だった。このまますぐ帰ってもいいけど、師匠はどうしたんだろう。
「ルビー、護衛が村に入って来たよ。みんなで一緒に帰れば?」
物陰からパルが出てきて言った。笑いは治まったらしい。
「護衛? ああそっか、この二人のね・・・そうだね、パルは帰らないの?」
「僕はもうちょっと師匠を待ってみるよ。じゃあね。」
パルはそれだけ言うと二階へと上がっていってしまった。
「・・・パル氏と知り合いなんですか?」
シャルルが怪訝な顔で聞いてきた。パルと私はこの世の誰よりも長い付き合いだが、それを今言っても仕方がない。私は曖昧に頷いた。
ドンドン!
タイミングよく家の扉が叩かれた。
「朝早くにすみません。人を探しておりまして、ここを開けてもらえませんでしょうか。」
男の声にユウマとシャルルが顔を見合わせ、シャルルが扉を開けた。どうやらシャルルの家の護衛らしい。戸口で話しているシャルルを見ながら、私はユウマに問いかけた。
「ユウマ、私を信じてくれる?」
ユウマは無言で私を見て笑うと、戸口から外へ出て行った。私はその時初めて少し不安になった。これまで猫だったから気がつかなかった。
ユウマの青い目はどこまでも透明で、空っぽだった。