2.丸い刃はなお痛い
師匠の方がモテる・・・そんな事があっていいのか。いや良くない!
私はこぶしを握りしめながら城の廊下をずんずん歩いた。城の中はもうほとんど人がいない。殺されたか逃げたかだ。わずかに残った人間もほぼ死んだような顔をしてそれぞれの仕事をしている。
勢いよくユウマの部屋の前まできたのはいいが、扉を開けようとするとまたため息がでた。猫だった頃はこんな気持ちにならなかった。いっそ人間に戻らず猫のままの方が幸せだったのかもしれない。・・・いや無理か。私が猫じゃ我慢できなかったんだ。
八つ当たりの様に強くノックをしてからドアを開ける。ユウマは沢山の書類に囲まれながら顔を上げた。
「どうしたのルビー。なんか怒ってるの?」
「・・・別に。」
そう言いながら私はユウマが読んでいる書類を覗き込んだ。国の財政に関する書類の様だ。
「何それ? 勉強してるの?」
「まあね。一応国王になったし。」
「もうなったんだっけ?」
「書類上はね。」
ユウマは再び書類に目を落とした。国王夫妻が亡くなったのに未だ葬儀もできないこんな状態で、国の財政なんか気にしても仕方がない事ぐらい私にもわかる。でもユウマがわかっているのかどうか、私にはわからない。現状をわからないフリをしているのか、それとも理解していないのか、ユウマのことがわからない。
「・・・ねえ、ユウマ。私と結婚してよ。」
ユウマは私を見て微笑んだ。
「ルビーと? しないよ。もう僕は王になったんだから、結婚は意味がある相手としないとね。」
「意味があるって何?」
「お金か権力を持ってて王家を立て直す力になってくれる家の人かなぁ・・・ルビーはどっちも持ってないでしょ?」
ユウマは穏やかにそう言うとまた書類を読み始めた。私は泣きたい気持ちで気づかれないようにこっそりとため息をついた。私がどんな気持ちでプロポーズしたのか、気付いていて無視しているのか、それとも端から気にしてないのか、私にはわからない。
「・・・ユウマ、愛してるよ。」
「ありがとう。僕も好きだよ。」
ユウマは顔を上げずに答えた。この受け答えは意図がある、つまり嘘だ。私が居なくなるといつ殺されるかわからないから、私をそばに置いておくための嘘だ。まあ、そういう風に仕向けたのは私だけど。
一度握りしめた拳をゆっくりと開く。ここ最近、毎日ユウマを殺そうとして思い止まっている。
深呼吸するためにユウマのそばを離れて窓から外を眺めた。今日は朝からずっと曇りだ。いっそ雨でも降ればいいのに。
「・・・本当にモテるのかなぁ。」
うっかり口に出してしまい慌ててユウマを見たが、ユウマには聞こえていないようだった。どう考えても師匠がモテる意味がわからない。どこがいいんだろう?
でも、ひょっとしたら。師匠ならユウマを口説き落とせるんだろうか。
考えたらすごく嫌な気持ちになった。けれど想像してしまった。師匠とユウマ、遠くから見れば私とユウマの様にも見えるだろう。その二人が仲良く寄り添って・・・
盛大に顔を顰めているとユウマに名前を呼ばれた。
「ルビー、申し訳ないんだけど、服の洗濯をお願いできないかな? そろそろ洗ってある服がなくって・・・」
「嫌だ。」
断られるとは思っていなかったらしいユウマはきょとんとした顔で言った。
「なぜ?」
「私はメイドじゃない。」
「それはわかってるけど、今はメイドがいないから・・・」
「自分でやればいい。」
「僕は国王だよ?」
「だから?」
ユウマは困った顔をして何も言わなくなった。けれど絶対に自分では服を洗わないだろう。自分で洗うぐらいなら汚れた服を何日も着続けた方がましだと思ってるらしい。馬鹿みたい。
「・・・ユウマがしてるのは王様ごっこだよ。相手がいないおままごとだね。」
「国民は沢山いるよ。」
「国民は誰も王様なんて必要としてないよ。知ってる? 平等主義の人たちまだ数が増えてるらしいよ。」
「それが国民の意志なら、仕方ないね。」
平等主義の人達の要望は、貴族や王族がいなくなることだ。
「・・・ユウマは、殺されても仕方がないと思ってるの?」
「一人や二人の意志じゃ嫌だけど、何万人もの人が王家は要らないと思ってるなら、殺されても仕方がないと思ってるよ。」
ユウマは静かに言った。
私は何か返事をしようとして、言葉が思い浮かばず開けた口をそのまま閉めた。
これまで私が必死で殺さないように殺されないように守ってきたのに、それすらもなかった事にするのか。自分一人でその歳まで育ったつもりなのか、私がいなければとっくに死んでいた命なのに。
どうして頑なに私の存在を見ないのか。
怒りで声が震えそうになったので、私はまた窓の外を眺めることにした。やっぱり”ユウマ”は駄目だ。あの男は絶対に私を愛さない。いや多分自分以外の他の誰も愛さない。きっと存在しない観客の為に一生王様の芝居を続けるだけだろう、皆に愛されていると思い込みながら。
「じゃあ、みんなの前で死ぬといいよ。」
「・・・ルビー?」
「私がみんなを集めてあげる。ユウマはそこで最後の王族として華麗に処刑されるといい。それがみんなの願いなんだから。ユウマもそれでいいんだよね?」
ユウマは困った顔をして黙った。まるで駄々っ子を見ているような目で私を見ている。いつもそうだ、こうやって困った顔をすれば周りが何でもやってくれるから。あ、でもそういう風に育てのは私か。視線一つでユウマの機嫌を察して、ユウマの希望通り物事が進むようにしてきたのは、私だった。
「終わらせよう。”今回”は失敗だった。」
私はそう言って部屋を出た。ユウマは結局何も言わなかった。本当に死ぬことがわかったら泣きわめいて命乞いしてくれるだろうか。たぶんしないだろうな。すればいいのに。
そうしたら、助けてあげるのに。




