2.魔女の恋
私がユウマの魂に会ったのは、確か私が二十歳ぐらいの時だった。師匠が死んでしばらくしてからだったと思う。
ユウマは当時ユマと言う七歳の女の子で、この国の王女だった。私はユマの母親の病気を治す代わりにユマを手に入れた。ユマが私との歳の差を気にしたので、私は外見を15歳で固定しユマと一緒に過ごした。だがユマはどうしても私という魔女を受け入れることが出来ず心を病んで死んでしまった。
それから200年ほど経ってユマは北の国の巫女として転生した。ユマの魂には私という悪魔が絡みついており、最初からひどく不安定だった。ユマは私の存在を恐れ国境に大きな幕を張ったかと思えば北の国の将軍を唆しこの国を攻めさせた、これが今では北の国事変と呼ばれている紛争だ。
紛争の最中、私はユマを直接私の手で殺した。そうするしかないと思ったからだ。私が目の前に現れたのをみて、ユマはなぜか自分の子どもを殺した。完全に壊れているユマの魂をみて私はユマを殺すことしかできなかった。その後私も魔力を使い果たし死んだ。
それから約60年後私はまた魔女として生まれた。私が三歳の時ユマもまたこの国の王女として生まれた。私は今度こそ壊れていないユマと一緒になる為に、自分の姿を猫に変えることにした。魔力の温存という意味もあった、前は魔力を無駄に使い過ぎて早死にしてしまったので。
新しく生まれたユマもやはり最初から魂が壊れていた。私にはどうすることもできなかったので、ひたすらにユマの人生に寄り添った。ユマは壊れながらも一人の男と結ばれそこそこ平穏に人生を終えた。その男は天使で長い時間かけてユマの魂を癒してくれた。
私はただ二人が結ばれて死ぬまで見守ることしかできなかった。むなしくて苦しくて、でも愛おしい時間でもあった。だってユマが幸せそうに笑ってたから。何年も一緒にいたのに私には見せなかった笑顔だった。
その時のユマは生まれた時から病弱で、確か三十になる前に死んだ。私は延命しなかった。これでやっと、私が壊れていないユマと一緒になれる。
そうして生まれたのがユウマだ。この国の王子として生まれ、赤子の頃からやたら命を狙われている。壊れていないユウマの魂は美しく、守れるのは私しかいない。ユウマが一緒にいられるのは私しかいないのだ。
「・・・魔女らしく馬鹿馬鹿しくて執念深くて面白かったよ。」
師匠はそう言って立ち上がった。いつの間にか外は夕方だった。
「言いたいことは色々あるが・・・取り合えず外の子たちを起こしてやんな。夜寝られなくなるよ。」
そう言えばあの二人を忘れてたなと思いながら馬車の所へ行き寝ていた二人を起こした。途中からは無理やり寝かされていたせいで二人はひどくぼんやりしていた。
「ルビー・・・ついたの?」
ユウマが目を擦りながら言うのをみて私はやっと設定を思い出した。そういえば巫女を探しに魔女に会いに来たんだった。だが私はまだ猫のまんまだ。
「とりあえず魔女の家についたから二人とも起きて。食料どれ? これ?」
後ろからきたパルが馬車に括り付けられていた鞄を勝手に開けて行く。中身のほとんどがユウマの着替えだった。
「・・・荷物詰めた奴バカでしょ。パーティにでも行くつもりだったの?」
「食料は後ろからついてきていた馬車に載ってたんだと思います・・・たぶん。」
シャルルが申し訳なさそうに言った。そういえば護衛でついてきていた馬車はどこに行ったんだろう。
「まあいいや、魔女を紹介するからついてきて。」
パルはそう言うとまた屋敷の方へ歩き出した。私は慌ててパルの体を駆け上がり耳元でゴメンと囁いた。
「ホントだよ。なんで僕が仕切らなきゃいけないの。」
パルはムッとしてるが、それはたぶんパルが意外と苦労人だからだ。パルは昔商売で大きな富を築いたが、そのほとんどは悪魔の力ではなく純粋にパルの商売人としての努力の結果だ。悪魔のくせに勤勉なのだ。
師匠はニヤニヤしながら野菜の切れ端が少し入ったあまり味のしないスープと固くなった小さなパンをご馳走してくれた。案の定お坊ちゃん二人は顔を引き攣らせながらそれを食べ、パルはスープだけ飲んでパンは食べ物ではないと判断したようだった。もちろん私は食べてない。悪魔がお金に困っているわけがないので、これは純粋に師匠の嫌がらせだ。
食事中シャルルはずっと何かを聞きたそうにしていたが、全員それを無視したためとても静かな食事となった。食べ終わるとすぐに師匠が言った。
「じゃあこれからは大人の時間だから。ガキは二階で寝ろ。ベッドは二つあるが一つは私のだから使っていいベッドは一つだ。」
師匠が階段を顎でしゃくると、シャルルがオドオドと言った。
「えっと、じゃあもう一人は床で寝るんですか・・・?」
「好きにしな。二人で一個のベッドで寝てもいいし交代で寝てもいい。歯を磨く必要も顔を洗う必要もない。今すぐここから消えろ。」
師匠がそう言って二人を睨むと、二人は顔を見合わせながら渋々といった様子で二階へと消えた。
「・・・あれ一応この国の王子と大貴族の息子ですよ?」
パルの言葉を師匠は鼻で笑った。
「私に関係あると思うかい? それよりさっきの話の続きをしよう。酒なら上等のがあるからね。」
そう言って師匠が出してきたのは当たり年のワインだった。絶対美味しいやつだ。
「私も飲みたい! ちゃんと飲みたい! 師匠早く私を戻してよ。」
「うるさいねえ。」
師匠はそう言うとしゃがんで床に座っている私の額を弾いた。私は衝撃で尻餅をついた。
「・・・おーすごい。ちゃんと前とおんなじ顔してるね。」
感心したようなパルの言葉で自分の体を見ると、私は人間の体に戻っていた。凹凸から見るに十代半ばぐらいの女の子だ。15歳のユウマと同じぐらいで嬉しい。
「・・・久しぶりに見るとあんた、私に似てるねえ。」
師匠が嫌そうな顔で私を見た。
「本当? 鏡は? っていうか師匠服貸して下さいよ。私持ってない。」
師匠が魔法で取り出した服を着て、窓ガラスに映る自分の顔をしげしげと見た。人の顔をした自分を見るのは何年ぶりだろう。記憶よりも美少女で嬉しい。
「全然師匠には似てないですよ。私の方が可愛い。」
「やかましいわ。」
師匠はそう言いながら高そうなコップにお酒を注いでくれた。師匠も割と美人だが性格の悪さがにじみ出てるからダメだ。
「でも銀髪で赤目なんて滅多に居ないでしょ。親戚だったりします?」
パルが早速お酒を飲みながら言った。
「記憶にある範囲では血縁じゃないね。まあ悪魔は赤が多いから。赤目だったり赤髪だったり。」
「最近悪魔に会いました?」
「ここ100年だと二人だったかな。でも魔法を使う訳でもなく生まれ変わることもないだろうなって感じだったよ。」
そういう師匠の手に緑色の石がついた指輪がはまっていた。魔力を発していないので気がつかなかったがどうやら悪魔の石で作った指輪のようだった。その程度では転生はできないだろう。
「師匠って今は何をしてるんですか?」
「別に何も・・・畑仕事とかしてるよ。」
そういう師匠の顔も手も全く日焼けしておらず荒れた様子もなかった。魔法でズルしてるのだろう。
「なんか村人?とかいましたけど、村長とかやってます?」
「まさか。あれは勝手に住み着いた奴らだよ。大体は訳アリだ。まあ揉めるとうるさいからルールは作ったがね。殺すな犯すな盗むなの三つだ。破った奴は私が殺す。」
シンプルなルールだ。嫌いじゃない。だけどここに来る前の村人の目つきを思い出すとここに住む気にはならなかった。あれは犯罪者の目だ。
「ひょっとしてなんかヤバい仕事とかしてます?」
「ルールさえ守ればどうでもいいよ。ここは私がルールだ。」
師匠の目が座ってる。でもこれはお酒のせいじゃなくて元々の性格だ。
「・・・そう言えば、北の国の悪魔ってわかります? なんか居ますよね?変なのが。」
「なんか居るねぇ・・・変なのが。」
「師匠の知り合いじゃないんですか?」
「私の知り合いではない。」
「そうですか。私がそいつと戦うって言ったら師匠は加勢してくれます?」
「気が向いたらな。」
師匠はそう言うと黙ってお酒を煽り始めた。一本のワインなんて三人で飲めばあっという間になくなってしまう。
「師匠、おかわり。」
手土産もなかったくせにと文句を言いながらも師匠はまたどこからともなく新しいワインを出してくれた。尾籠な話だが、強い魔法使い同士で飲むとトイレに立つものはいない。みんな空の魔石に排泄物を詰めてどこかの山などに瞬間移動で放り投げる。だから魔石だけがどんどんなくなっていく。
「師匠、魔石がもうない。」
パルの言葉に師匠が片眉を上げた。
「あんたの師匠じゃないわ。自分で掘ってこい。」
「魔石って掘れるんですか・・・? 買ったことしかないや。」
夜も遅くなったせいかパルは少し眠そうだ。
「ボンボンが。大昔はね、ここら辺の山で魔石が取れたんだよ。今じゃ何にも取れなくなって・・・もうここは忘れられた村だね。」
そう言った師匠の横顔を見て、ふとこの人は恋人がいるなあと思った。以前の師匠は死にかけだったのでなかなか新鮮な感じだ。
「やっぱり魔女は恋に生きるべきですよね。」