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6.少年の憂鬱③(シャルル)

 今日は王城で剣の稽古だった。昔はユウマも俺と一緒の稽古をしていたが、いつの間にかユウマは軽い運動程度しかやらなくなり、一方で俺は稽古というより訓練に近くなっていった。


「・・・もう時代は銃がメインなのに、いつまで剣振り回してるんですかぁ?」


 俺は運動場に座り込んで言った。朝から走って試合という名の元に木刀でバシバシ叩かれ体のあちこちが痛い。


「護衛は剣なの! 護衛対象が撃たれた場合は体張って止めるしかないんだから。反射神経を鍛えるのは剣!」


 そう言って爽やかに笑うのは護衛騎士のタイチだ。運動神経が抜群で顔もいいので物凄くモテるが、中身は後輩をいじめて楽しそうに笑う人だ。


「鍛えても銃に反応できますかね・・・」


「さあね? でも何もせず護衛を名乗れないだろう?」


 先輩はそう言いながら俺の手を引っ張って起こしてくれた。俺はこの後昼食を食べて、昼からユウマと一緒に勉強だ。起きてられるかな。


「王立学園も昔と違って半分が平民だ。何が起るかわからないんだから気をつけろよ。」


 そう言って肩を叩くと先輩は行ってしまった。もちろん気を付けるつもりではあるが、まだ始まってないしな。


 そんなことを考えながら水浴びして服を着替えてユウマの元へ向かった。ユウマは涼しい顔で猫と遊んでいた。猫を被るという言葉があるが、ルビーはユウマの前と俺に向かって話しかける時の差が激しすぎると思う。遊んでいるユウマを見ていると部屋に昼食が運ばれてきた。


 本来王族ともなれば食事の前に毒味は必須だ。だがユウマには毒味がいない。それどころか部屋で食べる際は給仕すらいない、ルビーが俺以外全員追い出してしまうからだ。


「あと十日ほどで学校が始まるね。」


 ユウマは食べ終わった皿を押しやってテーブルに頬杖をついた。行儀が悪いが部屋には二人と一匹しかいないので別にいいだろう。


「うん・・・わざわざ毎日通うの面倒だね。」


「そう? 僕は結構楽しみにしてるけど。可愛い女の子見つけないとなあ・・・」


 ユウマが呟くとルビーの尻尾が膨らんだ。どういう仕組みなのか触りたかったが手を伸ばすと逃げられてしまった。

 

 ノック音が聞こえたので俺が扉を開けると立っていたのはタイチ先輩だった。


「国王陛下がお呼びです。シャルル殿も一緒にと。」


 先輩が余所行きの顔で言った。俺が部屋の中を振り返ると、ユウマは肩にルビーを乗せて部屋から出てきた。そのまま三人と一匹で陛下の元に向かう。ユウマが呼び出されることは不思議ではないが、なぜ俺まで呼ばれたんだろう。


 陛下はわざわざ謁見の間で俺たちを待っていた。部屋の中にはユウマの姉まで居る。何事なのかと身構えていると、陛下が重々しく口を開いた。


「ユウマ・サマルエラ、東の地に巫女がいるとの情報が入った。ただちに行って丁重に巫女をこの城までお連れしろ。」


「・・・はい。」


 ユウマはまったくわかってなさそうな返事をした。まあ分かっていなくても王令であれば息子でも拒否権はないから当たり前だけど。


「今日中に準備を整え明日の朝には発つように。シャルル・ドーナーはユウマの護衛として一緒に行け。」


「承知しました。」


 急に名前を呼ばれて慌てて膝を折った。父が見ていたらあまりの無作法っぷりに怒られただろう。俺たち二人はそれだけ言われて下がらされた。


「・・・なに今の?」


 ユウマが廊下で首を捻った。俺にもさっぱりわからない。とりあえずユウマの部屋に戻りながら話し合う。


「東の地って、東部共同自治区のこと? 何で行くんだろう。車?」


「いや、車だと他の人が付いてこられないから馬車じゃない? ところで巫女って何?」


「巫女って北の国に昔いた神の言葉を伝える女じゃなかったっけ?」


「なんでうちの国にいるの? それになんで僕が迎えに行かないといけないの?」 


 わかっていない者同士で話しても何もわからなかった。ただ明日出発しないといけないことだけは確かなようだった。


「とりあえず俺は家に帰って準備してくるわ・・・俺の家からも護衛はでるだろうし、そっちの準備もしないと・・・」


 そう言って俺はドーナー家に戻ったが、待ち構えていたのは複雑な顔をした父親だった。聞けば今回はユウマと俺と、ドーナー家の悪魔パル・ソドム氏の三人で車で行くのだという。


「仮にも王子の護衛が二人ですか? 城の外なのに?」


「詳細は私にもわからん。・・・正直に言うとな、王もよくわかってないようだった。」


 父は声を潜めて言った。それはつまり、王以外の誰かが俺たちを東に行かそうとしているという事だ。ますます護衛が二人じゃ心もとない。というか悪魔は護衛してくれるのか。


「俺一人じゃ複数に襲われた時ユウマを守り切るのは無理ですよ。パル氏はユウマを守ってくれると思いますか?」


「・・・わからない。」 父は静かに首を振って言った。


「彼はそもそもユウマに興味がないようだ。この件は誰が何のために仕組んだのか今のところ全くわからない。だけど行って貰うしかないんだよ。もちろん後ろからうちの者がついていくし、王家の警備もつくだろう。だがユウマを一番近くで守れるのはお前だけだ。頼んだぞ。」


 父の疲れた顔を見て、これ以上の情報はないのだと悟った。俺は仕方なく頷いて自室に戻ると、メイドが困惑した様子で鞄に僕の荷物を詰めていた。


「あの・・・車で出掛けられると聞いたのですが、車ってこの鞄乗りますかねぇ・・・」


 メイドが手にしている鞄は一抱えもある大きな物だ。車は四人乗りだが俺一人の鞄で場所を取る訳にもいかない。


「乗らないと思うから服は諦めるよ。洗面用具だけ小さな袋にまとめておいて。」


 俺はそう指示して考え込んだ。知り合いがいない土地に行くのは生まれて初めてだ。いつもなら荷物は荷物用の馬車に積んでいくし、行った先でも色々用意はある。だが今回行く東部共同自治区は商人が治める町で貴族はいないため、ドーナー家の付き合いがある人がいない。頼れるのはお金だけになるが、お金を持っていると思われると敵も増えるので厄介だ。


 色々考えた結果、俺はパルが滞在している部屋の扉を叩いた。返事を待って開けると、パルはソファで昼間からお酒を飲んでいた。


「パル様、明日のことなんですが・・・一緒に行っていただけるのですよね?」


「まあね、車に乗れるって言うし。」


「自動車は初めてですか?」


「うん。機械なんでしょ? 重い物乗せて何キロも走るなんてすごいよね。」


 パルは心なしか楽しそうだった。旅行気分らしい。


「あの、確認なんですが、パル様はユウマを守ってくれるんですよね?」


「僕が? ルビーがいるから充分でしょ?」


「いえルビーは猫ですし・・・さすがにルビーと俺だけではユウマを守るのは難しいかと。」


「ふーん?」


 パルはまるで他人事のように首を傾げた。「まあルビーがやられたら僕が出てもいいよ。ルビーに勝てる相手なら面白そうだし。いないと思うけど。」


「ルビーってそんなに強いですか? 猫ですよ?」


「僕にはタチの悪い悪魔にしか見えないよ。」 


 パルはそういうとまたお酒を飲み始めた。パルの見た目は二十代半ばだが、どうにも只者ではない雰囲気を漂わせている。だからきっと強いのだろうと思えるし他の人間もそう思っているんだろうが、実際に強いかは誰も見たことがないのでわからない。


「・・・では、明日からお願いしますね。」


 俺はそう言って早々に引き上げた。不安しかないが今できることはもうなさそうだ。部屋に戻って無駄に立ったり座ったりしていると、執事が一冊の本を持ってきた。古そうな上に中の文字は手書きだった。


「リチャード・ドーナー様が書かれた北の国事変の全容です。旦那様から今すぐ読むようにとのことです。」


 北の国事変とは百年ほど前に当時まだ国交のなかった北の国が、突然山を越えて攻めてきた事件だ。最初に侵入が確認されたのは国有地である山だったが、そこはドーナー家が管理を委託された土地でもあった為、ドーナー家と軍が協力して戦った。その際にパル・ソドム氏は大きな戦力となったらしい。最終的には北の国の将軍と戦いを扇動した巫女を打ち取り、北の国は北方管理地として我が国が治める領土となった。


 俺やユウマはこの国の歴史として子供のうちに習ったし、普通の大人なら一般常識としてそういう戦いがあったことを知っているだろう。リチャード・ドーナーとはその戦いで総指揮をとった俺の祖先だ。


 本によると戦いは山の中から現れた三人組の男が警備の者に襲い掛かったところから始まったらしい。ドーナー家と国王軍は直ちに山を包囲し町を守った。そしてドーナー家の悪魔が単独で北の国に攻め入り、数千の兵と将軍ならびに巫女を打ち取ったと書かれていた。


「数千の兵を一人で・・・?」


 さっき見たのほほんと酒を飲んでいた悪魔を思い出して身震いした。しかも記録では一日もかけずに向かってくる兵士のほとんどを殲滅したことになっている。無茶苦茶だ、これじゃ本当に悪魔じゃないか。


 居ても立っても居られず俺は父の部屋に押しかけた。父は何かを察したのか仕事の手を止めて相手をしてくれた。


「ここに書かれている悪魔って、本当にあの、そこにいるパル・ソドム氏なんですか?」


「らしいね。ずいぶん若そうに見えるけど。」


 父親は手を組んで苦笑した。


「でもあの、一人で数千人って無理じゃないですか? 魔法を使ったとしても・・・無理でしょう?」


「その本は国に提出した書類の控えだ。当時のドーナー家当主が間違いないとサインして提出したものだよ。子孫がそんな簡単に否定しないで欲しいな。」


 父はばっさりと言い切った。「私も読むのは初めてだったがね・・・そうそう、折をみてパル様に伝えて欲しいことがある。しばらく一緒にいるんだからいくらでも時間はあるだろう。」


 そう言って父はパル・ソドムは国営銀行に大量の資産を持っていることを教えてくれた。


「ドーナー家が銀行を運営していた時代に作られた特別口座だ。パル様はそれを使えばこの国の半分ぐらいなら買い取れる。もし入用なら私に言ってもらえればいつでもお渡しできると伝えて欲しい。」


「・・・直接言わないなんて、お父様らしくないですね。」


 俺がそう言うと父は目を伏せた。俺が知る父はどんな相手にも毅然と立ち向かう大人のはずなのに。


「私は怖いんだよ・・・逆にシャルルは怖くないのかい? パル・ソドムは本物の悪魔だ。私は・・・同じ部屋に長時間いることも難しい。彼が発する妖気のようなものに当てられてしまう。彼は間違いなく数多の人間を殺しただろうし、これからも躊躇なく殺せるだろう・・・」


 その時静かに部屋の扉が開いた。


「ひっどい言われ様だなあ。」


 そこに立っていたのはパル・ソドムだった。


「まあ確かに殺した人の数は覚えちゃいないし、今もその気になれば誰でも殺せるけどさあ・・・」


 パルはそう言いながら勝手に部屋の中に入ってきた。父の顔がこれ以上ないほど強張った。


「貴様が単に魔力に過敏なだけだよ。僕の魔力がわかるから怖いんだ。逆にこのポンコツは魔力が見えないからわからない。」


 ポンコツ、はどうやら俺のことらしい。ポンコツ?


「失礼しましたパル様。まさか聞こえていたとはいざ知らず・・・」


 みっともなく頭を下げる父はあまり見たいものではなかった。


「僕は耳がいいんだ。あと特別口座? 大昔に聞いた気がするけど今は必要ないから別にいいよ。このドーナー家にいてお金に困る事なんてないだろう?」


 悪魔は笑いながら父を見下ろした。


「仰る通りでございます。」


 父はもはや頭を上げることもしない。俺は不愉快になって二人の会話に割り込んだ。


「パル様、あなたはドーナー家に仕える悪魔ではないのですか? なぜ当主に対してこんなに偉そうなのですか?」


 言い終わった途端に部屋に激しい突風が渦を巻いた。父親が椅子から転がり落ちるように悪魔の足元に蹲った。


「パル様おやめください! この者はまだ若くパル様の恐ろしさが理解できないのです。私が言って聞かせますので!」


 パルと俺の目が合ったとたん風はやんだ。確かにこの風はパルが起こしたもののようだった。


「・・・明日からの旅行、楽しみだな。」


 パルはそう言って微笑むと部屋を出て行った。父親は床から立ち上がらない。俺は仕方なく父に手を貸して近くのソファに座らせた。


「勘弁してくれシャルル・・・なぜお前にはあの恐ろしさがわからない・・・」


 父は震える手で顔を覆ったまま動かない。


「俺には普通の人間にしか見えないので。」


「どこが普通なんだ・・・あの男は瞬き一つでこちらを切り刻めるというのに。」


「あの男は俺を殺しません。」


 断言すると父親はやっと顔を上げて俺を見た。


「なぜそう言い切れる?」


「わかりません。ですがパルは俺を殺しません、絶対に。きっとドーナー家の人間には逆らえないような仕組みがあるんですよ。」


 父親は弱弱しく首を振った。


「私にはそんなものあるとは思えんがな・・・まあいい、行ってくれ。私はあの男の前では無力だ。すまない。」


 息子に向かって頭を下げる父をこれ以上見たくなくて俺は部屋の外に出た。いつの間にか夜になっている。本に夢中で夕食を食べていなかった。適当な食事を用意してもらいながらパル・ソドムという男について考えた。


 父は少し怖がり過ぎだと思う。俺はまだあの男が数千人を殺したという事を疑っている。昔だから数字は適当なんじゃないだろうか。それに----


 ----あの子はそんな悪い子じゃない


 頭の中に不思議な言葉が浮かぶ。パルが良い子でない事はさっきのアレで確信しているが、なぜか俺には彼が根っからの悪人だとはどうしても思えなかった。なぜだかはわからないけど。


「パル・ソドム。パル・・・」


 名前を呟くと何故かもどかしい気持ちになる。何かを思い出しそうな気になるが、全くなにも思い出せない。


 俺はイライラする気持ちを食べ物を口に詰め込むことで飲み込んだ。眠って起きたらもう出発するのだ。俺はとりあえずユウマを守ることに専念するだけだ。


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