3.返してもらおう
ルビーは城の屋根の上にいた。黒い日傘をさしてひどくつまらなさそうな顔をしている。
「何人殺したの?」
僕はそう聞きながら隣に座った。
「数人だけ。王は殺すのやめた。」
「なんで?」
「死んでいくのを目の前で見る方が辛いでしょう?」
ルビーは無表情に言った。
「王を殺してユウマを王にしたいんじゃなかったの?」
「一応はそのつもり。でも本当の目的はユウマを悪魔にすることだから王になることはどっちでもいいの。」
ルビーは残虐なことをさらりと言った。さすが魔女だ。
「ふーん。それなのにミカを逃がしたんだ?」
あの善人っぽい姉を目の前で殺すなりなんなりすれば、きっとユウマの悪魔化に効果絶大だろうに。
「だってミカは友達だもん。」
ルビーはそう言うと拗ねたようにそっぽを向いた。ドレスって屋根の上に似合わないなあと思った。
「・・・ああ、そのドレス、ミカに貰ったんだっけ。」
上等な物を貰って嬉しくなっちゃったのか、単純な奴だ。
そういえば、と僕はポケットに入れっぱなしだった指輪を取り出してルビーに渡した。
「何これ?」
「ミカがしてた指輪。代わりに僕が持ってた現金渡しちゃったからルビー払ってよ。」
「お金なんかその辺にあるでしょう?」
「その辺ってどこ?」
「・・・王城なんだから探せばあるよ。」
ルビーは投げやりに言った。タダ働きどころか僕に出費までさせる気か。ルビーは指輪を指にはめて眺めている。僕は指輪好きじゃないから別にいいけどさ。
「もういいや。とりあえずミカとタイチは南の国にいるから。じゃあね。」
「南の国ってどこ?」
「南の方にある国だよ。」
それだけ言って僕はその場から消えた。興味半分で気配を消して少し城の中を歩いてみたが、異様に静まり返っていることしかわからなかった。人はいるようだがみんな息を殺しているようだ。現金は見当たらなかった。
色々面倒になって僕はドーナー領へ瞬間移動した。王都はしばらくうるさくなりそうだし、今日は移動ばかりで疲れてしまった。誰にも邪魔されずに眠りたい。
ドーナー家の屋敷の二階、適当に入った部屋は誰もいなかった。僕は適当な魔法を重ね掛けしてベッドに潜り込んだ。
目が覚めたのは夜中だった。いつの夜だかはわからないがどうやらみんな寝ているらしい。なんとなく屋敷の外に出て庭のベンチに座った。夜風はまだ冷たく少し肌寒かった。いつ見ても見事に手入れされている庭を僕はぼんやり眺めた。
しばらくのち誰かが砂利を踏む音が聞こえて僕は顔を上げた。15m程離れた場所に女の影があった。こんなに近くに人がいるのに気が付かないなんて、僕も耄碌したものだ。
僕は立ち上がって女に近づいた。女は寝巻の上にガウンを羽織っただけの恰好で、およそ貴族が外に出て言い服装ではなかった。
「こんばんわ、マダム。座りますか?」
僕が手を差し出すと女はおずおずと手を僕に預けた。ベンチまでエスコートしながら女の顔を横目で見る。シャルルは母親似なんだと知った。靴は履いているので夢遊病ではないらしい。
「こんなに遅くにどうされたんですか、マダム。」
礼儀正しく微笑んで聞くと、女もぎこちなく笑顔を浮かべた。年齢は30代後半だろう。赤茶の髪にシャルルに似た容姿、間違いなくドーナー家の妻だ。
「眠れなくて・・・散歩でもすれば気が晴れるかと。」
顔はともかく奇麗な声だと思った。僕はただ、そうですかと微笑んで正面を見つめた。
「・・・この庭はいつ来ても奇麗ですね。王都の庭も素晴らしいけれど、僕はこちらの庭の方が好きです。」
「ソドム様にそう言っていただけるなんて、みな喜びますわ。」
女は僕を見上げて花が綻ぶように笑った。
「僕のことをご存じでしたか。」
「ええ、もちろん。目覚められたという一報はこちらにも届きましたし、何より・・・」
「何より?」
言い淀んだ女を僕は急かした。
「・・・先程、目が光っておりましたので。」
女は俯いて言った。そう言えば悪魔の目はたまに暗闇で光る。本人の意志で光らせている訳ではないのであまり気にしていなかったが、そうか、光っていたのか。そりゃ人間じゃなさそうだ。
「怖くないのですか?」
「本当は、少し。・・・ですが、私はドーナー家のお歴々が残した文章を読むのが子どもの時から大好きだったんです。ソドム様がでてくる日記も何度も読みました。」
「リチャードのですか?」
「リチャードやその娘のシャルロットの物も。シャルロットはこのドーナー家の職務を国に返上させた愚者のように言われておりますが、残した文章を見るととても知的な人だったと思うのです。ソドム様の事ともとても素敵な方だったと書いておりましたわ。」
なんだろう、あんまり読みたくないなそれ。
「シャルロットねぇ・・・結局彼女は誰と結婚したんですか?」
「あ、賭けの話ですね!」
女は両手をポンと打って嬉しそうに笑った。
「賭けはソドム様の勝ちです。シャルロットは幼馴染の使用人と結婚しました。あとで図書室においで下さい、リチャードが面白い文章を残してるんですよ。ぜひ見て頂きたいです。」
先程までとは打って変わって女は楽しそうだ。とても夜中の庭で初対面の悪魔と話をしているとは思えない。
「賭けの褒美、知ってるんですか?」
「勿論です。ドーナー家の娘として、ソドム様の仰ることはなんでも叶えさせて頂きます。」
女は自信たっぷりに胸を張って言った。似てるなぁと、思って僕は目を細めた。
「・・・城が攻撃されたのはご存じですか?」
「えっ・・・? あ、はい。存じておりますが・・・」
唐突な話題の変更に、女は目をパチパチさせた。
「僕は詳細をあまり知らなくて。あなたが知っていることを教えてもらえませんか?」
女は不思議そうな顔をしながら、突然城が何者かによって攻撃され王が重傷をおったこと、王妃や王子は監禁されていること、王女の行方が分からないことなどを語った。
「ドーナー家からも人を送って城内を探らせておりますが、なかなか様子が掴めないらしく・・・貴族の中にはこのまま王家が滅んでも良いとする人もおられて、この問題は長引きそうです。国王陛下がご無事だといいのですが・・・」
女はため息をついて首を振った。残念ながらご無事では済まないだろうけど。
どうやら僕が寝ていたのは半日か一日だけみたいだ。しばらく話している間に空が少しずつ明るくなってきた。女の顔もはっきり見える。きっとあの人がこの歳まで生きたらこんな感じだったんだろう。
「・・・本当はね、賭けに勝ったことを確認して、もうドーナー家と縁を切ろうと思ってたんだ。」
「まあ、どうしてですの?」
女が目を見開く。
「ある程度満足したからかな・・・色々やった所で月日が経てばみんな忘れてしまう。いつまでも僕だけが覚えていても、仕方ないのかなって。」
どんな物も出来事も風化していく。悪魔でも時間の流れは止められない。
「でも最後に、一つだけ貴様の願いを叶えてやろうか?」
女の顔を覗き込んでニヤニヤ笑ってみた。女は困った顔で僕から目を反らした。
「なぜ、私の・・・? 急にどうしたんですか。」
「もうすぐ死ぬだろう?」
ニヤニヤを止めて言うと女は黙って俯いた。僕の見立てでは、あと一年ぐらいでこの女は死ぬ。
「・・・言ってみなよ。僕が叶えてやる。」
女はしばらく黙っていたが、やがて目からぽろぽろと涙を零した。体がもう限界なことを誰よりも本人がわかっていたんだろう。だけどこの屋敷にはこの女の家族はいない。
「遠くへ行きたい・・・どこか、誰も私を知らないところへ行きたい・・・」
僕はやせ細った体を抱きしめるべきだったのかもしれない。でも僕はそうせずただこう約束した。
「奇遇だね。その願いは僕と同じだ。・・・三日後に迎えに来るから待ってて。」
女は黙って頷き、僕はその震えている頬にそっとキスをした。そしてその場を離れた。




