3.魔女の計画
師匠は畑仕事をしていた。
「ししょー。殺したの?」
私の声に師匠は面倒くさそうに振り返った。
「・・・あんたが殺せって言ったんだろ?」
「うーん状況はもう変わっちゃったんだけど・・・結局アレ何だったの? 二重人格?」
「あのね、しばらく留守にしたから雑草が生えてんだよ。あんたも手伝え。」
師匠は草が色々生えた畑を顎でしゃくった。
「汚れるからヤだ。魔法でなんとかなんないの?」
「具体的にどの魔法をつかうんだい?」
師匠の言葉に少し考える。燃やしたらダメだろうし風で切り取るのも雑草だけというのは難しそうだ。一番簡単なのは買うか盗むかだ。
その後何を話しかけても師匠が返事をしてくれなくなったので、仕方なく少し草むしりを手伝った。土を触るのは随分と久しぶりだ。
「本当にあんたは役に立たないね!」
師匠はなんか怒っていたが、野菜と雑草の区別なんてつかない。師匠は諦めたのか作業が終わったのか、陽が沈む頃ようやく立ち上がって家へと招いてくれた。
「手土産もないのかい。」
師匠は怒りながら薄いスープをテーブルに置いた。これなら酒の方がいいのに。
「そんな常識、師匠から教わってませーん。」
「黙れクソガキ。」
取り合えずスープを飲みながら師匠に聞いた。
「で、結局何だったんですか。アレ。」
「アレはねぇ・・・自分では神って名乗ってたけどね。」
「神?」
「まあ確かに魅力的な人物ではあったよ。天使でありながら悪魔の石を身に宿してた。でも魔法は使えなかったぽいねぇ。」
「魔法が使えない? 天使でも悪魔でも魔法は使えるでしょう?」
「理屈はわからん。でも最後まで使わなかったよ。」
「じゃあ殺すの楽だったでしょ?」
「まあね。呆気なかったね。」
師匠は飲み干したスープの器を押しやり、魔法で酒の瓶を取り出した。そうこなくっちゃ。
「でもなんで殺してくれたんです? 師匠ユウマのこと、どうでも良さそうだったのに。」
「そいつの事は今でもどうでもいいがね。・・・なにちょっと気が向いただけだよ。」
歯切れが悪い師匠の言葉に首を傾げる。怪しい。何かを隠しているに違いない。
「・・・ひょっとしていい男でした?」
「男っていうか、性別はなさそうだったよ。男でも女でもなかった。」
「・・・元カレに似てたりします?」
私の質問に師匠はすごく嫌そうな顔をした。当たりだ。
「あれですか? 元カレに似てたけど違うから殺しちゃったんですか?」
身を乗り出した私とは反対に師匠は椅子を後ろに引いた。全身でこれ以上聞くなと言っているが、こんな面白い話聞かずにはいられない。
「え、どんな人ですか?見たいなー。あ、でも悪魔だったら死体もないのか。もっと教えて下さいよぅ! 髪色は? 目の色は? いくつぐらいですか? カッコいい?」
「やかましい!」
怒鳴られたが師匠は少しだけ照れている。照れている師匠なんて初めて見る。
「いいじゃないですか。たまには恋バナとかしましょうよ。私ね、師匠って昔に大恋愛したんじゃないかなーって思ってたんですよ。どうなんです?その辺。」
「・・・別にあんたも殺してやってもいいんだよ?」
「こわーい。でもそんな事してもどうせまた数百年以内には会うじゃないですか。いつか話すなら今話しましょうよ。私、しつこいですよ?」
師匠は心底呆れたようにため息をついた。
「ほんと、悪魔ってやつはクソだね。」
「目くそ鼻くそですよー。その北の国の・・・名前なんでした?」
「シバ」
「そのシバって奴に似てる過去の男の話して下さいよ。どんな男でした? っていうか男でした?」
「・・・シバは私が大昔に会った男の魂を半分持ってた。でも正直私にもよくわからないんだよ。」
師匠はそう言って机の上に黒い石をゴロンと転がした。悪魔の石だ。だがそこまで強い魔力を有しているようには見えなかった。
「これがシバの石ですか? なんか思ってたのと違いますね。」
「天使の魔力がどこに宿っているのかは知らないが、たぶん体か魂だ。シバは半分天使だったからこれは半分の魔力だよ。」
「天使で悪魔ねぇ・・・」
黒い石を手に取って眺めた。特に何も感じない。
「その師匠の元カレも天使で悪魔だったんですか?」
「いや・・・でも生まれ育った環境が違えば聖人って言われたかもね。天使のような悪魔というか、天使が絶望して悪魔になったみたいな奴だった。」
「変な人・・・。」
うっかり口に出してしまったが、師匠は何も言わなかった。天使であれ悪魔であれ魔力が強ければ大体のことは解決できるのに、その人は強い魔力を持ちながらなぜ絶望したんだろう。あ、絶望したから悪魔になって、その絶望でより魔力が強くなったのか。
わかったようなわからないような話だ。まあ他人の男なんてどうでもいいけど。
「それで? 半分が元カレの魂で、あと半分は天使が付け足されてたんですか? それで怒って殺した?」
「・・・あんたと喋ってると馬鹿馬鹿しくなってくるね。」
師匠は苦笑したが、怒っている感じではなかった。
「そうだね。元カレの魂に変なのが混ざってたから苛ついて殺したんだね私は。」
そう言って酒を呷る。いつの間にか新しいボトルが開いていた。
「なんでわかったかとゆーとー・・・実は私も同じことをしようとしてるからです!」
人差し指を立てて師匠に振りかざす。師匠はまた呆れた顔に戻った。
「私の話はもう終わりかい・・・まあいいけど。同じってなに? ユウマも殺すの?」
「はい。今回は私のタイプじゃないんで!」
元気に返事をすると師匠は鼻で笑った。
「次もあんたのタイプじゃないかもよ?」
「じゃあその次を狙います。どうせ何度も生まれてくるし、私しつこいんで。」
「ユウマって子に同情するよ。・・・まだ殺してないの?」
「そこなんですよ師匠! 私の壮大な計画を聞いてください!」
私はコップを手に立ち上がった。師匠は胡散臭そうな、でもちょっと興味があるという顔をしている。
「まず今のユウマは私の好みじゃないです。でも奴は確かに私の愛したユマの魂を持ってます。たぶん男ってのが悪いのかもしれませんね・・・それはともかく、私も考えました。愛するユマの魂を手に入れる方法を、それは!!」
話に熱が入り思わずコップを振り上げると、酒が床にこぼれた。師匠に無言で雑巾を投げつけられ大人しく床を拭く。
「コップは置け。」
師匠に睨まれて素直にコップは机に置いた。代わりに両手を広げて師匠に熱烈に語り掛ける。
「つまり! ユウマを悪魔にすればいいんです!!」
「・・・石にして手元に置いとくのかい?」
「何年かはそうします。でもたぶん飽きると思うんで、ちゃんと転生してもらいます。同じ悪魔なら私の素晴らしさがわかると思うんですよね。」
「・・・私はあんたの素晴らしさなんてこれっぽっちもわからないが。」
「わからないんですか!? こんなに美少女で天才なのに!?」
驚いて詰め寄ると師匠は何を言うべきかわからないという顔で黙った。あ、師匠のこの顔、数百年前にも見たことある。
「・・・まあ相手を自分と同じ土俵に引きずり下ろしたいって気持ちはわかるよ。そういう意味では私と一緒かもね。」
口をへの字に曲げていると、師匠は私をあやす様に言った。
「引き摺り下ろすとは思ってないですけどね。どっちかというと高みに上げてる? みたいな?」
「人間を悪魔にするためには相当酷いことをしないとダメなんだから、そういうのを高みとは呼ばないだろ。」
「まあ高低差はどっちでもいいです。どうですか? 完璧な計画じゃないですか?」
一通り説明したので私は席に戻って酒を飲み干した。師匠は渋い顔をしている。
「・・・悪魔以外には理解できない話なんだろうけど・・・私も魔女だからわかっちまうね。いいんじゃないか? 上手くいくといいね。」
「ありがとうございます! そんなこと言ってくれるの師匠だけですよー。」
私はニコニコとコップにお代わりを注いだ。ついでに師匠のコップにも注いだところで酒がなくなった。
「酒はもうないよ。あんたらが馬鹿みたいに飲むからなくなっちまった。」
「どっかの金持ちの酒蔵とか知らないんですか?」
「私は今生では人とあまり関わってないからね。」
師匠はそう言って少ない酒を舐めるように飲んだ。昔も今も、師匠はあまり自分のことを語らない。あまり遠慮をするタイプではない私ですら踏み込むのをためらう何かがあった。それが大人ってやつなのかもしれないけど。
「・・・師匠はその石どうするんですか? 生まれ変わるかどうかは微妙な量の魔力ですけど。」
「どうしようかねぇ。あまり深く考えて殺した訳じゃないんだ。ただ、他人が持ってるのが我慢ならなかっただけでさ。」
師匠にそんな可愛い所があるとは。ニヤついた口元をコップで隠す。見つかったら睨まれる。
「まあ・・・半分天使になってたぐらいなんだから、本人は悪魔が嫌だったのかもしれないね。しばらくは手元に置いとくよ。さ、酒も切れたんだし帰りな。」
師匠にシッシと手を振られまた口を曲げてしまった。子供の頃に出会った人に二人きりで会うと、どうにも子供に戻ってしまうようだ。
「・・・今のって恋バナでしたかね?」
「さあね」
「師匠は誰かと恋バナってしたことあります?」
「帰れって言ったのが聞こえなかったのかい?」
師匠に睨まれて渋々立ち上がったが、帰るところがないことに気が付いた。
「帰るとこないんですけど。」
「知るか。」
私を見る師匠の目がだんだん険しくなってきた。そろそろ撤退しないと戦いになってしまう。今こんなにいい気分なのに。
「じゃあまあ・・・どっか行きます。じゃあね師匠。」
「もう来んな。」
師匠の言葉を聞き流しながら私は王城に飛んだ。いつの間にか夜になっていた。
「ミカ、久しぶりー。」
机で本を読んでいたミカは私の声に飛び上がって本を落とした。
「えっ? 誰っ!?」
あ、そっか。人間になってから会ってなかったな。
「ルビーだよ。元気? って言っても一週間ぐらいしか経ってないのか。」
「ルビー? 猫のルビー?」
「そうだよ。」
ミカが座ったまま動かないので私は勝手にソファに座って足を組んだ。ミカが恐る恐る近づいてきた。
「東の魔女に人間にしてもらって巫女になったっていうルビー?」
「そうだってば。座りなよ。」
目の前にあるソファを顎でしゃくると、ミカは釈然としない顔で隅っこの方に座った。よく見たら弟のユウマに似てなくもないんだな。なぜか全く興味がわかないけど。
ミカは何から話したらいいのかわからないという様子で黙っている。
さて私はこれからユウマに沢山の試練を与えて悪魔にする計画をたてた。よってユウマを助けようとする人たちを少しずつ排除していかなくてはいけない。手始めにこの姉からだ。
「ミカ、駆け落ちする気ない?」
「駆け落ち?」
「そう。早く結婚したいのに親に反対されてるんでしょ? 私が手伝ってあげるよ。」
「駆け落ち・・・なんでルビーが手伝ってくれるの?」
やだ、そこは気にしないで欲しかった。
「もうすぐこの城は戦場になるから。私はユウマを守るのに精いっぱいでミカのことまで守れない。でもミカには死んでほしくないから。」
半分は本当だ。ミカはなんというか、真っ当な恋する女の子って感じがする。私は恋をしている女の子が好きだ。憧れていると言ってもいい。
「戦場って・・・ルビーが人間になったんだからもう大丈夫じゃないの? 流石にそんな所に弟を置いてく訳には・・・」
ミカが唇を噛んで俯いた。これだからミカは消えて貰わないといけない。
「その内ドーナー家から報告が上がるとおもうけど、王族の警備はもうボロボロだよ。最早いない方がマシなレベル。残ってるまともな人間をかき集めても、守れるのは精々一人か二人。ミカに割ける人数はいない。ミカも守ろうとすると他の人が危険になる。」
ミカの目が泳ぎだした。この子は本当に普通の子だな。言い訳を与えてやれば簡単に流される。
「でも・・・王族に逃げ場なんて・・・」
「大丈夫。王都から出れば誰も王族の顔なんて知らない。知り合いの貴族の領地にでも住まわしてもらえばいい。働くことにはなるだろうけどね。」
「働くのはいいんだけど・・・」
ミカは俯いて動かなくなった。潮時を感じ私は立ち上がった。
「じゃあまた来るからその時に返事聞かせてね。」
ミカの返事を聞かず私は移動した。行き先を思いつかなかったので一先ず王城の庭に来てみた。すぐ近くにかつて私とユマが閉じこもった離れの宮がある。今はユウマの母親が閉じこもっている筈だ。ユウマの両親はユウマを追い詰めるのに効果的な駒なので当分殺しはしない。その内に親子三人で殺し合いをしてもらう予定だ。
気配を消しているのが馬鹿らしくなるほど、辺りに人気はなかった。夜空にそびえる王城を見上げながら考える。最終的にこの城はどうなるんだろう。王族の存在自体が未来永劫消え去るのか、それともユウマが魔王として君臨することになるのか。
「ユウマの魔王はちょっとカッコいいかも。」
一人呟いて笑った。




