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3.少年の憂鬱(シャルル)

 幼馴染のユウマにはちょっとよろしくないあだ名がある。


”化け猫王子”


 ユウマがこの国の王子として生まれてすぐ、一匹の猫が王城に現れた。もちろんすぐに追い払われたがいくら追い払ってもいつの間にかユウマのそばに戻っていた。まるで魔法でも使っているかのような猫をみな気味悪がり化け猫と呼んだ。その化け猫が付き纏って離れないユウマは化け猫王子と呼ばれるようになったのだ。


 俺は母親同士が仲が良かったこともあり、幼いころからユウマと一緒にいることが多かった。だから当然その猫のこともよく知っていた。


 猫は灰色の毛と赤い目をしていて、いつもユウマのことを見守っていた。暖かくて柔らかい猫が羨ましくて母に自分も猫を飼いたいと言ったこともある。だが母はこう言った。


「あれは普通の猫じゃないよ。」と。


 俺は他の猫を見たことがなかったし、母の言っていることもよくわからなかった。意味が少しわかったのは8歳の時だ。


 俺とユウマは剣の稽古の後、ユウマの部屋で休憩していた。ユウマは疲れたのかソファでうとうとしていた。俺が侍女が淹れてくれたお茶を飲もうとカップを持ち上げると、猫ははっきりと「飲むな」と言った。


 聞き間違いかと思い気にせず飲もうとしたら、カップを持った手を引っ掻かれて落として割ってしまった。当然色々な大人が飛んできて割れたカップやテーブルを片づけてくれた。部屋が片付き静かになった頃ユウマが起きだした。猫は何もなかったかのようにユウマの膝に乗って目を瞑った。


「ルビー、今なにか喋らなかった?」


 俺がそう言うとユウマは笑った。


「どうしたの? ルビーは賢い猫だけどニャーとしか言わないよ。」


 ユウマに撫でられてうっとりした顔をしている猫はいつもと変わった様子はなかった。俺も気のせいかと思い忘れることにしたが、それからも猫の不可解な行動は続いた。


 ある時はユウマが着ようとした服に粗相をして着られなくさせた。またユウマの食事の皿をひっくり返すことも増えた。


「最近ちょっとルビーの悪戯が酷すぎるんだ・・・前までこんなことしなかったのに。」


 ユウマそう言って悲し気に猫を撫でた。猫はいつもと変わらない様子でユウマに体を擦りつけていた。


 王城から帰る際、ユウマ付きの侍女にこう言われた。


「あの化け猫を手放す様にシャルル様からも進言願えませんか? 私共ではもはやどうにもならず・・・このままではユウマ様が化け猫に憑りつかれてしまいます。」


 俺は上手く返事できずに無言でその場を離れた。背後から舌打ちが聞こえた。


 確かにこの頃の王城は少しづつ何かがおかしかった。でも俺にはその違和感の正体がわからなかった。わかったのは全てが終わった後だ。


 俺は両親に呼び出され、ユウマが殺されかけたことを知った。犯人は侍女で、ナイフを持って直接ユウマに斬りかかったのだという。


「侍女は頻繁に食事にも毒を仕込んでいたらしいわ・・・あなたの口に入らなくて良かった。」


 母は俺を抱きしめてそう言った。僕はぼんやりと猫に飲むなと言われたことを思い出した。


「ユウマ王子は今回の件で大変なショックを受けて寝込んでいるそうよ。落ち着いたらお見舞いに行きましょうね。」


「シャルル、王族というのは命を狙われやすいものだ。命を張って守れとは言わないが、お前も気を付けてやれ。」


 父の言葉に俺はショックを受けた。そうか、俺がユウマを守らないといけなかったのか。


 数日後母と一緒にユウマのお見舞いに行くと、部屋には俺だけが入るように言われた。ベッドの上のユウマは思ったより元気そうだった。


「全然元気だよ。僕はもう寝てたくないんだけど、ルビーがダメだって言うんだ。」


「やっぱりルビーってしゃべるの?」


「しゃべる訳ないじゃない!」とユウマは笑った。


「でもね、部屋の外に出ようとすると怒るんだ。僕に誰かが近づいても怒るし・・・シャルルは怒らないんだね、ルビー。」


 ユウマが笑いながら猫に言うと、猫は後ろ足で耳を掻いた。言葉が通じているのかいないのか。


 俺が猫の赤い目を見つめると、猫もじっと見返してきた。


「ルビー、ユウマを守ってくれたの?」


 猫は瞬きをしただけで喋らない。


「俺もね、お父様からユウマを守るように言われたんだ。」


「何それ。護衛騎士にでもなってくれるの?」 


 ユウマが口を挟んだ。


「騎士になるかはわかんないけど・・・友達が殺されるのはヤだよ。」


 それを聞いたユウマは嬉しそうに笑った。


「ありがとう。ルビーとシャルルが居てくれたら僕は大丈夫だね。」


 その夜、猫が俺を訪ねてきた。


「起きろシャルル」


 知らない女の人の声に目を覚ますと、胸の上に灰色の猫が乗っていた。


「・・・ルビー?」


「そうだ。よく聞け、ユウマはまだ命を狙われている。」


 正直、なんでそんな話を今するんだろうと思った。普通の起きてる時にして欲しかった。


「・・・誰に?」


「北の国の奴らだ。」


 北の国・・・それは通称で、大昔は別の国だったが戦いに負けて今はこの国の一部となっている筈だ。


「なんで・・・?」


「話せば長い。とにかく私の言う事を聞け。一緒にユウマを守ってくれ。」


「うん」


 そこだけは素直に頷いた。ユウマは守ってあげなくちゃいけないんだ。


 気が付くといつの間にか朝だった。なんだ夢だったのかと思いながら、母にその夢の話をしてみた。すると母は言った。


「実はお母様もね、昔よく似た猫に話しかけられたことがあったの・・・化け猫姫って聞いたことあるかしら? 王家のお姫様だったんだけど、シャルルのお爺様の弟君に嫁がれてこのおうちにやってこられたの。一匹の猫を連れてね。その猫もルビーっていう灰色で赤い目をした小さな猫だったわ。」


 母が言うには化け猫姫も小さな頃からその猫とずっと一緒にいたらしい。


「不思議な猫でね・・・まるでこちらの言う事を何もかもわかってるようだった。姫様が亡くなった時、同時に居なくなっちゃったんだけど、その猫とユウマ様が飼っている猫がそっくりなのよ。もちろん同じ猫なら30年以上生きていることになるからそんな訳ないんだけど。でも本当に似てるの。」


 俺は母が言う事がよくわからなかった。似てるから何なんだろう。


「姫様の猫もユウマ様の猫も、たぶんご主人様を守ってるのよ。王家にはきっとうちよりもっと大変なことがおありな筈だもの。だからシャルルもユウマ様を守ってあげてね。」


 母の話はいつもわかるようでわからない。それでも俺は頷いた。友達を守る、簡単なことだ。


 俺はその日からより一層鍛錬に励んだ。具体的な目標を持つことで、俺はメキメキと成長した。ユウマを守るというのは意外と簡単そうだった。猫は時々何か言いたげに俺を見たが喋ることはなかった。


 結局あれは夢だったんだろう。俺はそう結論づけた。ユウマに斬りかかった侍女はユウマの姉に王位を継がせる為に弟であるユウマを殺そうとしたそうだ。


「わざわざ殺さなくったって姉さんが王位を継ぐのにな。」


 ユウマは寂しそうに笑った。基本的には国王の長子が跡を継ぐことになっているが、次子の方が優秀だと認められればそちらが継ぐこともある。だからまだ確定という訳ではなかった。


「ユウマが王様になったらなんか困るのかな?」


「さあね。変な人もいるもんだね。」


 ユウマは殺されかけたとは思えない気軽さで肩をすくめた。猫はずっとユウマにもたれて眠っていた。


 ユウマはそれからも時々殺されかけた。猫がおかしな行動をするときは大体ユウマの危機が迫った時だ。12歳を超えた時には段々俺も慣れてきて、猫が指示する前にあやしい奴がわかるようになってきた。


 その日俺たちは一緒に家庭教師の授業を受けることになっていた。俺はユウマが隣の部屋に何かを取りに行った隙にルビーに話しかけてみた。ちなみにあの夜からこれまで、俺が話しかけてもルビーが返事をしてくれたことはなかった。


「ルビー、さっきすれ違った若いメイド変じゃなかった? 妙に顔色悪くてさ。」


「ああ、毒を隠し持とうとして口の中に入れていた。あれは放っておいても勝手に死ぬから気にしなくていい。」


 猫は思ったよりも長文で返事をした。絶対に聞き間違いではないと確信できる長さだった。


「・・・マジ? ルビーってやっぱり喋れるんだね。」


「お前が聞けるようになっただけだ。」


 猫はそう言うと戻ってきたユウマを見て目を閉じた。今日は俺とユウマの間で眠るらしい。


「どうしたの? またルビーがなんか喋った?」


「うん。・・・お腹空いたってさ。」


 俺は咄嗟にそう答えた。刺客が勝手に死ぬというのなら本人の耳に入れる必要はないだろう。ユウマは笑いながら猫を撫でて言った。


「さっき食べたばかりじゃない。勉強が終わったらおやつあげるからちょっと待っててね。」


 気のせいか猫に睨まれた気がした。やっぱりこの猫は人間の言葉を理解してるんだ。


 口に毒を隠していたというメイドは数日後何かの病気で急死した。昔からユウマの周りには不自然にけが人や病人や事故が多いのはそういう事だったんだろう。


 この日から俺は時々ルビーと話すようになった。ルビーは基本的にユウマにべったりと張り付いているので、ユウマに気が付かれないように話すのは難しい。


「なんでルビーはユウマを守るの?」


「愛してるから」


「猫なのに?」


「猫じゃにゃい」


 ルビーとの会話はまるでなぞなぞみたいだった。まあ猫だからしょうがないけど。


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