4.小さなお葬式(ミカ)
私が魔法を使えるようになってからしばらくが経った。だが私の日常は何も変わっていない。スライムが現れないから戦闘でレベル上げもできないし、なにより魔法なんか使ってタイチから気持ち悪がられたり嫌われたりするのが怖い。
唯一気になるのが今の向こうの国の情勢だが、私が出て行ってどうにかなるものでもないだろう。身内の弔いだけはしてやりたいが、実際問題わたしに遺体を動かすような腕力はない。人に頼むお金もないし、コネももはや難しそうだ。
今日も飽きずに魚を煮込みながら考える。少し前に町では大きな火事があり、何人かが焼け死んだ。死んだのは漁の主要メンバーだったのでいま町は少し荒れているらしい。詳しいことはわからないが、漁獲量が減って魚が値上がりするのは困る。
昼前にタイチがいつも通り帰ってきたと思ったら、珍しくおじいさんと一緒だった。
「どうしたの急に。」
おじいさんに聞こえないようにタイチに聞くと、どうにも様子がおかしいというので連れてきたと言う。急遽小麦粉を練りながら陰から様子を窺ってみたが、どこがおかしいのか私にはわからなかった。無口なのも私が席に座ってないからといって食事に手を付けずに遠慮しているのもいつも通りに見える。
不思議に思いながらもとにかくすぐ食べられるものを食卓に並べ一緒に話をしてみると、おじいさんは少しお酒を飲んだ後に話し出した。海に男の死体が上がり、それがどうやらおじいさんの息子らしいという話だった。
「息子って・・・子どもさんいなかったんじゃ?」
私の言葉にタイチも頷く。おじいさんは苦笑しながら頭を掻いた。
「まあ、20年も前に出て行ったきりで、死んだと思ってたからなぁ。」
聞くところによると息子さんはまだ十代の内に家出して、その後まったく消息不明だったらしい。だがしばらく前に突然息子だと言って現れたという。
「顔も似てると言われれば似てるんだが・・・なんせ二十年だろう? あいつの話す昔話なんてそもそも覚えちゃいねぇ・・・それで追い払ってたんだがな、死んだと聞くとな…。」
おじいさんは眉間に皺を寄せている。普段はあまり表情を変えない人なので色々思う所があるのだろう。
「・・・海ってことは船から落ちたんですかね? 漁師だったんですか?」
「いや。あいつは右手がなかったから船には乗ってない。向こうの国にいる時にヤバい事に関わったらしい。なんか奇麗で怖い女の右腕だったとだけ言ってたな・・・あいつが詳しく話さないってことはろくでもない事やってたんだろう。昔っからいらんことばっかりペラペラしゃべる奴だったのに。」
向こうの国、という単語にタイチと目があった。どうやら息子さんは砂漠を二回も渡った猛者らしい。知り合い・・・な訳ないか。
「利き手をなくして文無しで帰ってきて、当然なんの仕事もできなくて、荷役みたいなその場しのぎの仕事で小銭を稼いでた。どうせ俺の金を目当てに帰ってきたんだろうが、あんな奴にくれてやるぐらいならお前らに全部やるよ。」
おじいさんの目が座ってきたので慌てて酒の瓶を隠した。ここでは昼間から飲むのは普通だが、泥酔となると話は別だ。コップに水を入れるとおじいさんは大人しく受け取って飲み始めた。この後どうしようとタイチと目で会話していると、おじいさんはフラフラしながら立ち上がって言った。
「・・・帰るよ。邪魔したな。」
「いやいや、そんなんじゃ歩けないでしょ? 送っていきますよ。」
ひとしきり大丈夫だ大丈夫じゃないの問答の後、おじいさんとタイチは並んで歩くことになった。私は後ろから水筒を持ってついて行った。脱水怖い。
「それで・・・その上がったご遺体ってどうなったんですか? もうお葬式はすんだんですか?」
「知らねえよ。俺には関係ないっつって出てきたからな・・・しばらく海に浸かってたみたいで、顔なんかわからねぇんだ。ただ、右手がないからあいつだろうって・・・」
おじいさんは顔を覆って立ち止まってしまった。慌ててタイチと二人でおじいさんを木陰に連れて行き座らせた。二人でおじいさんを挟んで座って、次の言葉を待った。
「・・・この町には右手がない人間なんていねぇんだ。魚にやられた風でもない、古い傷跡だからあいつだろうって・・・あいつは一体何しに帰って来やがったんだ・・・」
タイチがおじいさんの肩を抱き、私はおじいさんの手を握った。深いしわが刻まれた手だ。ずっと真面目に働いてきた人間の手だ。
「お葬式、しましょう。ちゃんと弔って、お帰りって言ってあげましょう。お互い生きてるうちにまた会えたんだから、きっと息子さんは親孝行しに帰ってきてくれたんですよ。」
タイチの言葉におじいさんは嗚咽をもらした。私も一緒に泣きそうになる。そうだったらいいな。なぜ死んじゃったのかはわからないけど、お父さんに一目会うためだったらいいな。
その後私たちは三人で息子さんの遺体を引き取りに行った。ご遺体は鳥が来るからという理由ですでに浜で焼かれていた。まだ熱い骨を誰かが用意してくれた壺に入れる。私は前世のお葬式を思い出していた。人間ってどこでも一緒なんだなあ・・・骨の形も、お葬式の寂しさも。
入るだけの骨を抱えて、再び農園に戻った。農園の片隅にはおじいさんの家族代々のお墓がある。その更に隅に穴を掘って壺を埋めた。
「・・・そのうち墓標でも立てるよ。ありがとな。」
おじいさんはそう言って一人で帰っていった。いつの間にか夕方だ。食事の用意をしなくては。
「今日は町で食べる? たまにならいいんじゃない?」
タイチが魅力的な提案をしてきたが、少し考えて首を横に振った。お金に余裕がある訳じゃないし、なにより火事で人が死んだり海で人が死んだりが立て続けに起きている。あまり近寄らない方がいいだろう。タイチは最近町に行ってないので火事の件は知らなかったらしい。
「そうなの? 今日見た感じはいつもと同じだったけど・・・」
「火事が起きたのはあの飲み屋が多いちょっとガラの悪い所だから。十人ぐらい亡くなったらしいし・・・正直、私は息子さんの件も無関係じゃないと思う。」
本人にはとても言えなかったけど、これまで平和だった町にしては急に色々あり過ぎる。まるで・・・
「どうしたの?」
タイチに顔を覗き込まれて慌てて笑顔を作った。
「ううん何でもない。とりあえずすぐ食べられそうなもの用意するね。」
慌てて台所に立ち適当な食材を切る。でも頭の中は思い浮かんだ可能性で一杯だった。
まるで、私たちがここに来たから事件が起こったみたいだ。これはラスボス登場へのフラグなのでは?




