北の国事変⑧
リチャードは夏季休暇を大幅に切り上げて王都に戻ることになった。帰りの二人きりの馬車の中でリチャードは言った。
「ルビー様は一緒じゃなくて良かったんですか?」
「本人がその気になればすぐに飛んでこれるからね。僕たちはお互いのいる場所がなんとなくわかるし・・・」
「さようでしたか。お二人には強い結びつきがあるのですね・・・以前うちの娘を、なんて話をしてしまい申し訳ございませんでした。」
リチャードが律儀に頭を下げた。どうせそこら辺はルビーが唆したんだろうから別にいいのに。
「気にしないで。ドーナー家じゃなければ僕も気にしなかった。」
そもそもドーナー家がここになければ、僕が北の国で大立ち回りを繰り広げることもなかった。不思議なもんだ。
「あの・・・この機会にパル様に御伺いしたいことがあるのですが。」
「何?」
「お二人はどうしてドーナー領にいらっしゃったんですか? 偶々ですか?」
「どうしてって・・・山の向こうから人が来たなんて面白そうなことを聞いたからだけど。野次馬ってやつだね。」
「失礼ながら、あの時点でそれを知っている者はシャルや私を除けば極少数のうちの使用人だけだったはずです。お二人は、次の日にはドーナー領に来られてましたよね・・・?」
”今まで誰も越えられなかった北の山の向こうから人がきた。”
そう僕に教えたのはルビーだった。
僕はリチャードから目を反らし大きくため息をついた。
「あのクソ女っ・・・!!」
食いしばった歯の間から思わず声が漏れた。この話を僕に教えたのはルビーだ。ルビーは全部知ってて僕をここへ誘導したんだろう。だがどうやって? 当時はまだ瞬間移動が使えなかった筈だ。ルビーはどうやって女がこちらに来たことを知ったんだろう。そんなに長時間離れたこともなかった筈だ。
「・・・ルビーは最初から知ってたみたいだね。後で殺してでも吐かせるよ。他に質問はある? この際だから気付いたことは言ってみて。」
「ルビー様は・・・なぜ巫女を殺したんでしょうか?」
「フられたからじゃない?」
「パル様がいるのに?」
リチャードが不可解と言った表情で僕を見た。そうか、普通の人間はそうなんだろうな。
「別にルビーは僕を愛してないし、僕も特にあの魔女は好きじゃない。ルビーは昔からあのユマって子が好きすぎておかしくなってるんだよ。まともじゃないから理解できなくていいと思うよ。」
だがリチャードはまだ納得できないという顔をしている。
「僕とルビーはね、カードの裏と表なんだ。お互いを見ることもなく抱き合う事もないけど、いつだってぴったり背中合わせでくっついてる。ただの腐れ縁だよ。」
「お互い鏡のような存在、ということでしょうか。」
「そうだね。鏡に向かって愛してるだなんて気持ち悪いだろ?」
リチャードは乾いた声で笑った。ようやく伝わったらしい。僕も満足して手元の紙に目を落とした。ようやく完成した国への報告書だ。先に時系列毎に起った出来事を箇条書きにしたものを簡易速報として提出し、次にこの分厚い束のものを提出する。簡易速報は事実のみだが、この報告書は各自の考えや後悔などがもりだくさんの物語のようになっている。事実と情、この二つを駆使しなければ納得しない面倒なやつらが国の上層部には沢山いるのだ。
「しっかし、こうやって読むと僕すごい悪魔みたいだね。」
「パル様はすごい悪魔だと思いますよ・・・」
「次に会うドーナー家当主はこれ読んでクーデター起こしたいとか言わないかな? 別にやりたいなら手伝ってもいいけど。」
「・・・やらないように家訓として残しておきます。」
「別にいいのに。」
僕が笑うとリチャードは苦笑した。リチャードは王都についたら休む暇もなく今回の顛末を説明して回らなくてはいけない。こんな風にのんびり話せるのはこれで最後だろう。
「なんで山の向こうを領地として貰わなかったの? 今回の件はドーナー家の手柄になるはずでしょ?」
「山を越えてきた者たちと戦ったのはうちの警備隊と国王軍の二組です。うちの手柄だけを主張するのは少し問題がありますし・・・正直、領地が広くなりすぎることへの懸念もあります。」
「普通の領主は領地が広がることを喜ぶはずだけどねえ。」
「・・・内緒ですが、うちは代々の教えでいつでも独立できるようにしているんです。例え王都が滅びてもうちの領だけは生き延びられるように。」
「・・・なんかわかるよ。僕が知ってるドーナー家の人達ってみんなそんな感じあった。」
「そうなんですか? 詳しく伺いたいですね・・・」
そんな和やかな会話をしている内に王都のドーナー家の屋敷に着いた。中に入るのは随分と久しぶりだ。
「私は出かけますがどうぞゆっくりして下さい。」
リチャードはそう言い残して慌ただしく出掛けて行った。僕は案内された部屋に入ってため息をついた。姉さんが死んだ部屋じゃないか、まったくもう。
その日は軽く飲み物を飲んだだけで過ごした。これから100年眠るには準備がいるのだ。
「ルビー」
屋敷中が寝静まったころ窓際で小さくルビーを呼んだ。だけど魔女は現れなかった。今日じゃないのかと思いながらふとベッドを見ると、いつの間にかルビーが横になっていた。
ほんと、そういうとこ嫌いだよ。
僕はベッドに腰かけるとルビーを覗き込んだ。ルビーは焦点の合わない目で天井を見てる。
「ルビー、死ぬ前に答えて。本当はずっと瞬間移動できてたの?」
「・・・あんなの誰だってできる。」
「僕はできなかったよ。」
「パルは、いつも必要最小限の魔力しか使おうとしないから。普通の三倍ぐらいの魔力を使えば出来た。」
僕にはそこまでして移動したい場所はなかった。ルビーにはあった。そういうことなんだろう。
「最初から教えて。巫女に最初に会ったのはいつ?」
「七年前、パルが目覚める少し前・・・」
七年前、ルビーは僕が目覚める少し前に起きた。そしてすぐにユマが生まれたのを知って北の国へ飛んだ。ユマはルビーを見てひどく取り乱し、ルビーを追い出すとすぐにこの国を抑え込むように魔法でカーテンのような幕をつくった。だがルビーはちょくちょくそのカーテンを突破し、眠っているユマの枕もとで語りかけていたそうだ。
「こわっ。なんで起きてる時に行かなかったの?」
「だってユマは私を見たら怒るから・・・」
「だからってお化けじゃあるまいし。」
「こう、深層心理に語りかけてたらいつの間にか私を好きにならんかなーと、思ったんだけどね・・・」
もちろんそんな事は起こらず、ユマはいつの間にか将軍の子どもを産んでいた。
「別にそれは良かった。ユマの子なら可愛いし。でも、ユマはどんどんおかしくなっていった。」
元々ユマは普通の女で魔法なんか使えなかった。だけどルビーが魂に絡みつくことで使えもしない魔法を使い、そのせいで増々おかしくなったらしい。負の連鎖がひどい。
「・・・ユマの子を殺したのは私じゃない。」
「もういいよその話は。それよりあのカーテンって簡単に通り抜けられたの?」
「あのカーテンは・・・こうちょっと切り目を入れてビャッとやったら通れた。往復するのはかなりの魔力を使うから頻繁には行けなかったけど・・・」
ルビーの焦点は相変わらず合わない。今僕が隣に居ること、わかってるんだろうか。
「それで? おかしくなったユマが将軍に開戦を進言して、それを止めようとした侍女がこちらの国に追放されたの?」
「うん。あの子は私が会った時は既に死にかけてた。何日も山の中をさ迷ってたみたい。近くに町があるのは知ってたけど怖くて近寄れなかったって言っていた。その時は興味がなくて偶々近くにいたシャルに任せた。後で明るい所でちゃんと見たらユマに似ててビックリした。ユマの親戚だったらしいね。」
「シャルが見つけたのは偶々なんだ?」
「そこだけは偶然。でもシャルを見てたらパルを思い出した。初めに攻められるのはドーナー領だろうから、パル怒るだろうなって。」
「・・・それはどうも、教えてくれてありがとう。」
「うん・・・あと都合よくパルが将軍を殺して悪者になってくれないかなとも思ってた。」
「だったら先にユマ殺したらダメじゃん。」
「そうなんだけど、私はいつもユマに会いたいから。」
ルビーはそう言うと僕を見てへらへら笑った。やっぱこいつ馬鹿だな。嘘が下手過ぎる。
「どうやったらユマは私のこと好きになるんだろー・・・」
ルビーがまた天井を見ながらぽつりと呟いた。
「生まれ変わって別人になれば?」
「それぐらいで好きになってくれるのかなー?」
「知らないけど。」
ルビーは今にも死にそうだ。元々僕より100年以上先に生まれてるし、魔力の使い方だって滅茶苦茶だ。何より僕に言ってないことも色々やってきたんだろう、ここ数年のルビーの魔力の石の縮み方は尋常じゃなかった。
「ルビーもうすぐ死ぬんだよね? 歌でも歌ってあげようか?」
「うた?」
「うん。悪魔の歌だっけ? 昔僕に覚えさせたの覚えてないの?」
”空よ大地よ 我らの友を眠らせろ 我らの怒りを眠らせろ
花よ星よ 流れて願いを叶えたまえ 我らを果てへと返したまえ ”
------僕らの果てはどこにあるのか。存在するなら行ってみたいもんだ。
「よくおぼえてたね。」
ルビーが僕を見て笑った。そして目を閉じると小さく「ユマ」と呟いて消えた。
砂が崩れるように悪魔の体は崩れて消えてなくなる。後に残るのは魔力の塊である石だけだ。ルビーの石は真っ赤でとても大きかった。これを僕の体に入れたら、僕はさらに巨大な魔力を手に入れられるけど。
「別にいらないしな。」
呟いて赤い石を指で突く。僕の体にはすでに魔王と言われた男の石が入っている。すでに人の限界を超えて長生きしている僕は、その魔王の石の力を使い切った時死ぬ。ルビーの体にもルビーの師匠である魔女が遺した石が入っていた。
一人になったベッドの上に転がって、さっきルビーが見ていた天井を眺めた。昔このベッドで死んだ姉さんを二人で見下ろしたこと、ルビーは覚えてないんだろうか。覚えててやったんだろうか。
「ほんっと悪趣味・・・そういうとこ、嫌いだよ。」
僕の妻は何も言わない赤い石になって僕のそばにいた。静かな夜だった。




