3.花見酒(パル)
久しぶりの北の国の空気はあまり変わっていな気がした。山が近いせいか緑の匂いが濃い。以前来たのは国境沿いの小さな町だったが、どうやらここは更に山奥の町らしい。四方を山に囲まれている風景は初めて見るものだった。塀の中からは朝食の支度をしているような音が聞こえる。以前見た町に比べると家の間隔が広いのでここは金持ちが住んでいるんだろう。
「ようこそ悪魔さん。」
後ろから声をかけられて振り返ると、髪の長い男が立っていた。美しいと言ってもいいような外見だが、どうにも得体がしれない相手だ。
「どうも」
敵意はなさそうなので取り合えず近寄って握手をした。近寄ってみても男は天使で悪魔だ。一体何者なんだろう。
「シバと申します。マリアさんのお知り合いですか?」
シバに促されてなんとなく一緒に歩きだした。
「ええ、まあ。」
昨日会ったばかりだが知り合いで間違いない。まだよく知らない人ではあるけれど。
「マリアさんに恋人はいらっしゃいますか?」
「はい!?」
思わず声が大きくなった。立ち止まってシバを見ると、シバはきょとんとした顔をしていた。
「・・・そこ気になります?」
「はい。とても美しい人なので。」
シバは幸せそうに微笑んだ。あ、こいつ変な奴だ。
「・・・知らないです。でもたぶん、いないんじゃないですかね。」
それを聞いたシバは嬉しそうに笑った。
この男は天使で悪魔で、国の王子を暗殺しようとしている奴だ。こんな平和そうな町で暮らしているくせに何が不満なんだろう。
「シバは、なぜユウマを殺そうとしてるんです?」
道端で唐突に聞く質問とは思えないが、取り合えず思いついたので聞いてみた。こういう所、ルビーに感化されているなと思う。
「ユウマが王になるとまたこの国が戦場となります。それを阻止したいだけですよ。」
シバは当たり前のように言った。前回この国の兵を大量に殺したのは僕だけど・・・まあそれは言わなくていいか。
「そうなんですか? 今のところはボケッとした少年ですけど。」
「今はそうでも、未来は暴君になりますよ。」
「それは予知ですか?」
「はい。私は神なので。」
神?! 神とは何だったかを考えていると、シバは小さな木戸を潜って屋敷の中へ手招きした。木戸の横にいる男は警備員の様だったがまるで僕を見えていないかのように無視した。
どうやら屋敷の裏口だったらしい。建物沿いに曲がると大きな庭に出た。あちらの国とは趣が違うが、これはこれで奇麗なものだ。満開の桜が美しい。
「ああ・・・眠ってしまわれたのか。」
シバの呟くような言葉に目をやると、師匠が木のテラスに横になって眠っていた。外で眠るとは、しかも敵かもしれない相手の庭で眠るとは緊張感がないにも程がある。
シバは慈しむように眠っている師匠を眺めた後、布団をひいてくると言って屋敷の中に入っていった。所在なく僕も師匠の横に座って寝顔を眺めた。確かにそれなりに美しい人だが、ルビーに似てるという点で僕はナシだ。
シバはしばらくすると戻ってきて大切そうに眠っている師匠を抱き上げて屋敷の中へ消えた。桜を眺めながら待っているとシバが戻ってきて言った。
「美しい方ですね・・・」
うっとりと言う男になんと返事していいかわからず僕は言葉を濁した。
「えっとそれより・・・神ってなんですか?」
「神とは私のことです。天使であり悪魔であるということはそういう事です。」
シバは相変わらず微笑んでいる。
「神だから未来が分かり。この国を守る為に先にユウマを殺すという事ですか?」
「そうです。」
「・・・ユウマにはうるさい魔女がついているので、そう簡単には殺せないと思うんですけど、魔女ごと殺します?」
「必要があれば。」
僕はシバから目を反らしてルビーを守る必要があるかどうかを少し眠くなってきた頭で考えた。たぶんない。僕の妻だったルビーは死んだ。
「じゃあ・・・僕は逃げますね。関係ない戦いに巻き込まれるの嫌なんで。」
「賢明ですね。私もあなたを殺さずにすむ。」
シバは微笑んだ。
「師匠がどちらにつくかも見えてるんですか?」
「師匠?」
「あ、マリアです。マリアはユウマについている魔女の師匠なんですよ。普通に考えると師匠もユウマ側につきそうなんですけど。」
シバが初めて困ったように眉を寄せた。
「そうなんですか・・・彼女に関しては何もわからないです。ただ、美しいとしか。」
何言ってんだコイツ。僕は呆れて早々に離脱することを決めた。最終的にはみんなで殺し合いになるんだろうけど、僕が参加する意味は一つもない。
「じゃあ、師匠に挨拶して帰ります。」
そう言って立ち上がるとシバは首を振った。
「先程眠ったばかりですので起きるまでお待ちください。」
「・・・いつ起きるんです?」
「そのうち起きますよ。」
シバが有無を言わさない顔で微笑んだ。笑った顔以外見せないつもりなんだろうか。
「・・・・・・あっそ。」
抵抗するのも面倒で諦めて桜の木を眺めた。まあ花見だと思えばいいかもしれない。別に急ぐ必要もないし。
「何か入用のものがございましたら用意いたします。」
「では、酒を。」
シバは黙って頷くと立ち上がった。朝から酒を飲むことには反対しないらしい。さすが半分悪魔というべきか。天使だって結構適当だったしな。
僕はシバが持ってきてくれた変わった酒を飲みながら、自分の死に場所について考えた。さすがにもう長くは生きられない。以前はそれが怖くて少しでも先延ばししようと100年以上眠ってみたが、目が覚めてみたらどうでもよかった。いつかは死ぬんだ。
いつの間にかシバはいなくなり、僕は一人で桜を見ながら酒を飲み続けた。少しだけ、今死ぬのも悪くないと思いながら。




