魔女と指輪⑦
それから私は山の中に住みながら、長い年月にわたって少年を見守り続けた。少年はチンピラに絡まれることもなく無事にお店の女の子と結婚した。ついでに言えばサンナンも予定通り親戚の女の子と結婚したようだ。
数年経ちほとぼりも冷めた所で、私は時々王都のガラの悪い地域へ飲みに行くようになった。銀髪に赤い目は怖いという噂は広まりきったようで、特に絡まれることもなくなかなか平和だった。
そんなとき平等主義のリーダーだと名乗る男に出会った。男はむかし年の離れた妹が貴族に酷い目にあわされた為、特権階級をなくすべく立ち上がったという。正直私はこの男をあまり好きではなかった。みんなの為といいながら自分の好き嫌いで暴力を振るう男だった。貴族の雇った用心棒に返り討ちにされた時は、怯えて三日も家の外に出なかったような男だった。
それでも一緒にいたのは男が煙草を持っていたからだ。男は王都から離れた場所に煙草の畑を持っていて、それを売ることで活動資金にしていた。男の周りはつねに煙草の煙があって、私はそれを見ているだけで愉快だった。
大昔いた魔女は、自分が煙草を嫌いだからとうだけの理由で煙草をこの世から消してしまった。お陰で私は長い間、魔法で締め切った空間だけでしか煙草を吸えなかった。
だが長い年月が経ちその魔法がようやく解けたらしく、世界に少しずつ煙草が戻ってきた。私は以前ほど自分で煙草を吸うことはないが、煙や匂いを嗅ぐだけであの魔女の呪いが消えたことを感じて嬉しかった。もしあの魔女がもう一度この世界に戻ってきたら、今度は私があの魔女の好きなものを世界から消してやろうと思っている。
そんなくだらないことを考えながら長年一緒にいると、いつのまにか私はその男の恋人ということになっていた。
男がくだらない喧嘩で死んだ後、なぜか私は平等主義のリーダーになった。完全に押し付けられた。色んな人から色んな相談事をされて、それに全部答えていたのも悪かったんだろう。
確かに昔の私は貴族をひどく憎んでいた。だが時は過ぎ、私が憎んだ奴らは全員死んだ。子孫まで殺そうとは私は思わない。骨にまで刻みつけられたと思っていた憎しみは、時と共に薄れた。今の私にとっては貴族も王族もどうでもいい。
けれど目の前にいる平等主義の元に集まってくる奴らは、全員かつての私のように目に激しい憎しみを宿していた。それを突き放すことはできなかった。
最初は十数人ほどだったはずの組織はいつの間にか百人を超える規模となっていた。王都以外でも私が顔を見たこともない奴らが集団の一員として平等主義を名乗っているという話も聞いた。
人数が増えたことで動くお金も多くなり、活動費を賄うため貴族以外の人間にも狼藉を働く奴らが出てきた。もはや何の集団なのかわかりやしない。
騒がしい日々から最初に抜けたいと言ったのは、元リーダーの妹だった。
「どこか静かな場所で暮らしたい。」
妹はむかし貴族に乱暴されたのは事実だが、それを兄が何年も言いふらすのが嫌だったと泣いていた。とは言え妹だって兄の力を利用して好き勝手していたのでどっちもどっちだと思う。妹は妊娠していて、こんな暴力に塗れた生活から足を洗いたがっていた。
なので私は妹とその夫を私の山の家近くへ連れて行った。廃村になったとはいえまだ家がたっている、井戸の水も枯れていない、野生化しているが畑もある。妹は最初唖然としていたが、結局そこで暮らすことを決めた。
他にも大怪我をしたとか、顔が割れてかなりしつこく命を狙われている奴なんかも続けてここに引っ越してきた。誰もいなかった村は少しずつ活気を取り戻した。私は近所から人の声が聞こえることに満足して、あまり王都には顔を出さなくなった。
少年は年をとり子持ちになって中年になって、なぜか一冊だけ絵本を出版して老人になって死んだ。もう20年以上前の話だ。
絵本は「さばくのむこうのまほうつかい」という題名で、どう見ても私と少年の昔話だった。本の最後に魔法使いは主人公に大人になれと言って砂漠の向こうへ帰ってしまう。主人公は立派な大人になることを決意して物語は終わっていた。
絵本の最後に編集者としてサンナンの名前が載っていることはもう別にいいだろう。ただ私と少年のたった五年の姉弟生活が、こんな風に素敵に思われていたことが嬉しい。
私の指には今も緑の石がついた指輪がある。あの子からこの指輪を取り上げて良かった。あの子が人を悪魔にするほどの憎しみを知らないままで良かった。こんな石になったところで何の意味もないのだから。
少年が人のままで死ねて、本当に良かった。




