1.可愛い少年
ユウマとシャルルと王家の護衛と一緒に師匠の家を出て、半日で後続のドーナー家の護衛が追い付いてきた。それも当然で馬車はずっと歩くのと同じぐらいのスピードしかだしていない。町に入ると子どもが横を追い越していくのを見てうんざりした。
そしてまだまだ陽が沈まない時間なのに、王家の護衛が村人と揉めていて馬車がちっとも動き出す気配がなかった。
「シャルルちょっと見てきて。これじゃいつまで経っても王都に戻れない。」
私がイライラしながら言うと、シャルルはちょっと迷ったようだが大人しく馬車を出て行った。シャルルだって動かない馬車にうんざりしていたんだろう。ユウマは長い間目を瞑ったまま動かない。眠ってるわけではないと思うけど。
「ユウマ疲れた?」
声をかけるとユウマが目を開けた。猫でいた時より顔が近いことが嬉しい。
「いや、退屈なだけ。でも慣れてるよ。」
ユウマは自嘲するように笑った。確かにこれまでユウマが理不尽に待たされている姿は何度も見た。理由はすべて嫌がらせだ。平等主義が王家に与えた影響はあまりにも大きい。
「そっか。」
私は笑顔で相槌を打ってそっとユウマの手を握ったがユウマは無反応だった。私が猫だった時はすり寄ると笑ってくれたのに。
しばらくするとシャルルが渋い顔で馬車に戻ってきて言った。
「ダメだわユウマ。今日はここで泊まるって。」
「泊まるってどういうこと? こんな小さな村に宿なんてないでしょ?」
私の質問にシャルルはさらに顔を顰めた。
「そこにある家の住人を追い出して泊まるんだとよ。でも住人が嫌がって今王家の護衛と揉めてる。当たり前だよなあ・・・」
ユウマは無言でまた目を瞑った。どうやら今回ついてきた王家の護衛は王家が嫌いらしい。直接的な攻撃はしてこないが、間接的にならユウマが殺されても黙認するし、王家の評判を落とすための嫌がらせも積極的にするようだ。
「ドーナー家の護衛は何してんの?」
「ごめん。半分は王政に反対みたいであいつらの言いなり。残りは下手に内輪で揉めるより警備を優先するってさ。」
人数差を考えれば賢明な判断かもしれないが、護衛の意味がなさすぎる。いつもの私ならユウマとシャルルを連れてさっさと王城へ瞬間移動していただろう。だけど今の私はいつもの暮らしに戻ることが怖い。猫ならばユウマと常に一緒にいることが許されていたが、年頃の女の姿となった今それは許されないだろう。だけど私がユウマのそばを離れるとユウマはきっとすぐ殺されてしまう。
なら私がユウマのそばにいることを反対する人を全員殺せばいいのか、それとも誰にも近づけない場所にユウマと一緒に閉じこもればいいのか。
そのどちらも間違いだという事を、私は過去の経験から学んだ。だけど正解がまだわからない。だから少しだけ、このまま王城に着かなければいいのにと思っている。待たされるのは嫌だけど。
護衛と村人の言い争いはその後も長く続き、最終的には護衛の脅しで村人は家を出て行くことになったらしい。
「一体どこで寝ろって言うんだ! こっちには年寄も子どももいるんだぞ!」
「知るか! こちらには王族がいるんだ。お前らは道で寝ろ!」
外から聞こえてくるあんまりなやり取りにシャルルが深いため息をついた。シャルルにもユウマにもこの状況を口先で解決できるような度量はまだない。倍以上いる王家の護衛相手に勝てるような腕もない。二人はまだ子どもだ。
陽が沈み始めた頃ようやく本日の宿と称する家へ案内された。ちょっと大きいだけの普通の民家で、家の中には洗いかけの食器や針仕事をしていた形跡が残されていた。これじゃ強盗だ。
「まじかよ・・・」
シャルルが小声で呟いたが、王家の警備は今日はここから出るなと言って家を出て行ってしまった。夕食は携帯食料で済ませろとのことだ。あの村人と揉めている時間を移動に使っていれば、今頃宿のある町についていただろうに。
「まあ・・・取り合えず食べようか。この家の食料を食べるのも気の毒だし。」
ユウマはそう言ってテーブルに座り、携帯食料を広げ始めた。しばらく固くて塩分の多い肉を噛む音が続いた。なぜか私が申し訳ない気分になってきた。
「・・・足りないよね。どこか開いてるお店にでも移動する?」
私の提案にユウマは黙って首を振った。シャルルは行きたそうだったが何も言わなかった。
食後三人で家の中を探索してみた。当然普通の家なので見るようなものは何もなかった。シャルルは腰が痛いといって寝室のベッドに横になり、ユウマは座るのも横になるのもしんどいと言って台所の壁にもたれて立っていた。私もすることがなく食卓に座ってユウマを眺めることにした。
静かな家の中に外の笑い声が響く。どうやら護衛たちは外で宴会を始めたらしい。あいつら全員ぶっ殺してやろうか。
「・・・ルビー、ルビーはずっと僕と一緒にいてくれるの?」
唐突なユウマの質問にきょとんとしてユウマを見上げた。
「うん。ずっと一緒にいるよ?」
なぜ今更そんなことを聞くのだろう。でもそう言えば今のユウマには言ったことがなかったかもしれない。
「何があっても?」
「何があっても。」
私は力強く頷いた。それだけは自信がある。むしろユウマの魂から私を引き剝がせるものならやってみて欲しい。
「・・・僕が違う人と結婚しても?」
意地悪な質問だなぁ。でも可愛い。
「結婚なら許す。でも恋人は私だけ。」
私がそう言うとユウマは笑った。唇を歪ませたような笑いだった。
「どうしてルビーがそんなこと決めるの? 僕の人生なのに。」
「・・・ユウマが生まれた時から王子で今更変えられないように、私とユウマが一緒になることは生まれる前から決まってる。」
私が数百年前にそう決めた。
「王子であることだって変えられるよ。ルビーだって・・・」
うん? どういう意味?
「僕は遠くに行きたいんだ。王家とは関係のない所で普通に暮らしたい。もう憎まれ続ける人生は嫌だ。」
傷ついたように顔を伏せるユウマに胸がキュンとした。私が守ってあげるのに。
「じゃあこのまま二人でどこかに行こう? どこへでもユウマの行きたい所へ連れて行ってあげる。」
頭の片隅にユウマの姉のことが思い浮かんだがすぐに打ち消した。これは仕方がない事だ、だってユウマが望むならば私は何でも叶えたい。
「・・・ルビーと一緒じゃ嫌だ。」
悪い子だ! なんて我儘な子なんだろう! お尻を打ってやろうか・・・なんて。
ここでそれを実行に移すと、ユウマの心がすごく遠くに離れてしまうことを私は知ってる。だてに数百年追いかけまわしてない。
「さすがそれは無理。私と一緒に全てを選ぶか、我慢してそれなりに生きるかかな。」
まあどっちにしろ私はついてくるけど。
「・・・一人になりたい。自由になりたい。」
拗ねたように床を蹴りながら言うユウマは本当に可愛い。反抗期の少年可愛い。
「なら力をつけないとね。王族として生まれた以上、どこに行ったって一生命は狙われるよ。お金とか権力とか信頼とかで自分を守らないと。」
まあ私がいれば全部あげるけど。でもそれはユウマが私を選んでくれてからの話だ。
「・・・今の王家には全部ないなあ。」
ユウマはつまらなさそうに呟くと部屋を出て行ってしまった。おそらくもう眠るのだろう。私は追いかけなかった。
私を選べば全てが手に入るのに、どうしてユウマは私の手をとることを躊躇うのだろう。こんなに美少女で魔力が強いのに。私はなんだってできるのに、選ばない理由がまったくわからない。
”性格悪いからだよ”
かつての夫の声が聞こえた気がして宙を睨む。いつの間にかパルは北の国から王都の南に移動していた。師匠と北の国の変なのは変わらず北の国にいる。今状況はどうなっているのか気になったが、直接行って確かめる気にはならなかった。どうせみんな私の味方じゃないし。
考え事をしている私を外の騒音が邪魔する。あいつら殺したら何か問題あるかな? 御者と雑用役で二人ぐらい残せば別にいいんじゃないかな・・・あ、それをユウマに見られたら怖がらせてしまうか。怖がらせると好きになってくれないからなあ・・・
私は考えるのを諦めて家全体に防御魔法をかけて空いているベッドで眠った。




