北の国事変⑨
数日後、夜遅くにリチャードが緊張した面持ちで部屋に入ってきた。
「お待たせいたしました。準備、整いました。」
僕は礼を言って立ち上がり、リチャードの案内で屋敷の地下へと続く暗い階段を降りた。
「地下牢を改造いたしました。こちらで如何でしょうか?」
リチャードの顔はろうそくの光に照らされて相変わらず強張っている。
「いいんじゃない? こんなちゃんとしたベッドは要らなかったけど・・・」
僕が諸々の見返りとしてリチャードに要求したのは堅牢な個室だ。人目につかない場所にあって石で出来ている小さな空間が望ましい。まさか屋敷の地下を案内されるとは思ってなかったけど。
「本当に、もうお会いできないのでしょうか・・・」
リチャードは悲痛な顔で言うが、百年以上前に生まれた人間に会えたこと自体がおかしかったんだ。
「・・・シャルの相手だけどさあ」
ベッドに腰かけてそういうとリチャードがパッと顔を上げた。
「僕は三人のうちの誰かだと思ってるんだ、Tシャツで戦ってた奴か馬丁か捕虜。リチャードはどれだと思う?」
リチャードはとびきり嫌そうな顔をした。全員嫌なんだろう。
「・・・相手が平民になることは覚悟しておりましたが、何故その三人なんです?」
「悪魔のカン。外れたらドーナー家の子孫の言う事をなんでも一つだけ聞いてあげるよ。」
ニヤニヤしながらリチャードの顔を覗き込んだが目を反らされた。
「・・・じゃあ、その三人のうちの誰かであれば、パル様が望むものをなんでも一つ差し上げますよ。」
リチャードはそう言って苦笑したが、僕がその結果を知るのは何十年も先の話だ。別にいいけど。
「あの、最後にお伺いしてもよろしいですか? ルビー様は・・・」
リチャードは僕が持っている赤い石を見て言い淀んだ。リチャードも今はそれなりの魔力があるんだからわかっているはずだ。
「奇麗だろう?」
僕はそれだけ言うとリチャードを部屋の外に追い出した。ろうそくの灯が消える前に眠る準備を整えなくてはいけない。なんせ100年も眠るのは初めてだし。
まず部屋全体に防御魔法を張った。これでもし攻撃されて屋敷が吹き飛んでもこの部屋だけは残る。次に遮音魔法で外の音を消す。そして弱いが持続性がある回復魔法をかけた。その上で時間の流れを遅くする魔法を重ね掛けする。後は何だったかなあ・・・チラリと赤い石をみても何も喋りそうになかった。
まあいいかと呟いてベッドに横になりシーツを頭から被った。起きた時顔に埃が積もってるのは嫌だ。これで最後に自分に睡眠の魔法をかけたら終わりだ。
本当はこのまま魔力を使い切って死ぬのもいいと思ったりもした。だけどシャルが男とイチャついてるのを見るのも嫌だし、ルビーも死んで暇だし、ドーナー家も当分大丈夫っぽいし。
自分でもこんなにこだわっているのはおかしいと思う。だけどルビーに言わせればそれが悪魔だそうだ。どこまでも執念深く粘着しすべてを手に入れようとする、それが悪魔の愛だとあの魔女は言っていた。そしてルビーはその通り生きて死んだ。また生まれ変わっても同じ魂を追いかけるんだろう。僕ももう少しこの先のドーナー家を見たい。魔女に比べたら細やかな願いだ。
きっと悪魔の願いなんて、叶わない方がいいんだろうけど。




