7.駒(シャルル)
ユウマが明日、王都の広場で処刑されるという。
「なんで止めてくれないんですか! ドーナー家の力ならユウマの一人ぐらい助けられるでしょう!?」
俺は父に食って掛かった。三か月前、王城が平等主義の連中に襲撃されて以来なにもかもがめちゃくちゃになってしまった。ユウマの父である国王陛下がもう助からないと知らされた時、ユウマは静かに「わかった」と言った。そうしてこの家を出て、それきり一度も顔を見ていない。
「・・・ユウマの判断だ。うちからは何度も使いを遣って逃げるように説得した。だが最後の王族として使命を果たすと言ったのはユウマだ。お前も臣下なら王の決定に従え。」
「王とか・・・」
そんなの書類だけの話で、就任パーティも行われていないのに正式な王なわけない。父様だってわかっているはずだ。国王夫妻は崩御し、姉のミカは行方不明になってドーナー家ですら足取りを掴めていない。残念ながら生存は絶望的だと言われている。仮にも千年続くと言われている王家の末裔がこんな風に滅ぼされていいわけなどない。それに、俺たちはまだ15歳なのに。
「お願いします! 俺がユウマを一生守るから、お願いだからユウマを逃がしてください! お願いします!!」
俺は床に膝をついて父に頭を下げた。だが帰ってきたのは疲れたようなため息だけだった。
「・・・お前は一体今までなにを見てきたんだ。この国が今後どうなるのかわかってるのか? ドーナー家も明日にはなくなっているかもしれないんだぞ?」
顔を上げると父は酷く疲れた顔をしていた。母が亡くなり、友人だった国王陛下も身罷られ父は一気に老けた。けれどユウマは俺の大事な幼馴染であり、生涯を支えると決めていた相手だ。こんな所で死んでもらっては困る。
じっと父を見つめたがやはりため息しか返ってこなかった。
「お前は・・・いや、いい。今すぐ荷物をまとめてこの家を去れ。二度と領地からでることは許さん。」
「なんで・・・なんでだよ! そんなのいいから早くユウマを助けてよ! 早くしないとあいつ死んじゃうじゃないか!」
立ち上がって叫んだが、いつの間にかまた床にいた。どうやら父に張り飛ばされたらしいと、数秒遅れて頬の痛みと共に理解した。
「いい加減にしろ! お前が一生ユウマを守る!?できるもんならやってみろ。明日処刑される前に広場からユウマを救い出してみろ! そうしたら認めてやる!」
父は肩で息をしていた。いつも物静かな父に殴られるなんて初めてのことだった。
「そんなの・・・無理に決まってるだろ。向こうは沢山いるんだろうし、俺が一人で行ってなんとかなる訳ないじゃないか。せめてドーナー家の警備を・・・」
「子どもの勝手に警備なんか出せるか! 私は先代に一人娘とドーナー領を守ると誓って領主を譲り受けた。私の代で終わらせるわけにはいかないんだ。おい、こいつを摘まみだせ!」
俺は父の護衛に引き摺られるように執務室を出された。父の護衛は若くもない癖に、まったく腕を振り払うこともできなかった。
「あのね、坊ちゃん。」
護衛は俺を無理やり部屋まで引き摺って行きソファーに座らせると、目の前に跪き子どもをあやすように言った。
「あの方がこの三か月なにをしてきたのか、ちゃんと見てましたか?」
そんなの、俺と一緒だ。王家を助けようと右往左往して、でも結局誰も助けられていない。
「・・・なんで三か月もあって平等主義のリーダー一人を突き止められないんだよ。ドーナー家の諜報は何してんだよ・・・」
「まあそこに関しては申し訳ないとしか・・・平等主義のリーダーを名乗りたがる輩が多すぎましてね、王都だけでも何十人もいるんですよ。実際小規模グループのリーダーも沢山いますし・・・王城の襲撃だけを見ればあれは単独犯です。けれど広場にやぐらを作らせ、処刑の日にちを王都中に広めたのは組織的なものです。なのにどうしても尻尾を掴めない・・・不思議ですよね。せめてアジトだけでも突き止められたらいいんですけど、どうにも組織だった動きが見られなくって。」
ペラペラ喋る護衛の言葉に苛ついて途中で遮った。
「言い訳はいい! 結局父様だってなにもできてないじゃないか! ドーナー家当主の権力を持ってしても何もできないなんて無能だ! 俺なら警備隊を引き連れて広場に殴りこむのに。」
「・・・本気で言ってます?」
護衛の顔が真顔になった。
「さっきのお話聞いてましたか? あの方はドーナー領を守ることを最優先にしているんですよ?」
「王族なくしてなにが国だ! 最後の王族すら守れないならそんな家、滅べばいいんだ!」
「ぶっ殺しますよ、坊ちゃん。」
護衛は本気の目で俺を睨んだ。その眼力に怯んで、言葉が口の中で消えた。
「あのね、ドーナー家の使用人は、領主一家を一番に守るようにとは言われてないんですよ。まず一番は己を、次に身近な人を守れと言われています。新人メイドにすら護身術を教えます、そして危なければ逃げろとも教えます。優先するべきはドーナー領であって、ドーナー家ではないと、大昔から代々教えられているんですよ。わかります?」
護衛は噛んで含めるように俺を諭した。だが内容はあまり理解できない。
「・・・主の盾になって死ぬのが臣下だろう? 王家が死ぬなら貴族も死ぬべきでは?」
「あなた、本当にドーナー家のご子息ですか?」
護衛が呆れた顔で笑った。黒い目は全く笑ってないけど。
「なるほど。・・・じゃあ明日私がお手伝いしましょうか? 広場に行って処刑される前に二人でユウマ様を助け出しましょう。運が良ければ誰か一人ぐらいは生き残るでしょうし。」
「二人でなんてそんなの無理に決まってるだろう? 相手は何人いるのかもわからないのに。」
「さっき王家が死ぬなら自分も死ぬって言ったところじゃないですか。」
護衛は笑いながら勝手に俺の横に座った。蔑むような目は、完全に俺を馬鹿にしていた。
「あなたの自殺行為に付き合ってあげるって言ってるんだから感謝して欲しいぐらいです。」
自殺行為・・・ユウマを助けるのは自殺行為でしかないのか。そんなの酷すぎる。
「ドーナー家はこの国一番の貴族だろう? なんで・・・」
なぜか涙がこみ上げてきたので、俺の言葉はそこで途切れた。いま泣くのはカッコ悪すぎるのに。
「もう一回言いますよ? ドーナー家当主はドーナー領と領民を守ることを最優先としています。・・・あなたのお父さんはそこにドーナー家の娘も入れてましたがね。知ってます? あの二人大恋愛の末結ばれたんですよ? 先代が大反対してね。私はあの方がお嬢さんに会いにこの屋敷に忍んできた時からの付き合いなんです。懐かしいな。」
どんどん出てくる涙を必死で拭いている俺の横で、護衛はなぜか親の恋愛話を始めた。親のそんな過去知りたくないのに。
「あの方は先代にお嬢さんとドーナー領を守り抜くことを誓いました。病には勝てませんでしたが、領地はなにがなんでも守ってくれるでしょう。この三か月、寝る間も惜しんで奔走してきたんです。貴族がいなくなっても政治が滞りなく行われるように、無辜の民が大勢死ななくてもいいように。あなたがただ、王城を眺めてため息をついている間に、それだけのことをしてきたんです。」
護衛の言葉が胸を刺した。ほとんど家にいないと思ったらそんな事をしていたのか・・・
「あなたが毎日泣いたりイライラして周りに当たり散らしているうちに、あなたのお兄さんは副領主に就任されました。これは領主様がいつ殺されても、領地の運営に問題が起きないようにといのことです。この屋敷からも少しずつ領地の屋敷へ使用人が移動しているんですよ、気付いてなかったでしょう?」
「なんで・・・そんな事?」
実際気がついてなかった事には触れず質問してみた。兄が領主になるにしてもまだずっと先の筈だ。そんな大事なことを知らされていなかったこともショックだった。
「あの方は最終的に平等主義の連中に殺されるのを覚悟しています。ですが一人でも多くの使用人を生き延びさせるためにそうしているんですよ。まあ私は死ぬまでそばにいますけどね。護衛なので。」
護衛はにやりと笑った。こんなにも静かに、いつの間にか周りの大人は死を覚悟していたらしい。俺だけが何も知らないまま。ごくりと唾を飲み込んで、もう一度だけ聞いてみた。
「俺は・・・どうしてもユウマを助けたいんだけど、無理なのかな。」
「無理でしょうね。」
護衛はバッサリと切り捨てた。
「正直私はユウマ様が助けを拒否してくれて助かったと思っています。最後の王族を匿ってしまえばあらゆる所から攻撃されることになるでしょう。最悪ドーナー領が消えてしまう事にもなりかねない・・・そんな事、誰も望んでいないのに。」
「でもユウマは・・・死にたくないんじゃないかな。」
口に出すとまた涙が溢れてきた。俺は死にたくないし、友達にも死んでほしくない。それは、我儘なんだろうか。
「・・・ユウマ様はドーナー家領主への書簡を残されました。正式な透かしの入った紙に国王印まで押してね・・・これまでのドーナー家の助力に対する感謝と、最後の王族として処刑を受け入れるという内容でした。」
ユウマも、15歳のユウマですらも死を覚悟しているのか。なんでだよ、俺たちまだ子どもじゃないか。これから王立学園に通って、可愛い女の子と遊んでたっていい年齢じゃないか。卒業したらそれぞれの仕事を覚えて、周りの人に認められたりちゃんとした家の子と結婚したり、そんな人生が待っていたはずなのに。
なかなか涙を止められない俺の肩を護衛が優しく叩きながら言った。
「少し早いですが、あなた方の子供時代は終わったんです。領地に戻って領民の為に尽くしてください。しばらくは荒れた時代が続くでしょうがドーナー領なら大丈夫です。貯えもありますし、領民だけでもある程度自衛できます。国の政治を立て直そうとしているのはうちだけじゃないですしね。」
いっそ清々しいほどに、この男にとってユウマはどうでもいいらしい。俺の大事な親友はいつの間にか、王子様からただの明日死ぬ予定の男に変わってしまった。俺が明日ユウマを助けようとして、でも助けられなくて死んでしまっても、みんなこんな態度なんだろう。
”気の毒だが仕方なかった”
「・・・じゃ、私も忙しいのでこの辺で。荷物まとめといて下さいね。」
護衛はそう言うと部屋を出て行った。もう涙は出てこない。俺の、俺たちのこれまでの人生ってなんだったんだろう。ユウマも、なんならミカだって、大事にされてきたようで本当はただの捨て駒だったのか。全部嘘だったのか。
次の日俺は王都を出た。そしてその次の日、ユウマの処刑が実行されたことを聞かされた。処刑人は銀髪の若い女だったという。それはルビーなのか、それともよく似た別人なのか俺が知る術はもうない。ルビーは最後まで城に残ってユウマの世話をしていたと聞いたけれど。
ドーナー領は王都の騒ぎなどなかったかの様にいつも通りだ。だがこれまであった簡単な関所に加え、町を囲むように大きな壁が作られることが決まった。役所はこれまでの法律が有効なのかわからないまま今まで通りの業務を行っている。
混乱しながらも、みな少しづつどこかへ向かっている。どこにたどり着くのかはわからないけれど。
16歳を過ぎた時、自室に差出人不明の封筒が置かれていた。誰に聞いても知らないというその封筒の中には、短い手紙と緑の石がついた指輪が入っていた。あまり奇麗ではない字で書かれた文字は全く見覚えがないものだった。
『ミカ・サマルエラとの再会を祈って』
ミカ・サマルエラ、生死不明のこの国の王女。生きていれば唯一の王族になる。再会できるなら嬉しいけれど。
一緒に入っていた指輪を見ていたら、ミカがよく似た指輪を持っていたことを思い出した。昔ミカがおばあさまから貰ったと言って指輪を見せびらかしてきたことがあった。しつこかったたので喧嘩になったんだった。あれは幾つの時だったんだろう・・・指輪はミカの指には大きすぎて玩具みたいだったことを覚えている。確かあれは青い色の石がついていた。
なんだか懐かしくなって自分の指にはめてみる。なぜかピッタリのサイズだったのでしばらくつけてみようと思った。最悪身元判明の手がかりになるかもしれない。
今のところドーナー家は王都の家もこの領地も無事だが、既にいくつのかの貴族が襲撃されたと聞いている。いつ誰がどうなっても不思議ではない。でも最近は全ての人間が役割を果たしているだけなのだと気が付いたので俺はもう平気だ。
駒は駒らしく。動き続けなければいけない。




