北の国事変⑦
次に目覚めたのは朝だった。ルビーは近くにいなかった。ちょっと眠り過ぎたかもしれない。
服を着て廊下に出ると使用人が驚いたように飛んできた。取り合えず食事の用意をしてもらうことにして、僕は屋敷の外に出た。よく晴れた日だった。今日は暑くなるだろう。
欠伸していると後ろから声をかけられた。振り返ると領主が立っていた。リチャードだったかな。
「パル様、お目覚めになられて良かった。食事の用意ができましたのでどうぞ。」
「どうも」
勧められるがままに出てきたものを全部食べているとリチャードは笑った。
「一週間もお眠りになられていたとは思えないですね。」
「そんなに寝てた?」
「ええ。途中で心配になって扉を壊そうかと思いましたよ。」
「悪魔は十年以上寝ることもあるから気にしなくていいよ。その間は邪魔されないように魔法かけてるから誰も入ってこられないし。」
「十年ですか・・・」
目を丸くするリチャードを横目に僕はもりもりと食事を平らげた。
「・・・ところでさ、暇なの? 僕が食べるの見てて楽しい?」
「あ、いえ。実はいま国への報告書をまとめておりまして・・・パル様のご意見も賜りたく。」
報告書かぁ、嫌いだったな。読めばわかることを長々質問してくる奴とかいてさ。
「・・・じゃあ折角だから、今の時点でリチャードがわかってることを教えて。僕がそこに補足する。」
何気なく名前を呼んだだけなのに、リチャードはなぜか嬉しそうな顔をして話し始めた。
「まずパル様が眠ってらっしゃる間に、我々は向こうの国へ行き和平条約を結びました。あちらは指導者がいなくなりかなり混乱しているようでしたので、しばらくはこちらを攻めてくる元気はないかと。捕虜のほとんどを解放したことも我々への反感を和らげる効果があったと思います。・・・道中かなり沢山の死体を見たのですが、あれはすべてパル様がされたのですか?」
「まあね」
「・・・さようでございますか。とにかく、あの国はほとんど滅んだと言ってもいいぐらい壊滅的なダメージを受けておりました。今王都ではあの国をどうするかで揉めておりますよ・・・まあこちらはどうでもいいですね。」
普通に考えれば褒賞としてドーナー家の物になりそうだが、まあどうでもいいか。
「あの国はどういう国だったの? 巫女がいるのは知ってる。」
「はい。巫女の言葉に従い将軍が国を治めていたそうです。ですが7年ほど前から巫女がおかしくなってしまったそうです。異様にこちらの国を怖がるようになり、それまでの聡明な巫女とは人が変わってしまったようだったと元従者が言っておりました。」
「従者? まだ生きてるのがいたの?」
「・・・ええ。最初にこちらの国に来た者たちを覚えていますか? 女一人と男三人です。女は巫女のお付きの者で、戦を止めようとして巫女の逆鱗に触れこちらに無理やり送り込まれたようです。男三人はそれを知って追いかけてきたのだと言っています。実はこの辺りは全てその三人のうちの一人から聞いた話です。」
「あの太もも撃たれてた奴?」
リチャードは頷いた。
七年前と言えば、僕とルビーが二十年近い眠りから目覚めた時だ。あの巫女がルビーの元恋人の生まれ変わりで、ルビーが目覚めたことに気付いて怯え始めたなら辻褄は合う。あのおかしなカーテンもルビーに存在を気付かれないようにする為だったとしたら。
「・・・本当に魔女の愛ってのは厄介だよね。生まれ変わっても追って来るなんて。」
「魔女? 巫女は魔女だったのですか?」
「半分ね。あの子はルビーが長年追いかけまわしてる元恋人なんだよ。愛してるって叫びながら殺しちゃって、泣きながら生まれ変わりを探してまた追い詰めるんだ。でもまあ・・・それが悪魔ってヤツだから。」
リチャードの視線が泳いでいる。聞きたかったのはこんな話じゃないんだろう。
「話が逸れたねゴメン。続けて。」
「いえ・・・私にはパル様とルビー様は愛し合うご夫婦に見えたのですが。」
「僕とルビーが?」
リチャードの言葉を鼻で笑う。
「僕とルビーが愛し合うわけないよ。僕らは必要があるから一緒にいるだけだ。」
「互いを必要としているなら、それは愛なのでは?」
僕は手のひらを上に向けて黙った。食事はとっくに終わってる。
「・・・失礼なことを申し上げました。私はただ・・・パル様に娘を貰ってもらえないかと少し考えたものですから。」
「絶対嫌なんじゃなかったの?」
「娘もそれを望んでいたようでしたので・・・出過ぎた真似を致しました。申し訳ございません。」
頭を下げるリチャードを見ながら頬を掻く。これがドーナー家でなければ僕は簡単に引き受けていただろう。でもこの家だけはダメだ。
「・・・血筋の話をしてるならさ、僕らはとっくに親戚なんだよね。」
リチャードが驚いたように顔を上げた。
「大昔、僕の姉がドーナー家の当主に見初められてね。だから、君たちは姉の子孫。」
「私たちが・・・」
「まだ僕が悪魔になる前に話だよ。ドーナー家はどっちかっていうと天使寄りなんだ。妙に顔がいいのが多いだろう?」
リチャードが苦笑した。リチャードだって若い時は相当モテたに違いない。シャルはあんまり可愛くないけど。
「なるほど。倫理的に難しいということですね。」
「倫理というより・・・見たんでしょ? 北の国の惨状。悪魔に愛された女がいたってだけで国が傾いた。悪魔は人を不幸にしかしない。」
姉だって僕のせいで結構しんどい人生を送ることになった。でも、だからこそ、姉が愛する人の子を残したという事だけが、僕の救いだった。姉が死にそうだということに気付いてから、僕はせっせと姉の体から痛みをとる魔法をかけ続けた。病気を治してはいけない、寿命を延ばしてはいけない。なるべく穏やかに、速やかに、僕の元から去ってもらわないといけない。じゃないと悪魔が姉を地獄へと落としてしまう。
「僕が生きてる限りドーナー家は存続させる。これは僕の為だ。」
「・・・パル様がいなければ今回の勝利はありませんでした。ドーナー家当主として、厚く御礼申し上げます。」
リチャードが改めて頭を下げた。僕は何も言わずに部屋を出た。なんだかおかしなことを話してしまった気がする。報告書どうするんだろ。
夜、改めてリチャードの元を訪ねると一人で書類に埋もれていた。
「報告書かけた?」
「いえ、まだです。やはりどうしてもパル様の事を書かないと話に無理がありまして・・・」
「だよね」
僕はソファに座ると簡単に経緯を話した。山を越える際いくつかの攻めてくる集団とすれ違ったこと、巫女のいる建物に直接乗り込んで皆殺しにしたこと、しばらく待っていると大将が軍を引き連れて山をこえようとしていたので、こちらも大量に殺したことを伝えた。
「大将というのは2mを超える大男のことでしょうか?」
「そうだね。バカでかくてなかなか死ななかったね。あれが将軍だと思うよ。」
「ええ、あの国では勝てる者のいない武芸者だったそうです。巫女の夫でもあったとか。国の要である二人が亡くなりその子どもも殺されたとあってはもうあの国はダメですね。」
「ふーん・・・僕のことは悪魔として何を書いてもいいけどさ、ルビーの名前は出さないで欲しいんだけど。」
「承知しました。」
「別にかばってるとかじゃなくて、ややこしいでしょ単純に。」
「承知しました。」
淡白な返事に鼻白んで立ち上がりリチャードの手元を覗き込んだ。僕が話した内容をすごい勢いで書き留めている。
「・・・仕事し過ぎじゃない? 領主の仕事と銀行と国の財務の仕事してるんだって?」
「ええ、まあ。それがうちの仕事なので。」
「そんなハードル上げるから娘がモテないんだよ。」
リチャードが手を止めてなんだか情けない顔で僕を見上げた。
「気にしてるんですよ? 私もシャルも・・・」
「国の財務系は優秀な人に任期制で任せなよ。悪いけど姉さんの血はポンコツなんだから、これからはポンコツな人間がどんどん生まれると思うよ?」
リチャードはひどく困った顔をして天井を眺めまわしている。その隙に僕は今回の報告書らしき紙の束を取った。
リチャード自身の行動を時系列で書いたもの、警備隊の行動を書いたものがまとめられていた。これに僕の行動を合わせれば完成だが、完全にバラバラで時計も見ずに動いていたのだから合わせるのは大変だろう。加えて軍も別で報告書を作るはずなのでそちらとの整合性もある。
「手伝ってあげようか?」
書類を捲りながら言うとリチャードは狼狽えたように立ち上がり、僕の手から書類を取ろうとした。
「いえいえ、私の仕事ですので。王都に戻れば手伝ってくれる部下もおりますから。」
「僕だって貴族の息子なんだから国に出す書類ぐらいかけるよ。」
「・・・途絶えたというソドム家のご子息ですもんね。」
「いや、そっちとは関係ない。本当の名前は教えない。」
ニヤッと笑っていうとリチャードは寂しげに笑って腰を下ろした。
「承知しました。正直助かります。今回のことは完全に想定外で仕事が溜まってるんです。部下も夏季休暇を取っていますし、もうパンクしそうなんです。」
「いいよ。その代わり頼みをきいてもらうからね。」
「何なりと。私の命でも差しあげますよ。」
「いらない。君は長生きしてあのポンコツ娘をどうにかして。」
「ポンコツって言わないで下さいよ・・・」
夜中の静かな部屋に僕らの笑い声が響いた。少しだけ、ルビーはどこに行ったのかなと考えた。




