5.魔女と神
数日かけてシバや使用人から聞き出した所によると、シバはこの国では紛れもなく神だった。赤ん坊の頃に神殿に拾われ、あっという間にここまで成長したらしい。
「マリアは何が好きですか?」
今日もシバはにこにこと笑いながら私に質問を繰り返す。だんだん子どもの相手をしているような気分になってきた。
マリアはどの魚が好きですか?
黄色い花は好きですか?
白い服も素敵ですが、青い服もいいですよね。
シバが話す内容はとめどなく、どうでもいい事ばかりだ。それでもこの国の人々からは崇められ、戯言は神託として重んじられているらしい。息をしているだけで愛されるなんて羨ましい限りだ。
取り合えず確認の為に夜シバの服を引ん剝いてみた。嫌がって暴れるシバを押さえつけて確認してみた所、シバには男性器も女性器もなかった。ただの排泄器官しかない。体格が成人男性なので男だと思っていたが、どうやら神に性別はないらしい。
「ひどいよマリア、どうしてこんな事するの?」
赤い顔をした涙目のシバは可愛かったので、頭を撫でてその日は手をつないで一緒に眠った。すぐに何もなかったかのように安らかに眠るシバの顔を見つめながら、私は迷っていた。
シバの中には確かにかつての男が見える。平和な世界であればシヴァはこんな風に笑ったのかもしれない。そう思うと目が離せなかった。優しい男を悪魔にしたのは人間と悪魔だ。シヴァはそれが嫌で神になったのかもしれない。
「マリア、お菓子をもらったから一緒に食べよう。」
あくる日、相変わらず縁側で桜を見ている私の元へシバがやってきて言った。後ろからお茶を盆に載せた女がついてくる。今日も見たことがない女だ。ここ数日の観察でこの家には沢山の男女がシバの世話をするために通ってきていることがわかった。女は家事を、男は警備や力仕事などをしているようだ。そして揃いもそろって私と話すことを拒否した。どうやら私はシバ以外には嫌われてしまったらしい。
「今日は随分若い子だね。」
私の前にお茶を置いた女の手がびくりと動きお茶が零れてしまった。女は小さくすみませんと呟くとどこかへ走っていった。まだ少女と言っていいような歳だ。
「マリア、濡れなかった?」
シバが相変わらずにこにこと私に聞いた。シヴァならきっと自分で布巾を取りに行くか、魔法ですぐに乾かしたはずだ。シヴァは自分の手を動かさない貴族を嫌っていたから。
少女はすぐに戻ってきて口を真一文字に結びながら床を拭いた。頑なな表情になんだか可哀そうになる。
「あんたこの男と一緒にいて幸せ?」
少女は目を見開いて私を見上げたが、すぐに目を伏せて下がってしまった。人の幸せをごちゃごちゃ口出すなんて野暮なことだ。だけど言わずにはいられなかった。こんな張りぼてのような男といて、本当に幸せ?
「ねえ、シバ。私のこと好き?」
「好きだよ。」
曇りなき眼でシバは言う。その青い目はどこまでも透き通っていてただ私だけが映っている。
「じゃあ今から一緒にユウマの所に行って殺してこようか。私がいれば瞬間移動ができるし、力を合わせればすぐに殺せると思うよ?」
「本当?」
シバの目が輝いた。人を殺す話も、好きな食べ物の話も、この男は同じ顔で喜ぶ。
「うん。だからシバは私だけのものになって。二人だけで一緒に暮らそう?」
とびきりの甘い声で、甘い顔で私は言った。悪魔の誘惑というやつだ。
「ダメだよマリア。私はあなたを愛してるけど、他の人も同じように愛してるんだ。」
「他の人って?」
薄々感づいてはいたが、面白くない話に私は顔を顰めた。
「沢山だよ。美しい人、私を愛し敬ってくれる人、私はその人たちの為に生きなくてはいけないんだ。」
そういうシバの目は相変わらず透き通っている。
「そう。でも私は悪魔だから我儘なの。」
「ごめんねマリア、私は神だから。」
そう言って微笑むシバを見て、私は、神なんて愛せないことを知った。
「・・・ねえシバ。今日拾ってきた男の子も素敵ね。」
私がにっこりと微笑みかけるとシバも嬉しそうな顔をした。
「そうなんだ。わざわざ私に会いに遠くから来てくれたんだって。」
シバはそう言うと庭の隅で掃除をしていた男の子を手招きした。まだ二十歳ぐらいの男がおずおずと私と桜の間に立った。シバがその子の肩を抱いて言った。
「可愛い子でしょう? マリアも仲良くしてね。」
私もにっこりと笑って右手を前に突き出した。そして強い風で名前も知らない男の子の首を切り落とした。噴き出した血でシバが赤くなる。頭を失った体を支えながらシバは転がる首を追いかけようとした。その滑稽な仕草に思わず笑ってしまった。
「マリア? どうしてこんな事をするの?!」
血塗れでわからないが、今もシバの目は青く透き通ってるんだろう。
「だって私は悪魔だし。仕方ないじゃない?」
可愛らしく小首を傾げてみたが、シバはこちらを見なかった。男の子の体を地面につけずに頭を拾うとしている。何で魔法を使わないんだろう。
私は立ち上がってシバに近づいた。シバがやっと私を見た。相変わらず両手で血まみれの男の子を抱いている。近くで見たシバの目は怒りも恐怖もなかった。ただ驚いているだけだ。そうか、神も泣かないのかもしれない。
私は右腕をシバの胸へと突き刺した。シバがやっと男の子を手放した。
「・・・マリア?」
シバが不思議そうに私を見る。私は胸の中を掻きまわしてシバの魔力の源である黒い石を探した。そしてそれを引き抜くとシバの体がゆっくり崩れ落ちた。シバは最後まで不思議そうな顔のまま死んだ。自分の体を治すという発想もないようだった。
「これは私のなんだよ、坊や。」
掌に載せた黒い石を見ながら私は最後にシバへ告げた。数百年ぶりに手にした懐かしい石は以前よりずっと縮んでいた。だけどこれは私のものだ。誰にもやるつもりはない。
物音に振り返ると、少女が腰を抜かしていた。恐怖のあまり声もでないらしい。そうだ、人間ならその反応が正常だ。悪魔なら笑うか怒るし、天使もたぶんそうだろう。でも神はダメだ。あんな空っぽな奴に私の男は渡さない。
強い風が吹いて桜の花が舞った。本当はあと数日、散りきるまでこの桜を見ていたかった。この桜はなぜか魔力を宿していて信じられないほど美しい。私が無駄にここに居座ってしまった最大の原因だ。
「さようなら」
桜にだけ告げて私は自分の家へと飛んだ。結果的にルビーの味方をしてしまった。まあいっか。




