魔女と指輪⑤
山に戻る前に買い物しておこうと市場を歩いていると、見知らぬ男に腕を掴まれた。いや、よく見ると知ってる気もする。でも誰だったっけ?
「やっと見つけた。」
そう言って握りしめてくる力は強く、私は顔をしかめた。すると男は慌てたように腕を離した。
「ごめん。ずっと探してたもんだから・・・」
すぐに謝るところを見ると大した悪意はないらしい。店前での立ち話を避けるため私は近くの路地へと男を誘った。
「・・・それで、誰だっけ?」
「覚えてないのか? 俺の指を折っただろう!?」
男の指なんて数えきれないほど折ったが・・・身なりの良さを見てようやく思い出した。
「ああ、三男か。」
さんなん、と男は唖然としたように呟いた。いちいち名前なんて覚えてないよ。
「・・・お前有名な女ボスだったらしいな。」
サンナンは気を取り直したように続けた。「ヤバい奴らがお前を探し回ってるって聞いたぞ。大丈夫なのか?」
「・・・心配してくれんの?」
「ちがっ・・・いやっ、そうだ! やっぱりあの指輪返せよ! 一番高いやつ持っていきやがって!」
「自分から渡したんじゃん。」
「とにかく・・・俺は、心配で・・・」
サンナンは再び私の腕を逃がさないという風に掴んで俯いた。まるであたかも私に惚れているようだ。指を折られて惚れたのか? 変な奴だな。
「とにかく! ここはもうヤバいから、行くぞ!」
そう言うとサンナンは私の手を引っ張って歩き出した。振り払おうと思えばいつでもできたが、サンナンの手の温かさがそれを止めた。春と呼ぶにはまだ少し肌寒い日だったから。
サンナンは少し歩いた後、馬車に私を押し込めて自分の屋敷の自分の部屋に私を連れ帰った。何回みても大きな屋敷だ。感心しながら私はこっそり緑の指輪を外してポケットに隠した。見つかると面倒くさそうだ。
「しばらくここにいればいい。ここなら誰にも手出しできないから・・・」
強引に連れてきた割にはもじもじした態度でサンナンは言った。
「ヤバい奴らって王都のチンピラのこと?」
「それだけじゃなくユダとか、他の色んな連中もお前探してるって聞いたぞ。」
どこかで聞いたような名前だが、私が何かしただろうか。ちょっと指輪の行方を聞いたり正当防衛したりしただけだ。
「銀髪で赤い目の女なんてお前しかいないだろう? 何やったんだよ。」
「そりゃあ・・・色々と。」
そういえば以前この男の前で瞬間移動したのだから、別に今更魔法について隠すことはないと思う。ただ説明する義理もない。
「平等主義の連中もお前を探してるっていうし。・・・あつらはチンピラよりヤバいよ。絶対に関わらない方がいい。」
「平等主義って何」
「知らないのか? 生まれながらに身分が決まっているなんて馬鹿げてる、貴族も王族もみんな平等であるべきだっていう考え方だとよ。別にこっちだって好きで貴族に生まれた訳じゃないのに。」
「貴族に生まれたから若いのに娼館に何度も通えたんだろう? あんたいくつだい?」
「・・・18」
思ったより若かった。驚いた顔をするとサンナンは喚いた。
「お前だって大して変わらないだろ? とにかく危ないからあんな奴らに関わるなよ。あいつら手当たり次第に貴族を襲ったりするんだぞ。」
「・・・私は平民だから大丈夫じゃない?」
「ダメだ! 女の子があんな連中と関わったら何されるかわからないぞ!」
女の子、という単語は久しぶりに言われた。そうか、私は今二十歳ぐらいに見えるらしいからな・・・実際は30近いけど。
というか初対面で娼館に乗り込まれたり指を折られたり目の前で消えたり現れたりしたのに、コイツは一体私をなんだと思ってるんだろう。
「ねえ、私、魔女なんだけど。」
「だろうな。」
サンナンは投げやりに言った。流石にそれはわかっていたらしい。
「だけど危ないだろ・・・俺はお前が危険な目に会うのは嫌なんだ。」
不本意ながら少し胸がきゅんとした。人からこんな風に心配されるのは随分と久しぶりだ。
「・・・指折られて私に惚れたわけ?」
意地悪く言って首を傾げて笑うと、サンナンの顔が赤くなった。
「違う・・・その、お前の目が、頭から離れなくて・・・そう、憑りつかれたんだ! 俺は魔女に憑りつかれたんだ。それだけだ!」
サンナンはそう怒鳴ると部屋を出ていってしまった。変な男だ。
しかし柄の悪い連中が私を探しているというのは問題だ。私に何かするのは別にどうでもいいが、その矛先が少年や少年の働き先に向くのは困る。
私は瞬間移動で自分の家の二階に戻った。少ない自分の荷物をまとめて山の中の家に飛ばす。別に必要ないものばかりだが、いなくなった奴の持ち物が残っていると困るだろう。少し考えた後同じように緑の指輪も飛ばした。
一階に降りて少年の作ったスープに気が付いた。食べていなかったら少年は寂しがりそうだ。まだ夕方だったのでスープを温めてゆっくりと飲んだ。
私がこの家に住んでいる事はどれぐらい知られているのだろう。すぐにでも少年を引っ越しをさせた方がいいんだろうか。でも少年は仕事を変えるのを嫌がるだろう、近くに引っ越すのであればあまり意味がないか・・・
少年のスープはいつもどおり優しい味がした。私は一口づつ噛みしめるように飲んだ。きっとこれが最後になる。
飲み干した食器と鍋を洗い、書置きを残そうとしてこの家にはペンも紙もないことに気付いた。仕方なくサンナンの部屋に戻ると、サンナンはお茶をぶちまけて飛び上がった。
「な、な・・・急に出てくんなよぉ! びっくりするだろう!?」
「紙とペンは? あ、あった。」
文句を言うサンナンを尻目に私は書き物机に向かった。だが言葉はすぐにでなかった。少年は簡単な文章しか読めないはずだ。ペンを手に固まっているとサンナンが後ろから覗き込んできた。
「代わりに書いてやろうか?」
「書けるからいいよ。相手が読めないかもしれないのが問題なの。」
「そっちか。なんて書きたいの?」
「・・・元気でね、かな。」
「男?」
「まあね」
「男と別れて俺と付き合う気になったの?」
おかしな言葉に顔を上げると、サンナンの顔は思ったより近い距離にあった。まだ服は紅茶に濡れたままだ。
「・・・魔女と付き合いたいだなんてどうかしてるんじゃない?」
「知ってる。けど、憑りつかれたんだからしょうがないだろ?」
「魔女はお化けじゃないんだけど・・・」
サンナンの顔がゆっくりと近づいてきたので私は目を閉じた。生まれ変わってから誰かとキスするなんて初めてだ。懐かしいな。
「俺が、絶対に守ってやるから。」
いや、別に期待してないよ。そう思いながら私は笑った。するとまた唇が近づいてきたので目を閉じた。
わかってる。長く生きているのでいい加減自分でも気が付いている。私は結構、流されやすい。
少年への手紙は後でちゃんと書いてあの家の台所へ飛ばした。
”おとうとへ
わたしはふるさとへかえります
げんきでね
およめさんをだいじにね
おねえちゃんより”




