5.笑いながら死ぬということ(パル)
僕の家は燃やされてしまった。
眠っているときに火をつけられた。外には殺意に満ちた数十人の人間が火の中から誰かが出てくるのを待ち構えていた。穏やかな最期の為に少しずつ修理してた家なのにな・・・なぜみんな僕の最期を邪魔するんだろう。人間といい、あの魔女たちといい。
仕方なく瞬間移動で師匠の家へ移動した。真夜中だったが師匠は起きていて、台所で煙草をふかしていた。
「どうしたんだい?」
「家に火をつけられました。どうせ師匠かルビーがなにかやったんでしょ?」
「・・・どうだったかな。」
師匠はわざとらしく横を向いた。全くもう。せっかく僕が見つけたいい死に場所だったのに。
「勘弁してくださいよ。どうやったら数日いただけであそこまで恨まれるんです?」
ぼやきながら勝手に酒を取り出して飲む。迷惑料だ。
「私は昔の知り合いを一人殺しただけだけど・・・ルビーがその犯人と間違われてね、パニックを起こして町中に火をつけたらしい。」
「パニック? ルビーがですか?」
「ああ。どうも一瞬魔法が使えなかったらしい。殺されるって怯えて大変だったよ。」
どうにも情報量が多いな。
「ええっと、なんでルビーは魔法が使えなかったんですか?」
「わからないけど、あんたらあのミカってこを天使にしたんだろ? その関係じゃないか?」
余計な情報がまた増えた。
「あの・・・最初からちゃんと説明してくれません? 時系列順に。」
私も全部わかってるわけじゃないがね、と師匠は前置きして話し始めた。
「まず私が海岸で男を一人殺した。人はいないと思ってたがどうやら誰かが見てたらしい。・・・でその後、あんたたちがミカを天使にした。」
「した覚えがありませんが・・・」
「そうかい? 魔法が使えるようになってたよ。弱いからここららじゃわからないだろうけど、あの町に戻れば気配がわかるはずだ。」
ミカが天使・・・まあどうでもいいちゃどうでもいいけど。
「その帰り道にルビーが男を殺したって詰められて、魔法が使えなくてパニックを起こして町に火をつけた。本人はよく覚えてないみたいだが、あんたの家から火が見えるくらいの大火事だったよ。それなりに人も死んだらしい。」
「・・・その殺された人たちの復讐で僕の家が燃やされたんですか? 僕関係ないのに?」
「だろうね。」
もうちょっと地味に生きて欲しいなあ、この人たち。
「・・・あの家の近くってほとんど人がいない筈なんですけど、師匠かルビーが出入りするのを見られてたってことですよね?」
「まあ私だろうね。殺した後そのまま家に戻った気がする。」
師匠かぁ。呆れて僕は師匠を睨んだが師匠は素知らぬ顔で酒を飲んでいる。人の家をなんだと思ってるんだ。
「・・・うるさいなぁ、もう。」
髪をくちゃくちゃにしたルビーがしかめっ面で部屋に入ってきた。寝てたのに起きてしまったらしい。
「ルビー、僕の家が燃やされたんだけど。」
「へー。でも私あそこにはもう行かないから。」
「いや、僕は住んでたんだけど・・・」
ルビーは僕の言葉を無視して席について酒を飲み始めた。すごくしかめっ面だ。
「どうしたの? 頭痛そうな顔してる。」
「痛いのよ・・・あの夜からずっと。」
「あの夜?」
「ミカが天使になってから。私の魔法も使えたり使えなかったりするし、ほんと最悪。」
ミカは頭を押さえたまま酒を飲んでる。飲まなきゃいいのに。
「あんたの魔力がミカに取られたんじゃないか? このまま魔法が使えなくなるかもね。」
師匠はにやにやと楽しそうに言った。僕は反論を試みた。
「そんな事ってあります? 悪魔はどこまでいっても悪魔でしょ?」
「そうだね、魔力を使い果たせば石になって、復活できるほどの魔力がなければずっと石のままだ。頭痛は石になる予兆かもしれないよ?」
師匠はどこまでも楽しそうだし、聞いているルビーの顔はどんどん歪んでいく。来るところ間違えたかもな。
「・・・とりあえず、今日はここで寝かしてもらってもいいですか? 他に行くとこないんで。」
「パル、これからミカを殺しに行かない? そうしたら私の頭痛も収まると思うの。」
「・・・勝手に行ってくれないかな。」
しばらく黙ってたと思ったらルビーもこれだ。唐突で脈絡がないし、なにより迷惑だ。
「だって一人で行って魔法が使えなかったら負けちゃうし・・・」
「師匠と行きなよ。」
「師匠はどっちに味方するかわかんないし。」
「よくわかったね。さて、どっちに味方しようかね。」
師匠だけは楽しそうだ。
「ミカのことは好きだったんじゃないの? 魔力を取られたかもしれないってだけで殺しちゃうの?」
「だって私殺されそうになったんだもん。仕方ないよ。」
うーん気が進まないなぁ。それに元はと言えばミカの親族を皆殺しにしたルビーが悪かったんじゃなかったっけ? 殴られるぐらいは当たり前だと思うけど・・・ミカも殴って魔力を吸収しようだなんて思ってなかったはずだし。
僕が黙っていると、師匠はいそいそとテーブルの上に黒い石を置いた。北の国にいた悪魔の石だろう。あ、悪魔じゃなくて神だったっけ? なんかもうよく覚えてないけど。
「これを二人で奪い合ってみるかい?」
師匠の提案にルビーが顔を上げた。
「・・・悪魔の石だよね? 確かに魔力を補充したら私の力も安定するかもね・・・ちょうだい。」
「話を聞きなよ、これはミカにやろうと思ってた石なんだ。あんたが欲しいなら奪い合えばいいじゃないか。」
「ミカはこれが欲しいの?」
「知らん。」
「じゃあ、私が奪い合うのは師匠とになるね。」
ルビーの目にほんのりと殺意が宿った。師匠の目も呼応するように赤く光る。狭い部屋でやめて欲しい。
「・・・普通にルビーにあげたらいいじゃないですか。」
僕が呆れて口をだすと師匠は大げさにため息をついた。
「わかってないなあ。そんなことしたらつまらないだろう?」
知らないよ。そんなのどうでもいいし。
うんざりしている僕の横で二人はヒートアップしていく。
「せめて外でやってください。この家壊れたらこまるでしょう?」
僕の言葉に二人は外に出て行き、勝負は10分もたたずに決着したようだ。魔力が安定していないルビーが勝てる訳ないんだ。
「・・・おかえり。ルビーの負けってことでいい?」
ルビーは無言で僕を睨むと部屋の奥消えて行った。ふて寝するらしい。
「なに無駄な事してんですか。」
気持ちよさそうに煙草をふかしている師匠に文句を言う。最初からこうなることはわかってた筈なのに。
「たまにはいいじゃないか。運動だよ。」
「・・・それで? 結局その石どうするんです?」
「私の希望としてはミカに入れたいんだけどね。元の持ち主が天使で悪魔だったんだから、ちょうどいいだろ?」
いい・・・のかなぁ? ミカにはなんの関係もないと思うんだけど。
「まあいいや。師匠、この家から出て行って下さい。」
「は?」
「今から負けて可哀想なルビーを慰めるんで、師匠は出て行って下さい。」
「私の家だが?」
「邪魔です。」
師匠が何か言おうとするのを遮って僕は続けた。
「・・・最後だから、いいじゃないですか。」
それを聞いた師匠は一瞬顔をしかめ、不承不承といった感じで頷いて言った。
「・・・じゃあな。」
「はい」
そんな短い挨拶で師匠はどこかへ消えてしまった。数百年の別れになるかもしれないのに、まったく悪魔ってやつは薄情なもんだ。
「ルビー、入るよ。」
そう言って僕はルビーが寝ているベッドに腰かけた。ルビーは相変わらずのしかめっ面で僕を睨んだ。
「・・・なんか用?」
「うん・・・魔力、分けてあげようかと思って。」
「どうやって?」
「吸い取ってみれば?」
そう言って僕はルビーの上に覆いかぶさった。
「はあ? 魔力ってそういうものじゃないでしょう!?」
「普通は殴っても魔力は移動ないけどね。まあ、試してみなよ。」
「いやいやいや! 別にいいよ! パルの魔力もうほとんどないんだからそんなことしたら死んじゃうよ!?」
「知ってる。でもちょっと憧れてたんだよね・・・腹上死。」
呆気に取られていたルビーの顔が怒りに代わる前に唇を塞ぐことにした。弱ってるルビーは可愛いんじゃないかと思ったけど、案外元気そうだった。でも昔より少し優しくて、それがどうにも切なかった。
「パルってさ・・・けっこう私のこと好きだよね。」
なんだか元気そうな顔でルビーが言った。僕はもうへとへとなのに。
「はあ!? どっからくるのその自信・・・」
「だって、パルって私には何も求めてないくせに優しいじゃない。それって好きってことでしょ?」
「ああ、ルビーは下心のある好きしか知らないんだね、可哀想に。」
揶揄うとすぐにルビーの表情が変わった。なんだか可愛くて髪を撫でると大人しくなった。ちょっと眠いなぁ・・・
「下心なんてあって当然でしょ? みんな欲しいものがあるから優しくするんでしょ?」
きゃんきゃん煩いけど、ルビーの声は嫌いじゃない。
「ねえパル、起きてよ。本当に死ぬことないじゃない。さみしいよ・・・」
ルビーの泣きそうな顔がもうよく見えない。手を伸ばしたかったけど、もう体は動かなかった。
「パル、次に会う時は私ぜったいユマと幸せになってるからね。また会おうね。」
気分よく死にそうになってたのに笑いたくなった。馬鹿じゃないの、この女。
「・・・ほんとそういうとこ、嫌いだよ・・・」
残念ながらそれが僕の最後の言葉になった。
締まらない人生だった。くだらない、何も生み出さない人生だった。でも最後に一つだけ夢は叶えたかな、腹上死。事後の裸の女の横で死ぬこと。
ああ、くっだらねー




