5.もう一人の魔女
夕方帰ってきたタイチと一緒に夕飯を食べる。タイチは私が寝ている間にパルと色々話したらしく全てを聞いていた。
「・・・帰りたい?」
タイチは私の目を真っすぐ見ながら聞いた。その真っすぐな目に救われる。私がこのバッドエンディングに導いてしまったなんて微塵も疑っていない目だ。
「帰ったら、私も・・・」
殺されるよねぇ。口には出したくないけど。
「パルに頼んでこっそり行けばきっと見つからないよ。今俺たちこんな格好だし。」
タイチがおどけて言う。確かに今の私たちの格好はあちらの国だと貧民がしている格好だ。
「今は、いい。」
聞けばユウマが死んでからまだ数日しか経っていないという。私は丁重に埋葬されているとは思えないユウマの死体を見たくない。昨日の様に誰彼構わず殴りかかりそうだ。
「そっか」
煮込み料理はハッシュドビーフにはならなかったが、わからないなりに美味しい料理になった。ブラウンシチューってこんな感じだろうか。ご飯にかけたら美味しいと思う。この世界にはないけど。
「・・・ミカがこんなに料理上手なんて知らなかったよ。まるでお城のシェフみたいだ。」
タイチが空気を変えるように言った。シェフってフランス語だったっけ。この世界の言葉は日本語じゃないけど、私の脳は日本語として処理している。距離の単位はメートルだし、一日は24時間だし学園は四月始まりだし、全て日本準拠だ。異世界がこんなに私に都合がいいなんてやっぱりこれはゲームなんだ。
「どうしたの?」
タイチに尋ねられて慌てて首を振った。
「ごめんなさい。今日はずっとぼうっとしてるの。」
そう答えるとタイチは気の毒そうに笑って食事を続けた。昨日のことが夢ならいいのに。でもこの全身の筋肉痛はきっと現実だ。普段使っていない筋肉を使ったからだろう。まるで殴られたみたいに痛い、やってらんない。
夕食後、お酒を飲みながらタイチと話した。タイチはパルからルビーが平等主義のリーダーだとちゃんと聞いたそうだ。
「でもルビーって最近まで猫だったんだよ? 猫が人間を率いてたの?」
「・・・変身してたんじゃない?」
「ルビーは人間に戻れなくなったって言って私に話しかけてきたんだけど・・・」
あれも嘘だったんだろうか。ちょっともうよくわからない、本人に聞くしかなさそうだ。
しかし当然タイチは反対した。
「ミカが直接会うのは危ないよ。俺が代わりに行って聞いてくるから。」
「それじゃ駄目なの。これは私の問題だから。」
タイチは渋い顔をしているがここは譲れない、だってここは私がヒロインの世界なんだから。
しばらく二人の間に沈黙が流れた。私たちはいつも通り外のテーブルに座っている。かまどは火を落としてるし風もあるので暑いと言うほどでもない。昨日と同じだ。ランタンの周りには蛾が飛んでいる。
突然タイチが身構えた。腰にそっと手をやって剣がないことに気付いたらしく顔を顰める。
「・・・どうしたの?」
私が小声で聞くと、タイチは囁くように言った。
「誰かいる。」
タイチが睨んでいるのは農園の奥の方だ。当然真っ暗なので私には何も見えない。どうすることもできずに固まっていると、人の足音が近づいてきた。タイチはそろそろと動き、火かき棒を掴んで構える。私も立ち上がってタイチの後ろに隠れた。暗闇から現れたのは銀髪の女だった。
「・・・ルビー?」
私の声にも女は止まらず近づいてきた。ランタンの明かりで見る女は銀髪で赤目だったが、ルビーではなかった。
「あんなのと一緒にしないでおくれ。」
女はそう言った。確かに声はルビーじゃない。
「誰だ。」
タイチは警戒を崩さず問う。
「魔女だよ。その棒は下しなよ。そんなんじゃ私に勝てないし、あんたらを殺す気はないよ。」
魔女はそう言って勝手に空いている席に座った。
「おやワインかい。私にもくれないか?」
私とタイチが顔を見合わせていると、魔女は肩をすくめどこからかワインとコップを取り出して勝手に飲み始めた。まるで魔法の様だ。魔法なんだろうけど。
「・・・座りなよ、あんたらと話をしに来たんだ。」
魔女はなぜか偉そうにそう言った。ちょっと腹が立って私は元居た席に座った。タイチも渋々それにならう。
「話って、なんですか。」
私が聞くと魔女が笑った。その顔を近くで見てやっぱりルビーじゃないなと思った。ルビーより少し年上に見える。
「うーん、まずあんたらの方が質問があるんじゃないかい? 私も今回の件はそれなりに関わってるよ。聞いてくれたら何でも答えるよ。」
「・・・あなたは誰?」
「マリア。ルビーとパルは師匠って呼ぶね。」
師匠? 20代にしか見えないけれど意外と歳くってるんだろうか。
「・・・この場所は誰に聞いたんですか?」
「パルから。パルはこの町の反対の端っこにいるよ。」
「・・・ルビーは今どこにいるんですか?」
「ルビーはどっかいった。まあその内戻ってくるだろ。」
魔女は間髪入れずに返事をして、面白そうな顔で私を眺めている。聞きたいことはこんな事じゃないと気付いてるようだ。
「・・・・・・あなたは、平等主義のリーダーですか?」
「そうだ。」
「・・・ユウマを殺したのはあなたですか?」
「違う。あれは私のフリをしたルビーがやった。」
「・・・私を城から逃がしたのはあなたですか?」
「違う。あんたを逃がしたのも、あんたの弟を殺したのもルビーだ。」
「・・・なぜ?」
「それは知らん。それはルビーに聞いてくれ。」
魔女は初めて少し困った顔をした。
「・・・あなたの見解を聞きたいです。ルビーはあなたの弟子なんですよね? 師匠から見て、なぜルビーはこんなことをしたと思いますか?」
魔女は眉を寄せてワインを飲み干した後、言った。
「ルビーは、何百年もある魂を追いかけてる。その魂に愛されるためなら、あいつはどんなことでもやる。」
「・・・ちょっと意味が分からないです。」
「私にだってわからんさ。ただルビーはいつだって必死だよ、滑稽なほどにね。」
マジで意味がわからない。取り合えずユウマのことは置いておくことにした。
「・・・じゃあ、なぜルビーは私を助けたと思いますか? 私だけじゃなく両親や城の人も助けれくれても良かったと思いませんか?」
「だからルビーの考えは知らんて・・・」
魔女は困った顔をしてまたワインを注ごうとしたので瓶を取り合げた。魔女はため息の後に言った。
「あいつはたぶん、人の幸せが嫌いじゃないんだ。いや相手によるんだろうけど。大昔ルビーが懐いてた女がいてね、まあたぶん、そう言う事なんだろ。」
つまり昔の知り合いに似てたから私を助けた・・・? これはルビーに聞くしかないのかもしれない。考えているとワインを奪い返された。別にいいけど。
「・・・えっとじゃあ、話を戻します。あなたは平等主義のリーダーとして、これまで何をしてきましたか?」
「尋問みたいだねぇ。・・・色々だよ、人を集めたり金を集めたり家がない奴に家を世話してやったり、もちろん盗みも殺しもやった。時代が変われば真っ先に処刑されるのは私だろうね。」
「・・・ルビーは平等主義とどういう関係が?」
「別にないよ。見た目がこの通りだから間違える奴もいるってだけさ。」
じゃあ何でユウマを殺したの? 口から出そうになった言葉を堪える。これじゃ堂々巡りだ。
「・・・あなたがここに現れた目的は?」
「あんたを見たかった。」
「私?」
驚いて魔女を見ると、魔女はニヤリと笑った。
「昨日の夜ルビーに殴りかかったらしいね。その時あんたの中のなにかが目覚めた。私はそれを見に来たんだよ。」
核心に触れない曖昧な言い方に少しイラっとした。
「何かってなんですか?」
「・・・あんた、魔法は使えるかい?」




