魔女と指輪⑥
私はしばらくサンナンの部屋に泊まりながら、少年を離れて見守ることにした。何事も起きなければそれでいいし、私目当ての連中がうろつくようならそれなりの対処をしなくてはいけない。とりあえず少年は次の日もその次の日もいつも通りに働いていた。家の様子も変わった感じはない。
サンナンは自室の隣の部屋を私に与えた。それなりにいい部屋で、三食とお茶とお菓子と身の回りを世話する使用人もくれた。退屈なこと以外は至れり尽くせりの生活だった。だが使用人は一切私と会話しようとせず、屋敷のどこかにいるらしいサンナンの家族に紹介されることもなかった。
それでも人に世話をされる何不自由ない生活というのは嫌いじゃないので、私は特に文句も言わず一日のほとんどをその部屋で過ごした。そして時々瞬間移動で外に出ては少年の様子を見に行った。
毎日お風呂に入って毎日肌と髪の手入れをしたお陰で、私は何だかツヤツヤになった。これなら18歳に見えるかもしれない・・・なんてね。鏡の前で少し笑って窓の外を見る。ここ数日でぐんと温かくなった。来週には桜が咲く。
サンナンは驚くことに初日にいきなりキスしてきて以来なにもしなかった。たまに部屋を訪ねてきてお茶を飲んだりするだけだった。なんなら来ない日もあった。あの男が何を考えているのか私にはわからない。
ノックの音に返事をするとメイドがいつも通り慇懃無礼といった感じで部屋に入ってきた。今からサンナンが部屋に来るから服を着ろと言う。私は湯上りだが服は着ている。断るとメイドはやれやれという顔で部屋を出て行った。そして代わりにサンナンがやってきた。
「あの・・・服を着てもらえないかな。」
サンナンは赤い顔をして言った。女の裸なんか見慣れている筈なのに。
「着てるけど?」
それを聞いたサンナンは勝手にクローゼットを漁り、ショールを取り出すと私の体にグルグルと巻きつけた。なんとこの部屋には若い女性向けの服まであるのだ。窮屈な服ばかりなので着る気にはならないけれど。
「何か用?」
顔にまで巻きつけられたショールから顔を出して私は言った。
「来週の卒業パーティに一緒に出てくれないか?」
サンナンは緊張した顔で言った。長くなりそうな話なので取り合えずソファに座る。スリットから太ももが覗きサンナンの顔がまた赤くなった。
「卒業パーティ? ああ、あんた学生だったっけ。」
サンナンは王立学園に通う学生で、来週卒業するらしい。学生のくせに娼館に入りびたるとは生意気だが、まあ貴族なんてそんなもんだろう。
「うん・・・親戚の子と一緒に出る予定だったんだけどさ、マリアと、出たいなって思って。」
サンナンは落ち着かないらしくずっと自分の手をもじもじと動かしている。
「俺が王族が来るようなパーティに出席するのはこれで最後になると思うし、マリアも王族に会いたがってただろ?」
サンナンは三男なので家督は継げず、四月からは出版社に勤務することになっていた。仕事に慣れた時点でこの屋敷も追い出され、あとは平民として暮らすらしい。
「王族に会いたいっていうか、王族に渡したっていう指輪を返して欲しいだけ。でもあれはパーティにつけてくるような指輪じゃないと思うよ。」
「そうかな。すごく奇麗な指輪だったけど。」
「・・・それなんだけどさ、あんた大金払ってあの指輪を買い取ったみたいだけど、どこが良かったの? 女物だしデザインが凝ってるわけでもないし、金銭的価値はないと思うんだけど。」
あの指輪を手に取ってじっくりと見たことはないが、ちょっと奇麗な青い石がついているだけのシンプルな指輪だったと思う。
「うーん、良くわからないけど、一目見てとにかく欲しいって思ったんだよ。・・・あの指輪を取り戻せたら、俺と結婚してくれる?」
私を見るサンナンの顔は真剣だった。
「いいよ」
そう返事するとサンナンは寂しそうに笑った。本気じゃないと思われたんだろう。本気なのに。
「まあそれはともかく、私がそんな格式高いパーティに出るのはやめといた方がいいんじゃない?」
「なぜ? マリアは奇麗だから大丈夫だよ。踊らなくてもいいし、適当に笑って挨拶してくれるだけでいいよ。」
「めんどくさーい。」
聞いただけで肩が凝る。
「頼むよ・・・あいつとは出たくないんだよ・・・」
「あいつって親戚の子? 別にいいんじゃないの? どうせその子と結婚することになってるんでしょ?」
「・・・周りはそれを望んでるけど、俺あいつ嫌いなんだよ。」
知らんがな。これはあれかな、マリッジブルーというやつかな?
「いい加減大人になりなさい。娼婦と結婚したって良い事なんかないよ。」
「娼婦、なのか?」
「違うけどこの家の使用人は全員そう思ってるでしょ。」
これだけ蔑みの目で見られていたらわかる。出来の悪い三男が娼婦に入れ込んで家に連れてきたのだと、みんなそう思ってる。
「・・・俺が聞いたのはあの下町でたまに姿を見かけるってだけだ。人に頼んで調べてもらっても、ヤバいから調べるなって脅されたって・・・」
私、王都でそんなヤバい事したかなぁ? 大人しく目立たないように暮らしてたはずなんだけどなあ。
「まあ何でもいいじゃない。今日まで一週間ぐらい?匿ってくれてありがとう。助かったよ。」
そう言って立ち上がるとサンナンも慌てたように立ち上がった。
「どこ行くんだ。」
「んー? どっか。・・・早く私がどかないと、その婚約者さんがこの家に来られないでしょ?」
ニヤッとしてサンナンの顔を見ると視線を避けられた。気が付かないと思っていたのか、この部屋はサンナンの婚約者が寝泊まりする為に準備されていた部屋だろう。可愛らしい色合いで統一されたリネンは、若い女の子のためにずっと前から用意されていたんだろう。
「それとも・・・匿った代金を払って欲しい?」
巻かれていたショールを床に落とす。下着はつけているがスリップからは程よく色々透けて見える。この家で私の為に用意されたものはたぶんこれだけだ。
「違う、そうじゃなくて・・・好きだって言ったじゃないか。」
サンナンの弱々しい言葉にまた胸がきゅんとする。サンナンが思っているほど私はサンナンが嫌いじゃない。
「ワガママ言わないの。あんたのこれまでの人生は全部親のコネでしょ? これからも親の言われたとおりに生きればいいの。」
「そんなの嫌だよ・・・好きになった人と一緒になって何が悪いんだ・・・」
親の言葉をはねつけられるだけの甲斐性がないのが悪いんじゃない? とは思ったが言わなかった。これはただのマリッジブルーで、時が経てば懐かしい思い出になるんだろう。反吐が出る。
私は背伸びしてサンナンの唇に触れるだけのキスをした。
「さよなら。元気でね。」
出来る限り奇麗に微笑む。奇麗な女として男の記憶に残りたいというのは本能だ。
何かを言いかけたサンナンの目の前で私は瞬間移動した。久しぶりの山の家はかけた魔法もとっくに消えていてそれなりに荒れていた。
部屋の中を見回し、ついでに自分の体を見下ろしてため息をつく。こんなにピカピカで奇麗な状態なのにこんな所でくすぶらせるのは実に惜しい。一回ぐらい抱かせてやれば良かっただろうか・・・でも処女だとわかると煩さそうだったしな。
あの男が何もかも捨てて私が欲しいと言うなら、そうなっても良かった。でも片手間で欲しがられるのはごめんだ。そんなの暇つぶしにもならない。
部屋を掃除していると鼻歌が零れた。やっぱり一人は気楽でいい。




