1.牙をむけ
ぼんやりと、ただぼんやりと私は王都の町を見下ろしていた。王城ではこんな大変なことが起こっているのに、城下は平和で変わりないって一体どういうことなんだろう。もっと火事が起きたり強盗が頻発したりするべきではないだろうか。
「何やってんだい、ルビー」
顔を上げると師匠が別に興味はないんだけどという顔で立っていた。王城の屋根の上というのは人が来ないから気に入ってるのだけど、悪魔だけはたまにくる。
「黄昏てただけですよー。師匠こそなんか用ですか?」
「用はないけど・・・どうなったのかと思ってね。」
そう言いながら師匠は勝手に私の横に座った。
「順調ですよー。国王夫妻は死んだし、もうすぐユウマは王になります。もうなったんだったかな?」
「ふーん。ユウマは悪魔になりそうかい?」
「いやー、何だかしぶとくって・・・というかあの子は悪魔にならないタイプなのかも。」
私はため息交じりに言った。ここ一ヵ月の私の憂鬱の原因がそれだ。
「悪魔にならないタイプって、そんな人間いるのかい?」
「知りませんよー。私結構酷い事してきたんですよ? 父親が世の中を呪いながら死ぬとこ見せつけたりとか、母親が自分を殺そうとしてることも見せてみたりとか。姉はもう殺されてるとか、実は姉が全ての黒幕だとかあることないこと吹き込んで。」
私はまたため息をつきながら続けた。
「なのにあの子、泣いたり怒ったりはするけど全部嘘っぽいんですよ。わかったのは目の前で仲がいいはずの人が死んでも、あの子は悪魔にはならないってことぐらいで。」
「感情があまりないのかねぇ・・・そういえばシバもそんな感じだったけど。」
「シバって北の国の奴でしたっけ? 私結局会ってないんですよねー。・・・そう言えば師匠、なんてそいつ殺したんですか?」
「・・・あんたが殺せって言ってなかったっけ?」
「師匠が私に言われたぐらいで言う通りにする訳ないでしょ。いい男だったんですか?」
「あんたはいい男だと殺すのかい?」
「愛と殺意は紙一重じゃないですかー。」
「・・・私はそうは思わないけどね。」
くだらない会話をしていたら風向きが変わった。師匠から懐かしい匂いがする。
「師匠、生まれ変わっても煙草吸ってるんですか?」
「昔ほどじゃないけど偶にね。さっき久しぶりに王都のバーに顔をだしたから匂いがうつったんだね。」
師匠がくんくんと自分の服の匂いを嗅いだ後、一瞬で煙草の匂いは消えた。なにかの魔法を使ったんだろう。
「あの魔女の呪いはもう解けたんですね・・・あの魔女、名前なんでしたっけ?」
「そういやあんたも会ったことあるんだったね。ミツって奴だよ。随分長い事顔を見てないけどね。」
「ああ思い出した。あの魔女、もうこの世界には生まれないって言ってましたよ。何だったかなぁ・・・なんかゴチャゴチャややこしいこと言ってたような・・・この世界は誰かの為に作られた、とか。」
「誰かって誰だい?」
「ドーナー家の誰かだったような・・・まあ、どっちみち、もうとっくの昔に死んでますよ。」
師匠が怪訝な顔をしてこちらを見ている。でも本当に覚えてないんだから勘弁してほしい。
「なんか目的は達せられたからもういいとかなんとか・・・忘れました。」
「あんたの話じゃさっぱりわからんね。でもそうかい・・・ミツはもう生まれないのか。」
師匠が遠い目をして城下を眺める。そういえば師匠の唯一の友達だったような。
「私が一緒にいてあげますよ。」
「いらん。」
師匠は魔法で取り出したらしい煙草を吸い始めた。昔は煙管だった気がするが今は紙煙草に変えたらしい。
「・・・美味しいですか?」
そう聞くと師匠は無言で煙草を差し出した。一本受け取って魔法で火をつける。なんともいえない刺激と苦みが口の中に広がった。煙草は少し前までアウトローな連中だけが吸うものだったが、最近は王都の平民を中心に少しずつ吸う人間が増えているらしい。
深く吸い込んで煙を宙へ吐き出す。
「なるほど・・・これは呼吸を深くするための道具ですね。」
「まあ、そう言う時もあるな。」
師匠と並んで煙草をふかす。消えていく煙の行方を見るのは楽しかった。
「師匠、私最近ね、この世界を全部ぶっ壊したいなって思うんです。でもそれも面倒くさいなとも思うんです。どうしたらいいんですかね。」
「知るか。」
師匠といいパルといい、なんでみんな私に冷たいんだろう。
「・・・ここが誰かのための世界で、その誰かがとっくに死んでるなら、今この世界は何のためにあるんでしょうね・・・」
カッコよく呟いてみたが、煙草の葉が唇に張り付いていたのであまり決まらなかった。短くなった煙草を空中で燃やすと残りは一瞬で消えた。
「あんたその指輪・・・」
同じように煙草を燃やした師匠が私の右手を凝視する。
「これですか? パルから貰ったんですよ。」
「ちょっと見せてくれないか?」
「いいですけど・・・あ、師匠の指輪と似てますね。」
青い石がついた指輪を師匠に渡すと、師匠は泣き笑いのような顔で指輪をかざした。
「・・・パルが持ってたのかい?」
「えーっと・・・いや違います。ミカが持ってたのをパルが取り上げたんだったかな?」
「ミカって誰だい。」
「ミカはユウマの姉です。パルにここから遠くへ逃がしてもらったんですよ。」
「本当にお姫様がつけてたのか・・・」
師匠は呟きながら指輪を手のひらで転がしている。
「欲しいんならあげますけど、たぶんその指輪はまたこの城に帰ってくると思いますよ。」
「なぜそう思う?」
「その石、悪魔の石でしょう? 元の悪魔はたぶん王族です。」
「なぜわかる?」
「・・・なんとなく。」
上手く説明はできないが絶対そうだと思う。なんとなくユマやユウマや、私がこれまで見てきた王族たちの青い目に似ている。
「王族ねえ・・・これは昔の私の仲間の石だと思ったんだが、違ったのかね。」
師匠はそう言いながら私に指輪を返してくれた。右手につけ直しながら私は言う。
「師匠、仲間なんていたんですか。」
「大昔の話だよ。800年ぐらい前かな?」
はっぴゃくねん・・・こわっ。
「そんなに長生きしてて飽きないですか?」
「飽きてるよ。でも死ぬほどじゃないし、殺すほどでもなくなってきたね。」
「慣れるんですか?」
「慣れるよ。」
そんなもんかなぁ。端的に言えば私は今ユウマを殺したい。でも死んだ後に後悔して、またユウマが生まれ変わるのを何年も待つのはしんどい。
「・・・私ってあんまり我慢しないで生きてきたんですよねぇ。」
「悪魔はわりとそうだろうさ。」
「我慢した後に良い事がある保障なんてないじゃないですか? だから我慢せずに嫌なことは嫌だって言い続けてきたんですけど、ひょっとしたらそれって間違ってたんですかね?」
「悪魔はだいたい間違えるよ。」
そう言ったあと師匠はついでのように言った。
「丁度いいからそのユウマって子を国王にしてから、処刑してくれないかい? 最近、平等主義を名乗る輩が多すぎてね。スパッと王族と貴族が消えてくれたら自然と解散すると思うんだけど。」
そんなの私にはどうでもいい。むしろもっと騒いでこの国を滅茶苦茶にすればいい。
「師匠って割とニンゲンに優しいですよね。」
「まあ、嫌いじゃないからね。」
おかしなことをいう悪魔だ。悪魔はだいたい人間によって悪魔にされるのに。
師匠は私がジロジロ見ているのを無視して素知らぬ顔で遠くを見ている。今日の師匠は白っぽい色褪せたワンピースを着ていて、はっきり言ってみすぼらしい。でも光を放っているような銀髪も、赤い目も、私に似ている。
「・・・私と師匠って双子だったりしませんかね?」
「なんだい、いきなり。双子って言うのは同時に同じ腹からでてきた子供のことをいうんだろ? 私にそんな記憶はないよ。」
「私もないですけどー・・・ちょっと思っただけです。あーもう! 下に戻りたくないなぁ!」
踵で城の天井をガンガン叩く。石だからまったく影響はないだろうけど、誰かに聞こえて怯えてたらいいなと思う。
「まったく・・・何もかも上の空だね。そんなんだから男の一人も手に入れられないんだよ。」
「師匠はモテるとでも?」
「あんたよりはね。」
信じられない思いで師匠を凝視する。マジか? 私の方が可愛いのに? なんで?
「冗談でしょ?」
「私が山奥に住んでる理由知ってるかい? 男が寄ってきて仕方がないからだよ。」
ニヤニヤ笑う師匠の顔に思わずこぶしを握りしめる。
「・・・妄想では?」
師匠はニヤッと笑ったまま無言で姿を消した。
仕方なく握りしめたこぶしを下す。師匠がモテる? そりゃ昔、夫がいたっぽいことは言ってたけど、それ以外に男の陰なんかなかった筈だ。いや興味ないから聞いたことがなかったのか。
「は? 師匠の方がモテる?」
正直生まれ変わってから一番の衝撃だった。冗談でしょ?




