2.駆け落ちについて検討する
次の日も父は公務をサボった。いや本当に体調が悪いのかもしれないが、周りの人間がそれを一切信用していないのはもうダメだ。
私は一人部屋に閉じこもって、ルビーに言われた駆け落ちについて考えた。やっぱり逃げ出す前に具体的にどことどこが戦うことになるのかをちゃんと知りたい。平等主義推進過激派の最大手は国の南にあるハンダル領と言われているが、あそこは領地は広いが人が少ない。簡単に言えばド田舎なので、何度も城に刺客を放てるような資金はない筈だ。となるとハンダル領を隠れ蓑にしている金持ちがいるはずだが、私はその正体を知らない。
噂だけならドーナー家だって実は反国王派だと言われることもある。私は直接ドーナー家当主であるおじさまを知っているのでそんなことは信じていないが、とにかくルビーが言うほど簡単に”知り合いの貴族の領地にでも”とはいかないのだ。今の私に駆け落ちは楽じゃない。
それにこうも長い間彼氏に会えないと、どうしたって前世の黒歴史を思い出してしまう。
座っていられなくて部屋の中をとにかく動き回る。しんどい。過去の記憶でチートとかできないのならいっそ前世の記憶なんてないままで生まれたかった。マジで私の前世は黒歴史しかない。
前世ではある程度の歳を超えると「彼氏は?」と聞かれるようになる。若いうちはともかくだんだん恋人が一度もいたことがないとは言い辛くなる。なので私は「だいぶ前に別れちゃってそれっきり・・・」と答えることにしていた。
それでもしつこく聞いてくる輩にはこうだ。「大学生の時に告白されて付き合ったんだけど、浮気されて振られちゃったー(笑)それ以来ちょっと恋愛とか面倒でー(笑)」
嘘じゃない。というより何度も繰り返し話したせいで本当だった気がしている。でも実際は好きだった男の子に飲み会帰りに告白されて、チューされそうになってキョドって、その後何もなかっただけだ。
最初の三か月ぐらいは付き合っているつもりでドキドキしていた。だけどいつの間にか彼氏だったはずの人には新しい彼女ができていた。なんだか化かされたような気持ちになった。
え、付き合おうって言ってくれたよね? 私もうんって言ったよね? え、夢だった??
冷静に思い出してみれば、その夜のその十分程度しか恋人のようなことはしていなかった。次の日からは普通の友達程度の会話だった。酔った勢いで付き合ってとか言っちゃったけど酔いが覚めたら我に返ったんだろうか。とにかく彼の中で私と付き合ったことは完全になかったことになっていた。
数人の女友達には付き合い始めたことを言っていたので、彼に新しい彼女ができたことを知って怒ってくれた。中には直接文句を言いに行こうとしてくれた子もいた。だけど私はそれを必死で止めた。
「いいのいいの! たぶん私の勘違いだったんだよ!」
そう言ってヘラヘラ笑う私を友人たちは気の毒そうな、でもちょっと呆れたような顔で見ていた。
・・・なんでこんなこと生まれ変わってまで思い出さないといけないんだろう。辛い。また今回も私の勘違いとか、タイチの一時の気の迷いとかだったらどうしよう。死ねる。
低く唸ってクッションをきつく抱きしめたあと壁に投げつける。そりゃ情緒だって不安定にもなる。よし、やっぱりここは本人に聞きに行くべきだ。週に一回ぐらい道に迷ったっていいじゃないか。
決心がついたので深呼吸して部屋を出た。私が歩き出すと無言で近衛が一人後ろからついてくる。タイチは今どこにいるんだろう。また訓練場に行けば会えるだろうか。
一先ず訓練場方面に歩いていると、向かいからタイチが先輩らしき近衛と一緒に歩いてくるのが見えた。目が合うと立ち止まって礼をされる。私も軽く会釈するとタイチの横を歩いて通り過ぎた。そして角を曲がってタイチが見えなくなった途端に膝から崩れ落ちそうになった。
ばっかじゃないのー!! 通り過ぎてどうする! でも今日もカッコよかった!!
私は数歩よろめいただけで取り合えず歩き続けた。いやタイチも誰かと一緒にいたし、こんな所で気軽に話しかけられないしさ・・・お互い立場ってもんがあるしさ・・・
ふらふら歩いていると中庭に出たので取り合えず日陰になっているベンチに座った。近衛は遠慮したのかかなり遠くに離れている。
私がタイチと付き合っているというのは事情通の間では知られた話だ。恥ずかしいから自分からは言わないけれど別に隠すつもりはない。皮肉なことに交際が知られてから周りの人間が少し優しくなったことにも気が付いている。平等主義派にとって王女が平民に降嫁するというのは喜ばしい事らしい。
そりゃ私だってとっとと降嫁したいさ。そうだね、みんなが望んでいるなら駆け落ちだってアリなんじゃない?
一人で頷いていると突然声をかけられて飛び上がった。
「ミカ」
タイチがはにかんだ顔で私を見ている。思わず直立して返事をした。
「はいっ!」
我ながらいい返事だ。そして顔が赤くなるのを止められない。だってやっぱりカッコいいし、なによりも私のことをを好きそうな、愛おしい者でも見るような顔で私を見てるから。
「お隣、よろしいでしょうか?」
タイチは礼儀正しくベンチを指した。本来なら近衛が隣に座るなんてない、でも彼氏なのでなにも問題はない。私も礼儀正しく微笑んで頷くと、ベンチの端に座りなおした。1m離れた右横にタイチがいる。手を伸ばしてもギリギリ届かない位置だ。
「仕事・・・大丈夫?」
「うん。ユウマ様がドーナー家に行ったから人が余ってて。」
タイチの言葉に内心で首を傾げた。あの子、学園行かないのかしら?
「そっか。あの・・・確認なんだけど、タイチのご両親って今ドーナー領にいらっしゃるのよね?」
「うん。そうだけど、どうしたの?」
「一度・・・挨拶に行けないかなって思って。結婚の・・・」
自信のなさで声が小さくなる。特に最後の言葉は小さすぎて聞こえなかったんじゃないだろうか。
「挨拶か・・・」
タイチは困ったように自分の顔を撫でた。その仕草だけで泣きたくなる。やっぱり全部私の勘違いだったんだ。
「あ、ゴメンね。無理ならいいの。ごめんなさい。」
耐えられなくなって立ち上がりこの場を去ろうとすると、タイチに手首を掴まれた。
「待って待って。戻って。・・・ちょっとカッコ悪くて言いたくなかったんだけどさ。」
カッコ悪いという不思議な単語にきょとんとして私はベンチに座った。タイチほどカッコいい人を私は知らないけど。
「いや・・・旅費いくらかかんのかなって考えちゃってさ。流石に警備とかメイドとかつけないとダメでしょ? その人たちの移動費と宿泊代と滞在費って考えると、ちょっとその・・・」
タイチが恥ずかしそうに頭を掻く。でももう一つの手はいつの間にか私と繋がれていた。びっくりだ。魔法だろうか。
「え、別にそんなのいいよ。警備とかメイドとか・・・これからは居なくなるんだし。」
「え?」
「え?」
二人で顔を見合わせた後、やっぱり勘違いだったのかと私の顔は青くなった。私は平民の妻として共働きする気満々だったけど、タイチは違った? まだ結婚の話じゃなかった?
「本当にそれでいいの? そりゃミカが何でも一通りできるのは知ってるけど・・・でも料理とか、洗濯とかはできないでしょ?」
「できるよ!」
前世では一人暮らしもしてたし大丈夫! あ、でも洗濯は洗濯機に任せてたな・・・
「無理しなくていいよ。でもゴメン・・・たぶん俺の給料だけじゃメイドも雇えない。だから俺の両親と一緒に住めば、あそこなら家も広いしお手伝いさんもいるからまだマシかなって思ってたんだけど・・・どう?」
上目遣いのタイチにドキドキしながら必死に冷静になろうとしてみる。義両親と同居かあ、正直家の広さによるよね。広ければ全然問題なし。確かタイチのご両親は大きな商会を経営しているはずだ。それに賭けてみるか・・・
「わかった。その方向で話を進めましょう。一先ずは顔合わせという事で訪問してみて、お互いの認識を共有しましょう。そうね、久しぶりにドーナー領を私的に訪問という名目であれば特に問題なく予算の承認もおりるんじゃないかしら。久しぶりにおばさまのお見舞いにも行きたいし・・・悪いけどドーナー家のおじさまが今どこにいるか調べてもらえる? 王都にいるなら直接お会いして承諾を頂くわ。将来的にドーナー領に住むならその根回しもしないと・・・」
一人でベラベラ喋って我に返ると、タイチは微笑みながら私を見ていた。
「ごめんなさい。私、つい・・・」
うっかり会社の後輩に話すような口ぶりで喋ってました。タイチは後輩じゃないのに。
「いや、ミカのそういう所久しぶりに見た。最近はゆっくり話もできなかったからね。」
タイチが私の手を握りなおして笑った。
「それに前向きに考えてくれてるのは嬉しい。俺は貴族でもないし俺自身にはお金もない。本当はお姫様を連れ去れるような奴じゃないんだけど、でも、幸せにするから。」
嬉しくて嬉しくて、タイチを見て笑うとタイチの顔が近づいてきた。誰かに見られているかもしれない、本当は王城で王女が近衛とこんな事をしてはいけないのはわかってる。
でも私は幸せだった。むしろ見て欲しい。今、世界で一番幸せなのは私だ。




