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生まれ変わった**は笑う ~三人の悪魔と一人の異世界転生者~  作者: 紫藤しと
第八章 悪魔の善行(パル)

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4.遠くへ行きたい

 三日後にドーナー家の庭へ戻ってきた時、屋敷のあちこちに黒い布が巻かれていた。ああ、死んだのかと思った。でも、誰が?


 ちらほらいる使用人も全員体のどこかしらに黒い布を巻いて忙しそうにしている。ドーナー家の誰かが死んだのは間違いない様だ。誰に問い詰めればいいか考えながら屋敷の玄関に近づくと、ちょうど中からドーナー家当主がでてくる所だった。当主は僕に気が付いた途端その場で固まった。


「誰が死んだんだ?」


 僕がそう言うと、当主は僕を睨みつけて怒りに震える声で言った。


「あなたが殺したんでしょう?」


 その言葉で、死んだのがあの女だという事がわかった。


「・・・まだ、死ぬような病状じゃなかった筈だ。」


「ええ、あなたがこっそり会いに来た途端に死んだんですよ。それとも何ですか? あの夜だけじゃなく何度も妻と会ってたんですか?」


 当主は泣いていたのか眠っていないのか、腫れぼったい疲れきった顔で僕を睨みつけてくる。今までとまるで違う様子に僕は面食らった。


「愛して、いたのか?」


 それを聞いた途端当主は僕に掴み掛かってきた。反射的にこぶしを避けたが、殴り返す気にはならず一方的に揺さぶられた。見守っていた使用人が引き剥がしても当主はずっと叫んでいた。


 なんで殺したんだ、この悪魔め! 前日から開かない部屋があったそうだな、二人で何をしていたんだ! いつから私を裏切っていた! 返せ! 私の妻を返せ!


 駆けつけた初老の使用人が奥様は旦那様を裏切ってなどいないと必死に説得している。当主はそのうち叫び疲れたのか額を押さえて黙ってしまった。それを数人の使用人が運ぶようにして屋敷の中に連れて行った。


「パル様、申し訳ございませんが、お引き取り下さい。」


 初老の男が僕に向かって深く頭を下げて言った。たぶん執事だろう。ドーナー家の娘をずっと見守ってきたんだろう。そうか、あの女は孤独ではなかったのか。


 僕は黙ってその場から姿を消した。本当はあの女の死に顔を確認したかったが、見つかるとまたあの男がパニックになりそうだ。


 あれが最初で最後だったなんて。


 あの夜明けの女の横顔を思い出してため息をつく。話などしなければ良かった。僕はただ、都合よく面影を写して、物事を見たいように見ただけだ。あの女は近づいている死に怯えていただけなんだ。


 海に向かって拾った石を投げる。一人になりたいと思ったら南の国まで飛んできてしまった。ミカとタイチも連れてきたこの場所は、夜になるとカップルのたまり場になるが相変わらず昼間は誰もいなかった。


 ミカとタイチの様子が少し気になったが会いに行く気にはならなかった。どうせ大丈夫だろう。あの二人は何だか知らないが明るいエネルギーに満ちている。悪魔が闇だとしたらあの二人は光だ。魔力はあまりないから天使ではないだろうけど天使に近い。生きてるだけで周りに愛されて手を差し伸べられてるだろう。


「あいつに見つからなきゃな・・・」


 呟いて顔を顰めた。この町にまだいるだろう右手のない男、ヤスール。ミカとタイチを天使っぽいとすると、ヤスールは悪魔っぽい。魔力はないし大きな悪事は働かないが、些細な悪事なら息を吸うようにやるタイプだ。今からでもどちらかを別の町に移すべきだろうか。


 考えながら着ていた黒の上着を脱いだ。盛装のつもりだったが喪服のようになってしまった。この国は暖かいし上着はここに捨てていこう。そう思って脱いだ上着の上に寝転んだ。陽が落ちたら町の酒場に移動しよう。どうせヤスールはそこにいるに違いない。ナミの町であれだけ飲んだくれていた男が飲まずにいられるわけないんだから。



 ヤスールと出会ったのはナミの町の安い酒場だった。隣の椅子の距離もほとんどなくて、しょっちゅう肘がぶつかったと言って殴り合いが発生するような店だった。たまたま・・・ではななかったのだろうが、ヤスールの隣の席が空いていたので座るとヤスールの方から話しかけてきた。内容は酒場ではよくある昔の自慢話だった。取り合えず聞き流しながら僕は気になっていたことを聞いた。


「で? その右手はどうしたの?」


「これはなぁ・・・こわーいボスを怒らせちまったのよ。ボスのお気に入りに手を出しちまってなぁ・・・アソコを切り落とすって言うから頼み込んで手にしてもらったんだよ。アソコがないなんて耐えられねえからなあ。」


 ヤスールはそう言うとヒッヒッヒッと笑った。ヤスールの後ろの席に座ろうとしていた若い男が、その笑い声に振り向いて舌打ちした。


「おい、こんな奴の近くに座れっかよ。他に席ねーのかよ!」


 店員からないと怒鳴られ男は出て行こうとしたが、僕と目が合うと近づいて来て言った。


「あんた見ない顔だな、このおっさんが近くにいる時は財布に気をつけろよ。すぐ盗むぞコイツ。」


「なんだよ、証拠もないのにそんな事言うなよ。」


 そう言ってヤスールがへらへら笑うと、若い男は一気に頭に血が上ったようだった。


「うるせぇ! 俺の金返せよっ!」


 若い男はヤスールに掴み掛かろうとしたが、店員に止められ舌打ちしながら店を出て行った。周りの客の反応を見るに、どうやらヤスールは店中から嫌われているようだった。


「・・・盗んだの?」


「まさか。俺の手を見ろよ、こんな手でどうやって盗むっていうんだ? それに俺は奴の財布なんか持ってなかったよ。どうせあのにーちゃんがどっかで落としただけさ。」


 ヤスールはにやにやしながらそう言って肩をすくめた。面白かったので酒を奢ってやると、ヤスールはいろんな話を一晩中喋り続けた。


 有名な貴族に仕えていた、有名な料理人だった、大工だった、女にモテた、沢山旅をした、海を見た。


「海?」


「ああ、俺は海辺の町で育ったんだ。見たことないだろ? 奇麗なもんだぞ・・・」


 店は既に閉店間際で、店員はイライラしながらヤスールの飲みかけのグラスをひったくって僕に言った。


「その男のいうこと真に受けんなよ。毎回言う事が変わるんだから。」


「嘘じゃねえよ! 砂漠の向こうには海があるんだよ! ・・・ああ、帰りてぇなあ・・・」


 ヤスールはべろべろに酔っていて今にも眠りそうだった。


「あんた、ちゃんとその男連れて帰ってくれるんだろうな。」


 店員に睨まれて肩をすくめる。金を払っているとヤスールは完全に机にうつ伏して眠ってしまい、仕方なく腕をとって引き摺るように外へ出た。


 真夜中の町は暗く、店前の明かりから外れるとすぐに僕はヤスールを連れたまま砂漠の南へと瞬間移動した。


 だが僕たちが着いたのは砂漠の中だった。見渡す限りの砂、砂、砂。


 何度移動してもたどり着く先は砂だった。夜で遠くが見えないせいもあり、だんだん方向もよくわからなった。夜の砂漠は寒くて知らない動物の気配がした。


 仕方がないので諦めて眠ることにした。砂の中で眠るのは嫌だなあと思い今度は山に移動する。山にはちゃんと着いたので僕は満足してそのまま眠った。途中で動かなくなったヤスールは適当に近くに転がしておいた。


 眩しさに目を覚ますとヤスールは近くで僕が目覚めるを待っていた。その様子をぼんやりと見ながらここはどこなのかを考えた。昨夜は途中で瞬間移動するのが楽しくなってしまって、ヤスールの悲鳴を聞きながら馬鹿みたいに移動しまくっていた気がする。


「ねえ、ここどこだと思う?」


「いえ、あたしには全くわかりません。」


 喋り方が昨夜と変わってしまったヤスールは、こちらを怯えたように窺っている。


「・・・僕なにかしたっけ?」


「いえ、特には。」


 ヤスールは頑なに僕と目を合わさない。まあ連続で瞬間移動したから普通の人間には酷だったとは思うけど、そこまで怯えなくてもいいのに。


「まあいいか・・・お腹空いたね。ナミへ戻ろっか。」


「戻して頂けるので!?」


 ヤスールがやっと僕の顔を見て言った。


「え? うん。別に殺す気はないし、身代金も要求しないよ? どうせ払う人いないでしょ?」


「あはははは、そんな、酷い事いいますねぇ旦那! あたしにだってイロの一人ぐらい・・・いやいや、何にせよ! ありがとうございます! 一生恩に着ますよ!」


 ヤスールは揉み手をしながら僕にすり寄ってきた。昨夜砂漠の中で僕に暴言吐いたり殴ろうとしてきたことは忘れてないけどね、僕は心が広いからそんな事じゃ殺さないんだ。


 僕は暇つぶしにしばらくヤスールと一緒に過ごした。わかったのはヤスールがそれなりのクズだという事だった。


 ヤスールは南の国で生まれ、一人で砂漠を超えてこちらの国に来たらしい。


「どうやって砂漠を超えたの?」


「もちろん歩いてですよ。昼間と夜中はテントの中で寝て過ごして、明け方と夕方だけ歩きました。あたしはねぇ、こう見えて運がいい男なんですよ。」


 ヤスールはにやにやしながら言った。


 砂漠を抜けて最初に着いた村で偶然会った人に助けられたらしい。その後各地を転々として色々な仕事をしたそうだ。


「旦那・・・ここから先は旦那の返事次第となるんですが。」


 真夜中、ヤスールは安い酒をたらふく飲んで座った目で言った。


「旦那も魔女なんですかい?」


「・・・僕は男だから魔女ではないね。悪魔って言われてる。」


 そう返事をするとヤスールはなんとも下卑た顔で笑った。これまで僕が怒ったり暴力を振るったりしなかったので、すっかり舐められているようだった。


「なるほど。なるほど・・・あたしはねぇ、魔女の手下だったんですよ。長い間魔女に仕えたのに、ほんのちょっとのオイタでこの様だ。酷いとは思いませんかぁ?」


 ヤスールは手首から先がない右腕を振った。


「次、顔見せたら殺すって言われてるんでこんな所でコソコソと・・・あたしがどれだけあいつらの為に動いてやったと思ってんだ。」


 くだを巻くヤスールは、どこの町にもいそうなただの酔っ払いだった。僕はすぐにこの男に飽きてしまった。だから昼間寝ている所を叩き起こすと、瞬間移動で砂漠へ連れて行った。


「で、どこにあるんだよ南の国って?」


 二日酔いだったのか砂漠で吐き始めたヤスールの尻を蹴る。


「もっと南です!」


「さっきもそう言ったじゃないか。」


「もっと南なんです! 信じてください!」


 涙目で縋りついてこようとするヤスールを避けて、髪の毛だけを掴んでまた移動する。それでも景色は一面砂のまま変わらなかった。


「本当なんです! もっと南に行けば、海があるんです!」


 なにも言ってないのにヤスールが叫ぶ。だんだん僕もイライラしてきた。


「・・・昔読んだ本には、砂漠の向こうは夢のような国だって書かれてたな。海っていう湖よりも大きな池があって、魚が取り放題だって。」


「そうです! 海はあるんです!」


「子供向けのおとぎ話だけどね。」


「違います! 本当にあるんです!」


「じゃあ連れてけよ。」


 そんなやりとりを何度も繰り返し、遠くに青く光る水面が見えた時はなかなか感動的だった。着いた先はヤスールのいた町ではなかったそうだが、ヤスールは生き生きと町を案内してくれた。建物がすべて鮮やかなのは、海から吹く風で建物が傷まないように頻繁にペンキを塗っているためだそうだ。


「また海が見られるなんて思ってもいませんでした。ありがとうございます。」


 そう言って頭を下げるヤスールの目には涙さえ浮かんでいるようだった。もっともその後入った店でご飯を食べている最中に席を立ったまま帰って来なかったので、あの男の感謝なんてそんなもんだ。別に最初から期待していない。



 海に沈む夕日はなかなかに奇麗なものだった。こんな風景を見ながら死にたいものだが、果たしてそんなこと僕に許されるんだろうか。誰も幸せにできないこの僕に。


 たぶんドーナー家のあの女は僕のせいで死んだんだろう。僕さえいなければあと一年ぐらいは生きられたはずだ。まさか話をするだけで死ぬとは思わなかった。心臓が悪かったようだから、たぶんよくない興奮をしたんだろう。


「弱すぎんだろ。」


 一人で呟いて拾った石を海へと投げる。


 遠くへ行きたいとあの女は言った。そして遠くへ行ってしまった。きっと悪魔とは一緒にいたくなかったんだろう。誰だってそうだ。


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