6.笑いながら生きるということ(マリア)
自分の家を追い出されて、仕方なく私は南の国に戻ってきた。パルの家はきれいに燃えていてほぼ原型を留めていなかった。まだうっすらと煙がでている残骸をしばらく眺め、諦めて浜に降りた。辺りはまだ薄暗い。もうここで眠ってしまってもいいかもしれない。
そう思って砂浜を歩いていると、誰かのひっという呼吸音が聞こえた。だが周りを見あ渡しても誰もいない。不思議に思い目を凝らすと、やっと数m先に男が一人尻餅をついているのが見えた。この距離で私が見つけられないなんて何者なんだろう。興味本位で近づくと男はなぜか顔を隠して地面に這いつくばって言った。
「見てない! 俺は何も見てない!」
思わず自分の姿を確認する。ちゃんと服は着てるし、とくに破れてもいない。
「・・・何を?」
そう聞くと男はまた悲鳴を上げた。実際震えてもいるようだ。何を見たんだか・・・そこまで考えて、ここはあの男を殺した場所に近い事を思い出した。私が右手を切り落として、その後さらに殺した男。名前は忘れた。
「ああ、殺すところを見たのかい?」
男はもう返事もせずにひたすら「お助けを・・・」なんて呟いている。あ、違うか。ルビーが誰かを殺すのを見たのかもしれない。
「・・・あんた、銀髪の女が町に火をつけるところは見たのかい?」
返事がないので髪を掴んで顔を上向かせる。男はぎゅっと目をつぶったまま言った。
「み、見た。けど俺は誰にも言わねぇ! だから殺さないでくれ!」
「聞かれたことだけ答えな。・・・その女はどうやって町に火をつけた?」
「わからない・・・俺は後ろにいたからわからない。で、でも、手から火が出たように見えた。それで・・・正面にいた奴が火だるまになった。そいつらが逃げ回って、いつの間にか家にも火がついてた。後は俺は逃げたからわかんねぇ・・・」
男は両目からぼたぼたと涙をこぼし泣き始めた。この男が言っていることが事実なら、ルビーが魔法を使えなかったのは一瞬のようだ。だがさっきの魔法の使いっぷりからしても不安定になっているのは間違いない。ルビーとミカの間に一体なにが起ったんだろう。
考えながらその場を立ち去ろうとして急に思い出した事があった。振り返ってまだ地面に這いつくばっている男に尋ねる。
「あんたらこんな時間にここで何してんだい?」
男は小声でもごもご言ったが聞こえない。数歩近づくと男は大声で言った。
「ここはよくカップルが夜中ヤってんだ! 覗いた後そのままここで寝れば、明けの漁に寝坊することもないってヤスールが!」
・・・聞くんじゃなかった。殺す気にもならず私はミカの家に飛んだ。
いつの間にかずいぶんと明るくなっていたが、まだ普通は寝ている時間だろう。叩き起こしてする話でもないので、木々の中をぶらぶらと散歩した。雑草はきちんと刈り取られているし地面も歩きやすい。だれかが丁寧に手入れをしているんだろう。
疲れたので木の根元に座り首を預ける。目をつぶっているといつの間にか本当に眠ってしまったらしい。気が付いた時はとっくに太陽が昇っていた。
ミカは外のテーブルに座ってぼんやりとしていた。声をかけると飛び上がった。
「なっ・・・なに、か、御用ですか?」
胡散臭そうに私を見るミカはとても元王女には見えない。どこにでもいそうな娘だ。ただちょっと金持ちそうな感じはあるな。
「まあね、今日はちょっと提案しにきた。あんた神になる気はないかい?」
「・・・は?」
ミカは数秒固まった後、なぜか私に椅子を勧めてお茶を淹れてくれた。時間稼ぎにしても変な子だ。
「神・・・は、私の手に負えるものではないので、辞退させて頂きます。」
熱くてまだ飲めそうもないお茶を机に置いてミカは言った。
「別に神になったって何もしなくてもいいよ。どうなるのか見たいだけだから。」
「・・・それならご自分でなればよろしいのでは?」
「私には天使の要素がないから無理だろうねぇ。」
私に天使の要素があれば確実に自分にあの石を埋め込んでいる。すごく面白うそうだからだ。だが私にあの男の石を埋め込んでも、ただ魔力が増幅されるだけだろう。
「いえ、私は自分が天使という自覚もありませんので。大変申し訳ございませんが遠慮させていただきます。」
「遠慮はいらないよ。天使の力と悪魔の力を手に入れるんだ。楽しそうだろう?」
「・・・いえ、結構です。」
ミカは強張った顔で固辞し続ける。つまらない奴だ。なんでこんな楽しそうなことに飛びつかないんだろう。
「・・・パルが死んだよ。」
「えぇ!?」
やっと違う表情が返ってきた。
「ただパルも数百年生きてたからね、もう充分だっただろうさ。あんたも長生きしてみる気はないかい?」
「え、いや・・・そんな数百年も別に・・・というかなぜ? どうしてそんな長生きだったのに急に亡くなられたんですか? この間まで元気そうだったのに。」
「寿命だね。・・・さて、ここに悪魔の石がある。これをあんたの胸に埋め込むとあんたは神になれる。やってみるかい?」
「いや、さっきからやらないって言ってますよね。」
ミカは譲らなかった。頑固な奴だ。
「あんたはルビーから魔力を奪った。そのルビーに魔力を補充するためにパルは残りわずかな魔力をルビーに渡して死んだ。つまりあんたはパルの死に責任がある。」
ミカの目が宙を泳いだ。
「いえ、私はルビーの魔力を奪ってなんて・・・」
「自覚はなくても実際そうなったんだから仕方ないだろう?」
それを聞いたミカはうな垂れた。
「たとえ・・・そうだったとしても、私が神なったからってなにがどうなるんですか? 死者を生き返らせることができるとでも?」
面白い事を言う子だ。たぶん死者を生き返らせるのは無理だろうけどねぇ・・・
「できるかもしれないね。どうだい、やってみるかい?」
「・・・やりません。自然の摂理に逆らった人はいつかかならず身を滅ぼすんです。どんな物語でもそうなるって決まってます。」
身を滅ぼすか。滅んだら終わりなんだから別にいいじゃないか。
「そうかい。あんたの恋人が殺されてもそう言えるかい?」
ミカの顔色がさっと変わった。
「なにを・・・言ってるんですか。というかさっきからあなたの話って脈絡がないですね。私を動揺させることばっかり言おうとしてるんでしょう。その手には乗りませんから!」
おやおや、思ったより賢い子らしい。
「・・・やらないのかい?」
「やりません! もう帰ってください!」
追い立てられて仕方なく瞬間移動で自分の家に帰った。無理やり胸に石を埋め込むこともできない訳ではないが、あの娘なら石を拒絶して叩き壊しそうな気がする。それはちょっと勿体ない。
家の中に入ると、パルは紫の石になっていた。
「おかえり、師匠。」
「ただいま。・・・あんたは元気そうだね、ルビー。」
ずっと頭痛でイライラしていた時とは違い、ルビーはとても元気そうだった。文字通り、パルの魔力を吸い取ったんだろう。
「パルのお陰でねー。だから師匠の彼氏の石はやっぱ要らないかも。」
「誰もやるなんて言ってないよ。」
「そう? でも早くしないとその石、魔力消えちゃいますよ? そしたら完全にただの黒い石になっちゃうけど、本当にそれでいいの?」
「・・・別に誰かの中に入れたって、この石からはもうなにも復活しないよ。」
「折角だから師匠が自分の中に入れちゃえばいいじゃない。そしたら愛する彼氏さんと一緒になれて幸せでしょ?」
「別に彼氏じゃないし・・・あいつの復活なんて待っちゃいないさ。」
そんなものは何百年も前に諦めた。この間殺したあいつだって、よく似てるだけの別人だ。
「師匠、諦めたふりはよくないですよー。悪魔なんだから執着して当たり前なんですから。」
「あんたに諭されるとムカつくね。」
「お、やりますか? 私いま元気いっぱいだから負けませんよ。」
はしゃぐルビーの頭を叩いて私は寝室へ向かった。眠い。ルビーの文句が聞こえるが知ったこっちゃない。
ベッドに横になり、黒い石を胸の上に置いてみる。男の魔力がどんどん弱くなっていっているのがわかる。このままただの石になってしまうのも時間の問題だろう。
この石を自分の中に取り込んでしまえば、私の魔力が増幅され、寿命が延び、少しだけ石になる前の悪魔のことがわかる。けれど私は知りたくなかった、あんな偽物のことなどどうでもいい。
石をベッドサイドに置いて目を閉じた。私だっていずれは消滅する。空っぽのまま無駄な人生を歩んだっていいじゃないか。面白おかしく笑いながら人を殺し、ある日突然寝首をかかれる。どうせその程度の人生だ。私の人生に意味などない。
「・・・でも会いたい、かもな。」
目を閉じたまま呟くと、まぶたの裏で大昔に死んだ男が笑った。




