魔女と指輪①
私が住んでいるこの地は、元々ソドムという貴族が治める領だった。一時期魔石が取れるということで賑わったこともあったが、魔石を取りつくしたことであっという間に領地は衰えた。ついに跡を継ぐ者もいなくなり領地は国へと返還され、他の返還された土地と一緒に東部共同自治区と呼ばれるようになった。
そして山に囲まれたこの辺鄙な村は、人がどんどん減っていきついには廃村となっていた。私が生まれ変わって戻ってきたのはちょうどそんな時期だった。
私はナミの町で娼婦の娘として生まれ、10歳の誕生日に男に売られることになっていた。だが母は金に目が眩んで8歳の私に大金をだすと言った男に売ろうとした。元々10歳になる前に逃げ出すつもりだったが、お陰で8歳で一人で生きていくことになった。だが子どもが一人でいると色々面倒が多い。だから私は人目を避けてここに逃げてきたのだった。
誰もいない村で一人畑を耕し眠る日々は意外と快適だった。誰かと話したくなれば瞬間移動で町に行って買い物をした。金は前世で貯めたものが大量にあったのでなにも問題はなかった。暇すぎて裁縫の腕が上がってしまったぐらいだ。
ある日ふと思い出して、前世で仲間の悪魔の石を埋めた場所に行ってみた。家が沢山並んでいたはずの町は、ずいぶんと寂しい村になっていた。代わりに畑が増え、砂漠も近づいてきているように見えた。
数百年前のことなので場所は定かではなかったが、見当をつけた所を掘り返すと一つだけ小さなオレンジの石が出てきた。魔力は完全に消えていてただの奇麗な石だったが、まだ小さかった女の子の面影を思い出して切なくなった。
しゃがんだまま黄昏ていると、小さな男の子に話しかけられた。
「その石きれいだね。どこで見つけたの?」
「ここに埋まってた。欲しいの?」
うんと頷く男の子の手のひらに石を乗せる。これはもうただの石だ。子どもの遊び道具に丁度いいだろう。
受け取った男の子は嬉しそうに遠くにいた母親の元へ走っていった。母親は近づいて来て私を見ると困惑したように立ち止まった。当時私は十代半ばで、突然田舎町に一人で現れてもいいような存在ではなかった。
「あなた・・・どこから来たの?」
私は黙って微笑んだ。面倒になったらいつでも瞬間移動で消えればいい。けれどその時私は少し感傷的だったのだ、かつての仲間の墓参りをしたいほどに。
母と息子は戸惑いながらもなぜか私を家へ呼んで昼食をご馳走してくれた。家は村の端にあったがそれなりに大きく裕福そうだった。
「この村の昔話でね、砂漠の向こうから人が来るっていうお話があるのよ。砂漠の向こうには素敵な国があるんですって。大きな湖があって水にも苦労しないそうよ。」
若い母親は羨ましそうにため息をついた。おかしな親子だった。ほとんど言葉を発しない私に関係なく勝手に喋りかけてくる。
「あのねー、あそこら辺には奇麗な石が埋まってるんだよ。僕も前に見つけたんだ、ほら!」
男の子は食べている最中の私の目の前に小さな黄色の石を突き出した。だが受け取ろうとするとイシシと笑って逃げてしまった。
「実は私も持ってるのよ、ほら。昔、夫と一緒に拾ったの。大きな石はみんな取りつくされちゃってるから、私たちが拾えたのは小さいけれど。」
そう言って母親は指にはめた指輪を見せてくれた。指輪には青い石が埋め込まれていた。
「奇麗でしょう? ちょっと太っちゃってもう抜けないのだけれど・・・別に外す必要なんてないからいいわよね。夫の指輪は緑色の石なのよ。」
そう言って笑う母親の目は緑色だった。ということは夫の目は青いのだろう。互いの目や髪の色の贈り物をしあうというのは大昔は貴族の習慣だったはずだが、いつの間にかこんな片田舎の夫婦までするようになったんだな。
「僕もねー、大きくなったらこれで指輪作るんだ。今まで一個しか作れなかったけど、今日で二個になったから母さんたちとお揃いだね。」
男の子の目は母親と同じ緑だった。オレンジと黄色ではあまり意味がない気がするが・・・まあ本人がいいならいいのだろう。
「それでね、砂漠の向こうから来る人は幸運をもたらすって言われてるの。だからマリアちゃんもきっと私たちに幸運をもたらしてくれるわ。」
親子はどこまでもピント外れで幸せそうだった。食事を終えた私に代わる代わるとりとめのない話を楽しそうにしてくれた。まるで人との会話に飢えているようだった。
役場で働く夫が帰ってくるまで待って欲しいと言われたが、固辞して砂漠の向こうに消えることにした。仲間の石を持っているのがこんな人たちで良かった。それを確認できただけで十分だ。もちろん大きな石は貴族や金持ちなどが持っていったのだろうけど。
私が見えなくなるまで親子は手を振って見送ってくれた。最終的には面倒になってまだ見えているけれど瞬間移動で私はその場から消えた。
あの時、何もかも失ったと思いながら埋めた悪魔の石は今も奇麗に光っていた。時間が過ぎれば苦痛は薄れる。あの死にたいと願った日々が嘘のように。
十数年後、私がまたその場所を訪ねたのはただの気まぐれだった。当時私は20年にもなった一人暮らしに飽き飽きしていて、少し人の近くで暮らしたいと思うようになっていた。
だがおかしな親子がいた家は廃墟になっていた。燃えて崩れたような跡がまだ少し残っていて、火事があったのだと思った。
「そこで何をしている!」
棘々しい声に振り向くと、一人の少年がこちらを睨んでいた。茶色の髪に緑の目、だがこちらを見る目は殺気すら含んでいた。
「友人に会いに来たんだ。この家の人間は死んだのかい?」
私がそう言うと少年は更に激しく私を睨んだ。
「お前なんか知らない。誰だ!」
私はため息をついて空を見上げた。月日はぼんやりした男の子を殺意の塊のような少年に変えてしまったようだ。
「・・・昔、オレンジの石をあげたじゃないか。」
少年は目を丸くして後ろに握りしめていたナイフを下した。私の見た目は当時とほとんど変わっていない筈だ。覚えていればわかるだろう。
「マリア、ちゃん?」
ちゃんづけはなんだかくすぐったくて笑ってしまう。
「また砂漠から来たよ。何があったんだい?」




