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生まれ変わった**は笑う ~三人の悪魔と一人の異世界転生者~  作者: 紫藤しと
第十章 握ったこぶしを(ルビー)

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4.いっそ激しく切ればいい

 結局やぐらが広場にたったのは夏だった。


 その頃にはユウマは井戸の冷たい水で体を洗う事や、簡単な洗濯を自分ですることを覚えていた。王城からはかつてのかぐわしい花の匂いは消え、何かが腐ったような匂いが漂っている。たぶん誰も掃除しない血の跡からだろう。


 国王夫妻の遺体はかろうじて腐敗が進む前に城の庭に埋められた。本来は王家の墓に入るべき人たちだが、敷地の隅にある王墓まで棺を運べる人員はもう城にはいない。食事を作る者もいないので、一日二回だけ外から食事が届けられた。まるでユウマは囚人のようだった。何もしていないのに。


 ユウマの部屋を入ると、ユウマはベッドの上でぼんやりと天井を見ていた。暑いのか上半身は裸で、骨が浮き出ているのが見える。


「ユウマ、朝御飯持ってきたよ。」


 そう言って食事の入った籠を見せると、ユウマはよろよろとテーブルにつき無言で食べ始めた。その姿はもう優雅さの欠片もない。ただ死なないように生きているだけだ。


「美味しい?」


 私の声にももうまるっきり反応しない。まあこれは不味いという意味なのかもしれない。ちなみに食べているのは塩っぽいパンとワインだ。たまにパンにベーコンなんかが練りこんであるとご馳走だ。


 今日の日の入り前、ユウマは私に首を刎ねられて死ぬ。だからこれがユウマの最後の食事になる。


「ねえユウマ、私がここから救い出してあげるね。」


 相変わらずユウマは顔も上げなかった。ここ三か月ほど、ユウマが少しずつやつれて力を失っていく様を私はそばで見ていた。けれどユウマは結局一度も私に助けを求めなかった。何故そこまで私の力を無視するんだろう。私にはわからない。


 ユウマが処刑されるという噂は既に国中に広まっている。それに反対した貴族の話は聞かなかった。あれだけ王家のそばにいたシャルルもドーナー家も、結局王家を見捨てたんだろう。もうユウマは一人ぼっちだ。ただ死ぬことだけを願われている、可哀想な王様(ユウマ)


「ユウマ、お風呂入ろっか。」


 ユウマの髪は脂っぽくてなんだか臭い。こんなのは国民が期待する悪い国王じゃない。


 私は部屋の隣にある浴室に行って、小さな浴槽にお湯を張った。戻ってきてもユウマはまだのろのろと食事していたので、クローゼットを開けて処刑の時に着る服を考える。私の黒いドレスはちゃんとパルから受け取って用意してあるので問題ない。以前穴が開いた個所は赤い布がアクセントに追加されていてなかなかおしゃれだった。


「ないなぁ・・・」


 ユウマのクローゼットは今着られるようなものはほとんどなかった。部屋の隅には着倒して洗濯していない服が積まれている。処刑なのにみすぼらしい王様なんて恰好つかないし、なんなら偽物だと思われる可能性もでてしまう。どうせユウマの顔なんて誰も知らないんだから。


「あ、王様の部屋に行けばいいんだ。」


 良い事を思いついた。私は鼻歌を歌いながら死んだ国王の部屋に向かった。国王は割と最初の方に死んだから、まだ汚れていない服が沢山あるはずだ。


 私はサイズの違いに苦労しながら服を選んだ。やっぱり王様っぽい服といえばマントだろう。やたら腹周りの大きいズボンはベルトでしめて、大きすぎるシャツはマントを羽織れば見えない筈だ。マントもきっとユウマは引き摺るだろうが、どうせすぐ死ぬから問題ない。


 ウキウキしながら服を抱えてユウマの部屋に戻ると、ユウマはやはりぼんやりした顔で湯船に浸かっていた。


「ユウマ、髪洗ってあげようか?」


 返事はなかったが髪に石鹸を塗りたくってみた。全然泡立たないので何度も水をかけて何度も頭皮を擦った。暑くなってきたので着ていたワンピースは脱ぎ捨てた。


 久しぶりに城でいい匂いを嗅いで私はご機嫌だった。やはり腐敗臭より高級石鹸の匂いがいい。ユウマも気持ちよさそうに目をつぶって呟いた。


「昔みたいだ。」


 そいういや昔はメイドに頭や体を洗ってもらってたね。数年前にシャルルに揶揄われたから自分で洗うようになって、最初は泡が付いたまま風呂を出ようとして慌てて止められてたね。


 耳や首の後ろも洗って丁寧に流す。最後の風呂だからゆっくりさせてあげようと思い一人で浴室をでた。


 暑すぎるので窓を開けて風を浴びる。ワンピースを脱いだ私はほぼ下着しか身に着けていないのにユウマは見もしなかった。こんなに魅力的でいい体をしている女の子がずっとそばにいてその気にならないのは、死刑に値するんだよ? なんでユウマにはわかんないのかな。


 清潔な下着を身に着けて出てきたユウマは久しぶりに顔色がよかった。ベッドに腰かけさせて髪に油を塗り、手から熱風をだして髪を乾かす。結構高度な魔法だけれどそれを気にしてくれる人は誰もいない。


「・・・この服って父様の?」


 ユウマが久しぶりに私に話しかけてきた。


「そうだよ。」


「そっか・・・ありがとね。」


 何に対してのお礼なのかよくわからなかった。髪が乾くとユウマは疲れたと言って眠ってしまった。少しこけた頬にヒゲはない。そういう中性的なところも好きだった。でもこの少し口を開けて眠るまだあどけない顔も、ただ伸びただけのひょろ長い手足も、大人になることは決してない。


 私は何時間もユウマの寝顔を見ていた。今はこんなにも手を伸ばせば触れられる体が、数時間後には熱を失ってしまう。何も見ず、何も話さなくなる。


 ・・・あれ、それってここ最近のユウマだな。ということはユウマはずっと前から死んでいたのかもしれない。


 手を伸ばして柔らかな髪を撫でる。可愛い子だ。可哀想な子だ。ただ生きていることを他人に否定されるなんて。


 少しずつ部屋の中で影が長くなり、外に風が吹き始めた。もうすぐ陽が沈む。


 私はパルが奇麗にしてくれた黒いドレスを着た。鏡の中の私は妙に真面目な顔をしていてちょっと可愛くなかった。でもあんまり可愛くても師匠に見えないだろうから丁度いいだろう。


「ユウマ起きて。」


 そう言って揺り起こすと、ユウマはぼんやりと目を開けた。無理やり体を起こさせ白いシャツを着せる。一つ一つボタンを留めていくのは、なぜだかとても物悲しかった。


「・・・そういうメイドみたいなこと、嫌いじゃなかったの?」


 ユウマの言葉に微笑もうとしたが上手くできなかった。だから私は俯きながら言った。


「最後だからね。」


 ユウマはそれ以上何も言わなかった。


 サイズが合っていない黒いズボンを履かせ、伸びてしまった髪を後ろに流して整える。最後にマントを着せたが全く似あっていなかった。でもこれが、国民が望む王の姿だ。誰も顔すら知らないくせに死ねと願っているものの実体。まだ15歳の少年。


「行くよ。」


 それだけ言ってユウマの腕を掴み、私たちは広場のやぐらの上へ飛んだ。バラバラに過ごしていた群衆が私たちの姿を見てやぐらの下へ集まってくる。その数は私が思っていたより多かった。加えてあちこちの通りからもどんどんと人がやってくる。


「すごいね。」


 ユウマが小声で呟いた。顔が少し強張っている。


 やぐらの下で男が大声を張り上げた。


「ここにいるのは悪逆非道の限りを尽くした王族の最後の生き残り、ユウマ・サマルエラである! 我が平等主義者のボス、マリアはついに彼の者をこの広場に引き摺り出すことに成功した! 処刑を行う前に彼の者の罪状を読み上げる!」


 男が少し話すたびに広場は大歓声に包まれた。読み上げられた罪状はどれもこれも王家とは関係がないものだった。ユウマはずっと無表情で聞いていたが、ただユウマが自分の姉を殺したと読み上げられた時だけ不愉快そうに眉を顰めた。


 男は長々と話し続け、途中で疲れたらしいユウマが足元をふらつかせた。丁度いいかと思いユウマに跪くような姿勢を取らせると、観衆は大いに沸いた。


「見ろ! 王が罪の意識に耐えかねて膝をついたぞ!」

「もう遅い! お前は今から殺されるんだ!」

「死ね!」「早く殺せ!」


 タイミングがいいのか悪いのか、陽も赤くなって沈む所だった。これ以上遅くなると暗くなって死んだのが見えなくなるだろう。


 私は屈んでユウマの耳元で囁いた。


「ユウマ、生まれ変わってもまた見つけてあげるからね。」


 ユウマが目を見開いて私を見た。久しぶりに感情のある目だった。けれどユウマは何も言わず黙ってうな垂れただけだった。最後ぐらい、何か言ってくれてもいいのに。


 私は腕を振り上げて風の魔法でユウマの首を切り落とした。この日の為にずっと練習をしていた。私は風魔法が得意じゃないから、王城の庭の木を沢山切り刻んだ。だって火だるまにするより首を切り落とした方がなんかいいでしょ?


 ユウマの首はやぐらの上を転がって地面まで落ちた。それを見た群衆の悲鳴と吠えるような歓声が聞こえる。笑ってる奴らもいる。なんだかみんな楽しそうだ、処刑って娯楽だったのか。良かったねユウマ、最後にみんなが楽しんでくれて。


 なんだか疲れたので私はやぐらの上から王城の屋根へと瞬間移動した。ここからは流石に広場は見えない。ただ、町が騒めいているのは聞こえる気がした。




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