北の国事変④
酔って寝ている領主は放っておいて僕は一人で与えられた部屋に戻った。しばらく眠ってふと目を開けるとルビーが横で眠っていた。なんとなく安心してまた眠りにつくと、目が覚めたのは昼過ぎだった。僕たちにしては早い方だ。
服を着替えて廊下に出ると屋敷の使用人が寄ってきて領主が呼んでると言った。案内された執務室で領主は僕に向かって深く頭を下げた。
「これまでのご無礼をお許しください。」
ドーナー家の領主がここまで頭を下げることがかつてあっただろうか。
「別にいいよ。調べ終わったの?」
領主は強張った顔で頭を上げた。
「はい。宿帳に書かれていた住所は現在空き家でしたが所有者はドーナー家でした。調べるとパル・ソドム様から当時の領主が買い取ったことがわかりました。既に資産価値はないと言われていた家ですが、領主は恩があるからと反対を押し切り自費で購入したそうです。加えて144年前のパル様とルビー様の婚姻届書を確認しました。宿帳に書かれていた筆跡と同じと判断しました。当時のことを書いた資料にもソドム夫妻は紫の髪と目をした美しい青年と銀髪で赤い髪の美しい女性だったとありました。お二人の外見と一致します。」
「僕が長生きで昔の領主と知り合いだったってことが証明されたのかな?」
「仰る通りです。加えましてパル様にお伝えしないといけないことがあります。パル様は当銀行に特別口座をお持ちです。」
「・・・そうだっけ?」
「パル様はご存じないと思われます。王都の家を買い取った際、パル様と連絡が取れなかったのでこちらで勝手に作った口座だそうです。本来パル様のお名前を聞いてすぐに思い出さないといけない事でした。申し訳ございません。」
領主が再び頭を下げた。
あの家は売りに出したけど買い手がつかなかったような気がするけどなあ・・・買い取ってわざわざその代金を保管してるとは律儀な家だ。
「口座の詳細はまだ調べ切れておりませんが、それなりの金額となっております。ご要望があればすぐにでもご用意いたしますのでいつでもお申し付けください。」
「お金は困ってないから別にいいよ。」
「あって困るものでもありませんから。」
領主が愛想よく微笑んだ。ドーナー家が当時始めた銀行はいつの間にか国の機関となっており、領主はいま国営銀行のトップでありながら国の財政のトップでもある。実際なかなかやり手っぽい顔をしている。昨夜酔っぱらってた人間と同じに見えない。
「・・・二日酔いは大丈夫?」
そう聞くと領主は照れ臭そうに笑った。
「朝は頭痛がひどかったですが今は大丈夫です。パル様は酔わないのですね。」
「ほぼ酔わないねぇ・・・毒も薬も効かないんだ。悪魔や天使を殺すのは難しいよ?」
「殺すだなんてそんな・・・」
「僕だけじゃなくてね。あの北の山の魔法もそういう奴らがやったってこと。」
領主が探るような目で僕を見た。全てを疑うのは正しい。疑った上で正しいものを見極められたら素晴らしい。この男はそれができるだろうか。
その時廊下をバタバタと走る音が聞こえて領主は眉を顰めた。きっと何かあったんだろう。領主が扉を開けるとまだ若い男が息を切らせて立っていた。
「すみません・・・緊急事態です・・・」
男は肩で息をしながら言った。
「北の山から男三名が降りてきて軍と交戦しました。一人は死亡、一人は重症を追いましたが、残りの一人が逃げ、現在捜索中です・・・」
「領民に安全確保を伝えろ! 手が空いている者は武器を持ち町の警備にあたるように。 警備隊はどうした?」
「ただいま召集中です。」
「私は現場を確認する。町を警備する指揮権は警備隊長に任せる。行けっ!」
若い男はすぐに走っていった。領主は振り返って僕を見た。
「パル様、申し訳ございませんが私と一緒に来てもらえませんか?」
「いいよ。ルビーにも言っとく。」
軽く手を挙げて言うと領主は頷いてどこかへ行ってしまった。僕はルビーを起こしに部屋に戻った。
「ルビー、北からまた誰か来たらしいよ。ルビーも見に行く?」
「・・・なんで?」
ルビーは無理やり起こされたので機嫌が悪そうだ。
「どうも戦いが起こるっぽい。面白そうじゃない?」
「・・・どうせ手下でしょ? 向こうの大将が出てきたら呼んで。」
「あっそ。ここは山から離れてるから大丈夫とは思うけど、シャルだけは守ってね。」
「・・・なんで?」
ルビーが寝起きとは関係なく不機嫌になった。
「こっちの大将はあの子だもん。あの子が死んだらこの家途絶えるでしょ?」
「私そこまでこの家に思い入れないんだけど・・・」
文句を言いながらルビーがやっと起き上がって欠伸した。
「・・・まあいいや。いってらっしゃい。」
「行ってくるよ奥さん。」
まだ眠そうなルビーの頬にキスをして僕は部屋の外へ出た。普段は足音をさせない使用人たちがバタバタと走っている。戦いの前って感じで少し楽しい。
領主は簡易な防具と剣を身に着けて僕を待っていた。一緒に山へ向かう馬車の中でより詳しい経緯を聞いた。
ドーナー領の北にある山は王領とされているが、実質ドーナー家の管理下にある。特に山の中にある巨大な湖は国の大事な水源なため、軍とドーナー家の警備隊が半々で警備している。そこに見知らぬ男が三人現れた。服装からも普通の領民には見えなかったため呼び止めたところ剣を抜いて抗戦してきた。逃げた一人は山の中へ走っていったが、足が速く誰も追いつけなかったという。言葉は通じているようだったが、あちらが話しかけてくることはなかったそうだ。
馬車が湖のそばに着くと、領主は軍の責任者っぽい人間と話し始めた。僕は暇だったので地面に横たわっている二人の侵入者のそばにしゃがみ込んだ。一人は死んでいてもう一人は顔をしかめて呻いている。一番つらいのは太ももに入ったままの銃弾だろう。死にはしなさそうだけど痛いだろうな。
「山の向こうから来たのか?」
男は呻くのをやめて僕を睨みつけた。
「教えてくれよ。あの山の向こうにいるのは悪魔か? 魔女か?」
「・・・魔女だ。」
男は僕から目を反らし唇を噛んだ。
------なんだか面白いことになってきたぞ。
「殺してほしい?」
僕が笑顔で聞くと男は黙って頷いた。頼まれちゃったら仕方ないよねー。
領主は相変わらず厳しい顔をして誰かと話している。どうしよっかな。このまま放っておけばそのうち大軍が攻めてきそうだ。向こうの魔女の真意はわからないが、こちらを嫌いなことは間違いないだろう。取り合えず例のカーテンを壊してみようか。それとも僕一人だけで向こうの国に行ってみようか。
考えていると突然地面が揺れだした。揺れは徐々に大きくなり立っていられなくなった。そして腹に響く地鳴りの後に止まった。
「全員の安全確認急げ! 怪我人はいないか!」
軍人ぽい男が叫ぶと全員が慌てて動き出した。見える範囲ではけが人はいないが、音から察するにどこかで山崩れが発生したっぽい。いや、そんなことより。
突然息が吸えた気がした。頭の中がクリアになってなんでも出来る気がする。自分の体をみても何も変わってないが、今なら空も飛べそうだ。
「パル」
呼ばれて振り返ると屋敷にいた筈のルビーが立っていた。
「来たんだ。これってやっぱりアレ?」
「そうね。あの変なカーテンがなくなったみたいね。」
「気がついてなかったけど随分押さえつけられてたんだな。体が軽くなった。」
「うん。今ならどんな魔法も使えるよ。」
ルビーはどうやら早速使えるようになった瞬間移動でここまで来たらしい。突然現れたルビーを見て周りの人間が騒いでいるが無視することにした。
「・・・ところでさ、山の向こうから妙な気配がするんだけど。」
「はっきり言えばいいじゃない。私っぽい魔女がいるって。」
「ルビーに似てるけど・・・わからない。何なのあれ? むかし分裂とかしたことある?」
「あるよ。昔、心をあげた人がいる。」
ルビーは無表情にそう言った。少し面白くない話だ。別にいいけどさ。
「あっそ。ルビーはどうしたい?」
「殺さないとね。じゃないと殺されちゃう。」
僕が返事をする前に領主がやってきて僕たちを建物の中へと連れて行ったので、話はそこまでとなった。
「困りますよ。あんまり目立つことをしないで下さい。」
部屋に入るなり領主は言った。ルビーが突然現れたせいでルビーに銃を向ける奴がいたからそのことだろう。別に撃たれたって僕ら死なないけど。
「そういえばさ、魔法がより使えるようになったんじゃない?」
ふと思いついて領主に聞いてみた。この国にかかっていた魔法を制御する魔法が解けた今なら、きっと領主も使える筈だ。
「え、魔法? ・・・ああなんか、使える気がしますね。」
「昔のドーナー家の人間には、剣に炎を纏わせて振るうってのがいたんだって。なんかカッコよさそうだから練習しときなよ。」
「パル様、今はそんなことを言ってる場合じゃ・・・」
「戦いになると思うよ。」
僕の言葉に領主は動きを止めた。
「向こうの頭は僕らが叩くけどさ。他に何人いるかわからないんだよね。ここら辺が戦場になるのは避けられないと思う。」
「・・・大軍が攻めてくる可能性が?」
「あるね。すぐに援軍を要請して。」
領主は厳しい顔で頷くと部屋を出て行った。
「さて、僕らも行きますか。」
ルビーは頷いたが心ここにあらずといった様子だった。仕方ないので腕を掴んで一緒に山頂まで瞬間移動した。半世紀ぶりの移動は少し酔った。
「やっぱりカーテンなくなってるね。」
ルビーは話しかけても相変わらず浮かない顔で返事をしない。元恋人に会うのはそんなに緊張するんだろうか。
山は少し進むと下り坂に変わった。時々遠くの方で南に向かう殺気だった集団とすれ違った。雑魚を相手にしてもキリがなさそうなので無視して進む。少し開けた場所で見ると、山の向こうも山だった。だが山に囲まれた谷に小さな町があった。あんな少人数で攻めようとしてるんだろうか。それともここは前線基地で山の向こうにさらに大きな町があるんだろうか。
「・・・ユマ」
ルビーはそう呟いていきなり姿を消した。
「おいっ!」
怒鳴ってみても返事はない。相変わらず勝手な女だ。まあ最愛の人にまた会えるとなったら飛んで行ってしまっても仕方ないのかもしれないけど。
僕はため息をつきながら山を歩いて下った。見える範囲なら瞬間移動もできるけど、正直僕はルビーの元恋人なんか会いたくなかった。気が重い、面倒くさい。




