1.ヒロインの無力
ユウマが王城を出発してから六日経った。なのに護衛からの連絡が一度もない。
私は自分の部屋でイライラしていた。東の魔女を説得するのに時間がかかるのはわかる。だが王族が警備を連れて出たのに、その後の報告が城にないとは何事だ。私は二日前父である王に追加で警備隊を出すよう頼んだが、人手が足りないということで却下された。大事な後継者なのに人手を惜しんでる場合じゃないと思うんだけど。
今日は父が体調が悪いと言って公務をサボった為私も休みになった。だから余計に悪い事ばかり考えてしまう。シャルルも一緒にいるんだしドーナー家のおじさまに追加の人員を頼んでみようか。それともドーナー家にだけは連絡が来てたりするんだろうか。
とにかくドーナー家を尋ねてみようと身支度を始めた頃、ユウマが帰ってきたとの報告を受けた。急いで会いに行くと、ユウマはかなり疲れた顔をしてソファに座っていた。
「お帰りユウマ。魔女とは無事会えた?」
「魔女・・・? ああ、会えたよ。」
ユウマは一応目を開けているが視線がぼんやりしている。
「そう、巫女も一緒に帰ってきたの?」
「巫女? 誰だっけ?」
「え、巫女を連れ帰る為に行ったんだよね・・・ルビーは?」
ルビーは自分が猫から人間になると主張していたがどうなったんだろう。
「ルビーは王都で馬車から降りてどっか行っちゃった・・・あいつ猫のままの方が可愛かったのにな。」
ユウマがだらしなくソファにもたれて目をつぶった。可愛い弟が心なしか薄汚れている気がする。
「・・・ルビーいなくて大丈夫なの?」
「何が?」
「ユウマの警備ってずっとルビーがしてたじゃない。刃物持ってる人とか毒が入ってる食べ物とか、全部ルビーがチェックしてたんでしょ?」
そういうとユウマは大儀そうに身を起こした。
「・・・警備ぐらい一杯いるでしょ。」
「いるけどさ。」
人数だけならば王族の周りには沢山いる。だけどその中で信頼できる人は少ない。私には誠心誠意仕えてくれる人でも、その一方でユウマを殺そうとしている可能性はある。私も両親も長い時間かけて信頼できる人間を数名確保しているが、ユウマはずっとルビーだけだった。それはルビーの希望だった訳だけど、ユウマが必要な人間関係の構築をサボったとも言える。
やっと事の重大さに気が付いたのかユウマは真面目な顔で何かを考え出した。だが今の私にできることはなさそうだった。
「疲れてるところゴメンね。落ち着いたら東部共同自治区がどんな所だったか教えてね。」
私はそう言って弟の部屋から出た。自室に戻る最中でユウマに持っていく最中らしい食事のワゴンとすれ違ったが、果たしてユウマはこれを美味しく食べられるんだろうか。
部屋に戻ってからルビーが本当に人間になったのか聞くのを忘れたことに気が付いた。猫のままの方がとか言ってたから今は猫じゃないんだろうけど、本当に猫が人間になれるんだろうか。いやルビーが本物の猫じゃないのはわかってるけど・・・
考えてもわからないことだらけだが、取り合えずユウマが無事で良かった。あの感じだとシャルルも元気なんだろう。肝心のユウマが王になるという話についてルビーを問い詰めたいが、私からルビーに会いに行く手段はない。というかルビーが人間になったのならもう王城に入ってこられないのでは? いや魔法は人間になっても使えるのか?
キリがないので私は意図的に考えるのを止めた。このままじゃ眠れなくなるので本棚から適当な本を取り出して読む。これは大昔に出版された王族の恋物語だ。クラシカルで奥ゆかしくてロマンチックな話だ。実話というのが信じられない。たぶんかなり盛ってるんだと思う。
いつの間にか夢中になって読んでいると急に部屋の中から女の子の声が聞こえ、驚いて本を落としてしまった。見ると銀髪の女の子が私に手を振っていた。
「ミカ、久しぶりー。ルビーだよ。元気?って言っても一週間ぐらいしか経ってないのか。」
「ルビー? 猫のルビー?」
「そうだよ。」
ルビーは当然と言った感じで頷くと勝手にソファに座って足を組んだ。すごく偉そうだ。初対面の王族に対する態度とは思えない。私は少し近づいて恐る恐る聞いた。
「東の魔女に人間にしてもらって巫女になったっていうルビー?」
「そうだってば。座りなよ。」
ソファを顎でしゃくられ釈然としないまま座った。ここ私の部屋なんだけど。なんでこんなに偉そうなんだろう。でも確かに猫のルビーはいつも偉そうだった。あれが人間になるとこうなるのか・・・
人間になったルビーはなかなかの美少女だ。銀の毛並みはツヤツヤ輝く長い銀髪となり、赤い目はミステリアスで魅力的だ。服は田舎の農民のような簡素なワンピースを着ているが、それが逆に清楚な感じがしていい。
しかし猫が人間になるなんてここは本当に異世界なんだなあと感心していると、ルビーが突然言った。
「ミカ、駆け落ちする気ない?」
「駆け落ち?」
「そう。早く結婚したいのに親に反対されてるんでしょ? 私が手伝ってあげるよ。」
ルビーはにこにこしているが、どうにも怪しい。私を追い出したい? 別にそれ自体はいけどなんで?
「・・・なんでルビーが手伝ってくれるの?」
「もうすぐこの城は戦場になるから。私はユウマを守るのに精いっぱいでミカのことまで守れない。でもミカには死んでほしくないから。」
ルビーが真面目な顔で言った。唐突な話に混乱する。
「戦場って・・・ルビーが人間になったんだからもう大丈夫じゃないの? 流石にそんな所に弟を置いてく訳には・・・」
戦場になるという話自体に違和感はない。だけど今そうならないように手を尽くしている筈だ。その為にユウマは東に行ったのであって・・・なのに状況が悪くなっている気がするのはなぜだ?
混乱する私にルビーは知り合いの貴族の領地にでも住んで平民として生きろと言った。そして来た時と同じように唐突に姿を消した。また来るからその時に返事聞かせろと言い残して。
いや平民として生きていくのは別にいい。前世はド平民だしまだ若いから全然働ける。タイチだってきっと働いてくれるはずだ。ただ、私はこの国の王女に生まれた責任がある。これまで私を育ててくれた王城から簡単に逃げ出していいものだろうか。
ルビーが来るまで読んでいた本は、王子と平民の女の子のラブストーリーだった。当時はまだ王族や貴族の地位が高く、よほど優秀でないと平民は学校にも通えなかった時代だ。だからこそ王子と平民との結婚は世紀のラブストーリーとして諸手を挙げて祝福されたらしい。ざっくり500年程昔の話だが、その時から少しずつ平等主義の種は蒔かれていたんだろう。
私は顔を覆ってタイチの事を思った。会いたいなあ。王立学園を卒業したら途端に会えなくなった。タイチの方から会いに来ることも連絡してくることもできないのはわかってる。私だって頻繁に道に迷う訳にもいかない。まだ王女としての生活を続けるのであればそれなりの立場の維持ややるべき事がある。
しかし私、無力過ぎない? なんで好きな人と結ばれたのにハッピーエンドが近づいてこないんだろう。この悩んでる時間って必要?




