6.もう一人の魔法使い
「・・・あんた、魔法は使えるかい?」
そう魔女は言った。
「魔法? そんなの使える訳・・・」
そう言いながら私はじっと自分の手の平を見た。使える訳、ないよね? ね?
「試しに手からなんか出してみなよ。」
「何かってなに!?」
「なんか・・・風とか。」
風? 手から風? 自分の手を見つめながら考える。風といえばこう・・・風車が回るみたいなこと? 手の奥で何かが回ってその勢いで手のひらから風が・・・
「出るんかい!!」
私は叫んで仰け反った。びっくりした。自分の手のひらから風が吹いた。どんな仕掛けなんだ。
「やっぱり出たか。水は?」
「水ぅ!?」
思い切り顔を顰めながら手のひらを見つめる。手の真ん中から水が溢れてテーブルに滴った。
「・・・出、た。」
こっわ。どうなってるんだ私の手。
「それが魔法だよ。おめでとう、あんたは魔法使いになったんだ。」
魔女は満足そうににっこり笑って言った。私は全然笑えない。
「なん、で?」
「あんたは元々天使っぽい人間ではあったんだよ。たぶん昨日ので爆発したんだ。・・・こういうのって普通悪魔になるやり方なんだけどね。あんたは天使になったみたいだ。」
「私が、天使・・・」
語感の馬鹿っぽさに笑いたくなる。けれど全く笑えなかった。天使? 異世界転生なら普通聖女でしょ? っていうか今更魔法に目覚めても・・・うちの家族もう死んだみたいなんだけど。それともなに? 私はこれから魔王とか倒しに行くの? ここまでが序盤だったの?
大混乱のままもう一度自分の手のひらを見る。ふわっと風が吹いて私の髪の毛を揺らした。魔法ねぇ・・・
手のひらを見たままどれぐらい固まっていたのだろう。魔女はいつの間にかいなくなっていた。いや、何しに来たんだよ。
タイチは椅子に座ったまま眠っていた。魔女と話している間、私はタイチのことを1ミリも考えなかった。これも魔法なんだろうか。どんな魔法だ、っていうか一体なにがどうなってるんだ。
椅子に座ったまま頭を抱える。しんどい。意味が分からなさすぎてしんどい。
結局私は何をすればいいんだろう。このままここで家族の死を悼みながら穏やかに暮らす? 魔法を使って敵討ちをする? どこにいるのか知らないラスボスとか倒す?
わからない。ここは原点に戻ってゲームとして考えてみよう。
ヒロインが魔法を使えるようになりました。ということは魔法を使ったイベントがこの先に起こるはずです。ということはそれに備えてレベル上げが必要? スライムとか倒すべき? そんなの見たことないけど。
まあいいや、取り合えずレベルを上げます。強い敵が出てきます、倒します。・・・たぶんタイチも一緒に戦ってくれるんだろうな。あ、ひょっとしてレベルを上げながら仲間を探す旅にでないといけないかもしれない。まあそれもいったん置いといて。
とりあえず仲間と一緒に敵を倒しました。世界に平和が訪れました・・・二人は幸せに暮らしました
か? 本当か?
確かにこれなら序盤が長すぎるきらいはあるけれども、ゲームとしては王道だ。家族を殺され内なる力に目覚めたヒロインが悪い敵をやっつける。乙女ゲームと王道RPGをくっつけたような話だが、まあどこかで誰かは作るかもしれない。
じゃあ問題はラスボスだ。今のところルビーしか考えられないけど・・・なぜか私ルビーのこと嫌いじゃないんだよなぁ。怒ってはいるけれどまだ憎むってところまではいってないっていうか・・・我ながら変だとは思うけど、これはちょっと保留にしておこう。
さてさて。私は用心深いのでここまでの予想が外れたパターンも想定しておきたい。
ここはただの現実で、私は大昔に使える者はいなくなったとされる魔法がたまたま使えるようになっただけ。私の前世とか異世界の記憶なんて全部私の妄想。私は家族を殺され隠れるように異国に住み着いた元王女。見つかれば、殺される。
わかってんの。本当は私だって全部わかってんの。本当だってば、こんな誰かに話しかけてる風に考えてるけど、本当は誰もいないってわかってるんだよ。・・・流石にタイチはいるよ? そこまでではない。
いったん落ち着こう。
物語の流れはレベルアップ&仲間探しのフェイズへ入った。でも全然やりたくない。正直世界が滅ぶとか言われない限り誰とも戦いたくない。ルビーに対する怒りはまだあるけれど、死んでほしいとは思わない。何を考えているのかは知りたいけれど。
ダラダラ長時間考えてはみたが、タイチはいっこうに起きなかった。そんな首が痛そうな恰好でよく寝られるな・・・ベッドまで運んであげたいけれど私の力じゃ無理だ。いやでも。
「魔法で運べる?」
確かパルは私たちの腕を掴んで移動していた。テレポーテーションというやつだろう。私も魔法が使えるならできるのでは?
試しにタイチの腕を掴む。
「ベッドへ!」
そう言うと私たちは寝室へ移動していた。一瞬過ぎて何が起こったのかわからない。急に椅子を失ったタイチは寝室の床に倒れてきょとんとしている。
「え・・・なに? 魔女は?」
「帰った。タイチ大丈夫? なんで急に寝たの?」
「うん・・・? なんかミカと魔女が喋ってるのを聞いてたら急に眠くなって・・・ミカが寝室まで連れてきてくれたの?」
不思議そうなタイチに私は笑顔で頷いて、ベッドに入って眠るように勧めた。タイチはぼんやりした顔で横になるとあっという間に眠ってしまった。本当に眠いのか睡眠の魔法でもかけられてるのかよくわからない。
タイチの邪魔をしないようにそっと隣の部屋に移動した。この家は1LDKというやつで二部屋しかない。トイレは外で汲み取り式だし風呂はないが、それでもここは私とタイチで見つけた家だ。実際は借りてるだけだけど、おじいさんはもう戻る気がないからずっと住んでいいと言ってくれている。おじいさん夫婦には子供がなく、他の親族もこの不便な場所にある家と農園を欲しがらなかったそうだ。
だからここはもう実質二人の家だ。私の欲しいものは全てここにある。これ以上なんて、いらない。
台所の椅子に座ってじっと手を見る。魔法が使えるのはきっと良い事なんだろう。でも別にいらない。テレポーテーションは町へ買い物に行くのに便利そうだけど、下手に見られて騒がれるのも・・・いや、タクシーでも始めればいい商売になったりして。
しばらくお金儲けについて考えたが、すぐに行き詰ってやめた。この国の政治がどうなってるのかはいまだにわからないが、争いが全くないということはないだろう。この能力を使えば敵方を暗殺し放題になるので、最終的には人間兵器として使われる未来しか見えない。そんな未来は望んでいない。私が望む未来は・・・
ふと外にランタンをつけっぱなしで置いていることに気が付き外に出た。虫の声でそれなりに賑やかだ。明かりを手に提げて空を見上げる。ここの空はきちんと暗い。かつて私がいた世界の空と全然違う。私が35年ほど見上げていたのは、まるで昼間を少し暗くしただけのような白っぽい夜空だった。あの世界が偽物なのか、この世界が作り物なのか今の私にはわからない。
それでも今の私が欲しいものは、いつかタイチと話した家族みんなで穏やかに暮らす未来だ。




