魔女と指輪③
それから私と少年は王都へと移動した。王都は広いうえにユダという男の手がかりは何もないので、家を借りてじっくりと探すことにした。同時に少年は近くの食事処で仕事を始めた。本人は料理人だと言っていたが、傍から見ていると面倒な下ごしらえを全部押し付けられているようにしか見えなかった。それでもなんだか幸せそうだった。
私は私でたまに商店の店番なんかをしながらユダを探していた。少年は私をお姉ちゃんと呼ぶようになり、私たちはまるで本当の姉弟のようにしばらく王都の下町で暮らした。悪くない時間だったと思う。
私がユダを探しているという話はあっという間に広がり、王都から逃げたユダを探すのに三年の月日を費やした。ついにハンダル領でユダを捕まえた時、ユダは手下も金も何もかも失っていたようだった。
「そんな何年も前の指輪なんてとっくにないよ! もう持ってないんだ!」
哀れっぽくユダは私を拝むようにして言った。問い詰めると王都の高級娼館の女にやったという。しかたなく王都に戻り女を訪ねると、今度は貴族の三男にねだられて高値で売り払ったという。
「そんなにいい指輪だったかねぇ・・・」
テーブルで一人愚痴っていると、少年が湯気が立つスープを置いた。
「温かいうちに食べてね、お姉ちゃん。」
少年は毎日スープを作る。最初はひどかった野菜の切り方もどんどん洗練されてきた。だがたまには他のものも食べたい思う。今日は玉ねぎとベーコンのスープだった。
「・・・美味しい。」
一口すすってそう言うと少年ははにかむように笑った。ここ数年で背は伸び、店で重いものを持っているせいか体つきは完全に大人の男になった。だが中身はあまり変わっていない。
「お代わりも、あるからね。」
毎晩言っているセリフを聞きながら少年の右手を見る。父の形見である緑の石がついた指輪を少年は常に外さない。普段は素直な少年が唯一誰の言う事も聞かないのはこの件だけだ。
最初の頃は店で仕事中は外せと言われて少し揉めたらしい。だが「これは父さんの形見だから。」と言って動かなくなった為、根負けした店主が許可したそうだ。店主は指輪の石が割れることを心配したそうだが、石は今も割れずに緑色に光っている。
「お姉ちゃんにばっかり指輪探させてゴメンね。」
「大丈夫。貴族の名前はわかってるから直接行って話してくるよ。・・・返してもらわないとね。」
私がそう言うと少年は嬉しそうに頷いた。この少年とこんな会話をしながらスープを飲む冬は何度目だろう。そしていつまで続くのか。
少年は素直で人の言う事を何でも信じる。普通の人間がハンダル領と王都を一日で往復するなんてできるわけないのに、何も疑わずに信じてしまう。ここでの生活も食費は少年が払っているが、他の家賃などの出費は全て私が払っていることを少年は気が付いていない。たまに服が欲しい時だけ申し訳なさそうに私に頼んでくる。だがその金の出所は理解していない。
こんな生活は早く終わらせて山の中の一人暮らしに戻ろうと何度も思った。同時にこの少年を死ぬまで見守ってもいいと思った。魔女の人生は長い。愛でも恋でも友情でもない人間に数十年費やすのもいいだろう。
指輪を買ったという貴族の三男は、毎日違う娼館で寝泊まりしていて全然掴まらなかった。三日目で頭にきた私は娼館に金を握らせコトの最中の部屋に殴りこんだ。裸の女には出て行かせ、男に指輪のありかを聞くと屋敷にあるという。仕方なく服を着せて男の屋敷に向かった。
娼館は嫌いだ。ヘドロのような腐った匂いを甘ったるい香りで誤魔化そうとして悪臭を放っている。懐かしいだなんて言いたくない。
男の家はそれなりの規模だった。どうみても平民の女と腕を組んで帰ってきたので出迎えた使用人たちが目を丸くしていた。男も妙な手つきで使用人に助けを求めていたので、男の指を握りしめて部屋に案内させ、部屋に入った途端に指を折ってやった。
痛みで半泣きになっている男を蹴飛ばし指輪を要求する。男は部屋のあちこちをごそごそと探していたが、やがて青ざめた顔で「ない」と呟いた。
勘弁してほしい、何故私がこんな男の為にこれ以上時間を費やさないといけないのか。
そう伝えると男は盗まれたんだと主張しだした。貴族の家の盗難は使用人が犯人と決まっている。明日この時間にまた来るから、その時までに用意をしておけと言って私は瞬間移動で家に戻った。
次の日は直接男の私室へ飛んだ。男は警備らしき者と一緒に真っ青な顔で私を待っていた。
「で? 指輪は?」
「指輪は・・・ない。」
男は今にも倒れそうな様子で言った。聞けば男の母親が何故か突然男の部屋に入りたくなり、たまたまあった指輪を見つけて、たまたま呼ばれていたパーティにその指輪をつけて出席したそうだ。そしてたまたまお忍びで来ていた王族の女に指輪を褒められそのまま献上したという。
「・・・そんな訳あるか。」
思わず口に出すと男の体はびくりと震えた。指には大げさに包帯を巻いている。だいたい勝手に息子の部屋に入って物を漁る母親もどうかと思うし、王族が臣下の持ち物を簡単に褒めるのもどうかと思う。それはくれと強請っているのと同じで、普通の王族ならやらないはずだ。
「本当なんだ、信じてくれ!」
男は半泣きで叫んで幾つかの指輪をテーブルに撒いた。どれも特大の宝石がついている指輪だった。
「代わりにこれを持っていってくれ。あの指輪の何倍も価値があるはずだ。これを持って出て行ってくれ! ここにはもうこれ以上のものはない!」
男の叫びが煩くて顔を顰めると、男は怯えたように黙った。まあ他の指輪をくれると言うなら貰ってもいいが、こんな派手な指輪は売りに行くの面倒だ。現金の方がいいんだけどなと思って黙っていると、焦った男がさらに高そうな装飾品を出してきた。ビビっている割には最初から出さなかったのが気に食わない。
すぐ後ろにいる護衛らしき体格のいい男は、ずっと黙ったまま宝石だけを見ている。素行の悪い三男坊が殺されると言って家の装飾品をかき集めたが、信用がないため宝石だけを守る護衛がついたという所だろうか。
「・・・あんたさぁ、私と結婚してパーティに出る気ない?」
男の目が零れ落ちそうなほど開かれた。
「そ、そんな事できるわけないだろう!? それに、き、き、きみはいったい誰なんだ!!」
男の叫びに声をあげて笑ってしまった。ちょっと王族のいるパーティに出たかっただけだけど、確かに互いを知らなさすぎる。
「まあいいや。これだけもらってくわ。」
私はそう言うと一番地味な指輪を一つ摘まみ上げて部屋から姿を消した。いつも通り小さな我が家の二階に飛ぶと、階下からは美味しそうなスープの匂いがした。




