5.ヒロインは混乱している
次の日朝食を食べた後、私は予定を変更して子供時代を過ごした部屋へ向かった。そこには壁一面におもちゃや絵本などが並べてある。もう10年以上使われていない部屋だ。掃除はされているがどこか埃っぽかった。
その絵本は本棚の隅にあった。何度も修復された跡がある古い本だった。
”悪戯好きな小さなお姫様は、毎日悪戯をしてお城の人たちを困らせていました。
お后様は困り果てて言います。
「こんなにも悪い子は魔女に連れて行ってもらいますよ!」
お姫様は言い返します。
「平気よ! 魔女なんて怖くないわ!」
それを聞いた銀髪の魔女は、本当にお姫様をお城の一室に閉じ込めてしまいました。
「私をここから出して!」
「お願いです。娘を返してください!」
誰がなんと言おうとも、魔女は決してお姫様を外には出してくれませんでした。”
なるほど、内容をあまり思い出せなかった筈だ。そもそも内容がほとんどない。書かれたのは400年近く昔らしい。ここにでてくる魔女がルビーなら、ルビーは今400才ぐらいということになる。
どう受け止めていいのかわからず、とりあえず絵本を手に自分の部屋へと戻った。ルビーがこれを通じて伝えたかったことは何だろう。
・ルビーは長生き
・ルビーは悪い魔女
・ルビーは王族好き
・王族は昔からわがまま
・ルビーは近衛よりも強い
確か400年前なら魔法が使える人間が他にもいたはずだ。そして王族の力も今より強かった筈、つまりルビーは当時の魔法使いの中でも強い方だったと推察できる。今もその力が衰えてないのであれば・・・ルビーはなんでもできるかもしれない。
はしたないと思いながらソファに上半身を倒す。
「結局ルビーってすっごい年上じゃない・・・」
なんか私の事お姉さまとか呼んでたけど。私が数回生まれ変わるよりもっと長い時間を生きてるじゃないか。まったくもう。
しばらく横になってぼんやりしているとメイドがドーナー家のおじさまが会いに来たことを告げた。後でこちらから行くつもりだったのに随分とせっかちだ。
昼食には早い時間だったのでお茶の用意を指示して軽く身なりを整える。客間で待っていたおじさまはいつも通りダンディだった。
「ごきげんよう、おじさま。私から伺おうと思っておりましたのに。」
「ああ、そのことなんだがね・・・」
おじさまが珍しく言い淀んだ。
「ユウマの件なんだが・・・何かあったのかい? 15歳にしてはまるで家出中の子どもなんだけど。」
「すみません、おじさま・・・」
困惑した様子のおじさまにとりあえず私は謝った。うちの愚弟がすみません。
「君のお父さんもなんだか具合が悪いって言って会ってくれないし・・・」
すみません。うちの愚父がすみません。
「やっぱり子供だけで東部共同自治区に行ったことで色々ショックを受けたのかなと思うんだけど、二人とも全然私と話をしてくれないからわからないんだよ。シャルルは近衛について怒ってたけどね。王族を守らない近衛なんて全員クビにするべきだって。」
ハハっとおじさまは力なく笑った。
「すみません・・・ユウマは多分、ルビーがいない王城で過ごすのが怖いんだと思います。」
「ルビー居なくなっちゃったの?」
「ルビーは東の魔女に人間へと姿を変えてもらったそうです。」
おじさまの目が探るように私を見る。
「・・・ミカはそれを信じるの?」
「はい。私は実際に人間のルビーと話しましたから。」
そうか、とおじさまは大きなため息をついた。
「シャルルもそんなことを言っていたけど・・・私はちょっと信じ難いんだよね、猫が人間になんて・・・」
「たぶん会えばわかります。姿形は人間ですが、こう、只者じゃない感じがしますので。」
「それは、パルみたいな?」
「・・・私はパルに会ってないのでなんとも。」
パルは最近100年の眠りから目覚めたという”ドーナー家の悪魔”だ。ユウマが東に向かう時少しだけ姿を見たが、普通の成人男性の様に見えた。
「そうか・・・すまないね、一方的に喋って。それで、ミカの相談事っていうのは何だったんだい?」
おじさまは顔を上げて空気を変えるように明るく言った。でも申し訳ないけど話題はあんまり変わらないんだよなー。
「ええ・・・実は結婚しようと思いまして。」
「おめでとう。相手は近衛の彼?」
「はい。それで、彼のご両親は今ドーナー領に住んでいるので一度お伺いしたいと思っておりまして。」
「ミカが行くの? ご両親をこちらに呼べば?」
「いえいえ、挨拶するのに呼びつける訳には・・・」
「王族なんだから別に問題ないでしょ。それに君を警備してドーナー領に行くより、向こうに来てもらった方が警備費も安いしね。城に滞在させるのが問題ならうちに泊まればいいし。」
色々考えた計画があっさり覆されて行く。でも貴族的にはそちらが正解なんだろうなぁ、タイチの家は元貴族であって今は平民だし。
黙り込んだ私をおじさまは優しく笑って言った。
「本当はミカもこの城を出たいんでしょう? 気持ちはわかるけど後継者問題は王家の中で解決してもらわないと。この国は王家を中心に千年続いてきたんだ、個人が簡単に投げ出していいものじゃない。」
「でも、みんな王家なんて滅びろって思ってるみたいだし。」
「一部の人間だけだよ、みんなじゃない。声が大きな人間が騒いでるだけで殆どの人間は気にしてないよ。」
おじさまはそう言うけれど、それはドーナー家が昔も今も領民に愛されているからであって、四六時中命を狙われたら言う事変わるんじゃないかな。
「規模は違うけれど、私だってドーナー家を継ぐことが決まった時は震えたよ。でも周りの人の助けもあって結構うまくやれてると思う。私はミカとユウマのどちらが王になっても、誠心誠意仕えるつもりだよ。」
私は黙って笑顔を作った。この人は私を、絶対にここから逃がしてはくれないらしい。
「ありがとう、おじさま。・・・ユウマは、もう少しだけおうちに置いてやって下さらない? あの子はまだ子供だから。」
おじさまが頷いてくれたので面会は終わった。自分の部屋に戻りソファに沈む。疲れた、何か知らないけどやたら疲れた。
「あ、おばさまにお見舞い行くって手紙だしちゃった・・・」
おじさまにドーナー領行きを却下された今、計画は大幅に変更しないといけない。この感じだと完全にユウマが即位した後でないと、ドーナー領に住むことは難しそうだ。駆け落ちという現実味を帯びてきた。あんまりやりたくないんだけどなぁ。
見知らぬ土地へ二人だけの旅立ち、手持ちのお金で安い家を借りて貧乏暮らし・・・別に嫌じゃないけれど、この国で私の知らない土地なんてない。それぞれの場所の過去の領主や主な出来事、特産品や大きな事件まで一通り頭に入っている。まあ気にしなければいいだけなんだろうけど。
「やりたくないよー。」
近くにあったクッションをぎゅっと抱きしめて呟く。これからまたタイチの所に行ってやっぱりドーナー領には行けないから両親の方からこちらに来て欲しいことを伝えて、おばさまにお見舞いはまだ少し先になりそうだと手紙を書いて、ユウマをいい加減城に戻れと説得して、お父様にも仮病はやめてちょっとは仕事しろと伝えて、お母様にもたまには外に出ろと言いに行って・・・
「ああ! めんどくさい!!」
抱きしめていたクッションを投げる。考えただけで面倒くさい。全部放り投げて彼氏と南の島行きたい。今の私はね、若くて細身で割と可愛いんですよ。可愛いビキニとか着ちゃってもいいんですよ。この世界に水着ないけど。
ドウォンッ!!
現実逃避していると突然大きな爆発音が聞こえて建物が揺れた。一気に現実に引き戻されて部屋の中で立ち上がる。地震ではない、雷でもなさそうだ。爆弾か? この世界に爆弾ってあったっけ?
手足が震えるのを必死で押さえる。これが攻撃ならば王族を狙ったものだろう。しかもかなり大掛かりなものだ。今度こそ殺されるのかもしれない。そう考えた時、最初に思い浮かんだのはタイチの顔だった。タイチと離れて死にたくない。タイチは近衛だから侵入者と戦わなくてはいけないのだろうけど行ってほしくない。
部屋の外を走る足音に身がすくむ。物陰に隠れた方がいいのか、どうせ見つかるのだから毅然とするべきなのか。
ドアが乱暴に開けられ、私は悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んだ。何にもできなかった。ちょっと前世の記憶があったって、私は戦うこともできない弱い人間だ。
「ミカ、俺だ。大丈夫、一緒に逃げよう。」
世界一安心する声に顔を上げると、タイチが近衛の服のまま私に手を差し出していた。状況がわからず呆然とする私の手をタイチが強引にとって立たせた。
「え、にげる? どこへ?」
「いいから! 俺を信じて。」
タイチの強い視線に何が何だかわからないまま頷く。するとそのままタイチは私の手を引いて走り出した。
途中で何人かの不安そうな使用人たちとすれ違った。指揮系統が混乱しているのだろう。私は唇を噛んで彼らの無事を心の中で願った。私が立ち止まってしゃしゃり出た所で誰も守れない。
タイチは城を出て庭から森の中へ入った。振り返ると城の一部から煙が上がっているのが見えた。森の中を少し走ると小さな小屋とその横に木戸があった。木戸の前にいるのはドーナー家の警備らしい。そう言えば方向的にドーナー家がある方向に向かっていた。
「何かあったのか? 妙な音がしてたけど。」
警備が強張った顔で言うと、タイチは頷いた。
「城が強襲された。姫様だけでも逃がしたい。」
警備は無言で私を見た後、黙って木戸を開けてくれた。タイチに手を引かれて通り過ぎたあと背後から「お気をつけて」という声が聞こえた。
しばらく走ったがもう走れない。私はタイチの手を握ったまましゃがみこんだ。靴はとっくに脱げているし、いっそこのまま地面に横になりたいぐらいしんどい。パニック状態だったのでここまで走れたが、本来日常生活で走ることがない私はすでに体力の限界だった。
「ミカ、もうちょっとだから。」
タイチはなおも手を引っ張ろうとするが首を振って拒否する。心臓が破れそうだ。
「ドーナー家の訓練場まで行けば悪魔が待ってて俺たちを逃がしてくれる。すぐそこだから!」
タイチが泣きそうな顔で私を引っ張った。それを見て私も仕方なく立ち上がる。酸欠でクラクラする。するとタイチは私を抱えるようにして歩き出した。さすがに今ときめく余裕はない。でもタイチの温かでがっしりとした腕は、このまま身を任せてもいいと思わせてくれた。
「------遅かったね。」
知らない声に顔を上げると、紫の髪をした男が立っていた。この派手な風貌は間違いない。ドーナー家の悪魔、パル・ソドムだ。
「約束通り来たぞ!」
タイチが叫んだ。
「僕がした約束じゃないんだけどな・・・まあいいや。どこに行きたい?」
「どこか・・・遠くへ! 誰も俺たちを知らない場所がいい。」
「了解」
パル・ソドムはそう言うと私たちにゆっくりと近づいてきた。意識を失う瞬間、空が青かったことだけは覚えている。




