北の国事変①
強い魔力を持つ者同士は常に互いを意識している。たとえ会ったことがなくとも相手の居場所がわかるからだ。それ故ぼんやりとした仲間意識すらある。
僕は師匠を追って北の国へと飛んだ。ルビーは北の国にいるのは敵と見なしていたが僕にはそれはどうでもよかった。ただ、気配だけはずっと感じている相手が一体どんな顔をしているのか、何者なのかを見たかっただけだ。こういう所は僕は大昔から変わっていない。そのせいで歴史に残る偉業を成し遂げてしまった。
120年前も僕らは退屈していた。数年前に長い眠りから覚めたのはいいが、特に世界は変わっておらず興味を持てるものも特になかった。ダラダラした生活をしていた僕は、その話を聞いてすぐに飛びついたのだった。
”今まで誰も越えられなかった北の山の向こうから人がきた。”
この国の北は全て山だ。さほど高い山には見えないが、なぜか山の向こう側にたどり着いた者はいない。ひょっとしたらいるのかもしれないが、帰ってきてそれを広めた者はいない。だからもはや山ではなく壁のような物だと、長年この国に住む者は思っていた。世界は四角く、ここは神様が作った箱庭なのだと。
話によれば北の山から現れた男は、領主のお屋敷で丁重にもてなされているらしい。
「行ってみる?」
「楽しそうね。」
僕らはこういう時の意見はすぐに一致する。僕らは野次馬的に男が現れたというドーナー領向かった。
王都から馬車で半日移動すると、この国では王都の次に栄えていると言われるドーナー領に到着する。着いたのは夕方だったが商店の代わりに飲み屋が開き始めていて中々にぎやかだった。
僕らは飲み客に紛れしばらく周りの話を聞いたが、異邦人がやってきたという話は聞こえなかった。箝口令でも敷かれているのかもしれない。直接訪ねるのが早そうだ。
翌朝泊まった宿を出てぶらぶらと散歩のように領主宅の敷地侵入に成功した。それなりに働いている人間とすれ違ったが、気配を消していたので誰も僕たちに気がつかなかった。
「どこにいるのかな。」
「客間とか?」
「二階か?」
「知らんわ。」
そんな会話をしながら屋敷の庭を二人で歩いた。真夏なのに花木は瑞々しくうっとりするほど奇麗だった。二人で庭を眺めていると前方に男が現れた。赤茶の髪でこの家の人間だとわかる。40代に見えるのできっと領主だろう。
僕たちは男をチラリと見ただけですぐ庭に目を戻した。こんな見事な庭はなかなか見られるもんじゃない。
「失礼、どなただろうか。」
男は僕たちの10m手前で立ち止まりそう話しかけてきた。視線をやるとしっかりと目が合う。どうやら僕たちを認識できるようだ。
「ごきげんよう、領主様。素敵なお庭ね。」
ルビーが僕の後ろから勝手に返事をした。領主は後ろに刃物を隠していてすぐにでも攻撃してきそうだ。こういう状況がこの女は大好きなんだ。
「どうも。あなた方を招いた覚えはないんだが。」
案の定、領主はますます警戒を強めた。でも領主が僕らに勝てるとは思わないし、僕も戦う気がないので無駄なことだ。
「北の山から来たって奴を見に来ただけだよ。ここにいるんだろう?」
「・・・見世物ではない。」
領主の表情がますます固くなった。困ったな、僕らは暇を潰しに来ただけで人を殺しに来たんじゃないんだけど。
ふと横を見ると僕らに向かって刃物を構えている男が目に入った。斜め後ろに二人、前方には領主が刃物を隠している。囲まれた・・・ってほどの人数でもないけど。
「うーん、三人で僕らに勝てると思ってる?」
僕は両手を大きく広げて言った。ルビーは横で日傘を回しながらニヤニヤ笑っている。
「・・・ここの主は私だ。お引き取り願おう。」
「だからさー」
僕はため息をつきながら領主に近づいた。領主の肩に触れようと手を伸ばした瞬間、領主はナイフで僕の首元を切りつけた。わかっていたのに上手く避けきれず左頬を切られてしまった。見事なスピードだ。ルビーなら普通に切られていただろう。
「怖っ」
僕は笑いながら頬を拭った。傷口はすでにない。領主の顔がますます強張る。僕は領主の肩に片手を置いていった。
「知ってるだろ? ”ドーナー家には悪魔がいる”って。僕がその悪魔だよ。」
領主が僕の顔を凝視した。その時背後でなにやら水の音がした。振り返るとルビーが手から水を出して男を二人吹っ飛ばしていた。領主の肩が動こうとしたので、僕は強く握ってそれを阻止した。
「僕らは客だ。丁重にもてなしたまえ。」
領主は一瞬悔しそうな顔をした後、無言で頷いた。賢い男だ。絶対に勝てないことをこの短時間でキチンと理解したらしい。それを確認しルビーの方へ向き直る。転がっていた日傘を拾い上げて渡してやるとルビーは嬉しそうに笑った。
「暑いから水にしてみたんだけど地面がびしょ濡れになっちゃった。服が汚れそうだから抱いて運んで下さらない?」
「馬鹿か」
腕に絡みつくルビーをうまく払えないまま庭を出て屋敷の入り口に着いた。振り返ると領主はルビーに倒された男を介抱している。使用人に律儀な奴だ。
屋敷の扉を勝手に開けると使用人が僕らを見て立ちすくんだ。真夏に全身黒い服を着た男女は少し異様だろうから仕方がない。
「客だ。お茶の用意を。」
僕がそう言うと使用人は狼狽えてどこかへ行ってしまった。面倒だなと思っていると入口から領主も入ってきた。やけに疲れた顔をしている。
僕らは領主自らの案内で庭が見える部屋に通され、美味しいお茶を飲んだ。
「お名前を、お聞きしても?」
「僕は魔王、こっちは魔女。」
「ルビーって呼んで!」
ルビーだけがニコニコとしている。
「北の山からきた者に会いたいとのことですが・・・かなり衰弱しておりまして、会えるような状態ではありません。できるなら本日はお引き取り頂たいのですが。」
「治してやるよ。見せろ。」
「治す・・・」
領主の目が泳いだ。さっき目の前で見たんだから疑う余地はないだろうに。無言で領主をねめつけると領主は渋々といった顔で立ち上がった。
領主の後をついて二階に上がり、開けられた扉の中に入った。中には泣きはらした様子の若い女がいて、領主を見て「お父様」と言った。
「あれ、もう死んでるじゃない。」
ルビーが部屋の奥にあるベッドに近づいて言った。僕も近くまで行ってみると、短い黒髪の女がすでに息絶えていた。
「女じゃないか。」
「・・・治せませんか?」
「死んでるからね。なんだ・・・山の向こうの話、聞きたかったのに。」
「お父様? こちらの方々は・・・?」
娘が不審なものを見る目で僕たちを見た。明るい茶色の髪に茶色の目、二十歳ぐらいだろうか。おどおどと僕と領主を交互に見ている。
「お父様の客だ。お前は部屋に戻ってなさい。」
「あらいいじゃない、女同士で一緒に話しましょ!」
ルビーがそう言って娘の肩を抱いた。
「娘に触るな!」
領主が顔色を変えてルビーに掴み掛かろうとしたが、ルビーは人差し指を突き出して領主の行動を止めた。
「バンッ! はい終わり。はいもうあんた死んだー。」
ケラケラと子供の様にルビーが笑った。今流行りの鉄砲の真似だろう。ルビーなら鉄砲なんかなくっても相手を殺せるけど。
「・・・いい加減諦めろ。僕たちはいつでも貴様らを殺せるけど、今は殺す気がない。」
僕は領主の肩を抱いて微笑んだ。そのまま無言の領主を抱えるようにして部屋の外に出た。廊下に出ると領主は僕の腕を振り払い廊下の奥に向かって歩き始めた。途中で振り返って無言でつい来いという顔をしたので思わず笑ってしまった。さすがドーナー家領主だ、気が強い。
案内された場所はどうやら執務室のようだった。沢山の重そうな本に囲まれたそこはなんだか懐かしい気がした。
「座ってくれ・・・さっきの子の話をすればいいのか?」
領主は乱暴にソファに腰かけると僕を見上げた。僕も向かいのソファに座って足を組む。
「そうだね」
「名前はユマというらしい。二日前たまたま遠出をしていた娘が山のふもとで倒れているのを見つけて連れ帰った。すでに衰弱が激しくまともな会話はできなかった・・・後は見たとおりだ。」
「国への報告は?」
「まだだ。彼女が本当に山の向こうから来たかどうかもわからんからな。」
言った後に領主はフッと笑った。
「魔王が国への報告を気にするのか?」
「僕はドーナー家の悪魔だからな。いざとなれば国ぐらい滅ぼしてやるよ。」
「・・・なぜ? 私が知っているのは”ドーナー家からはいつか悪魔がでてくる”という言ってみれば悪口だけだ。この家に悪魔がいるというのは聞いたことがない。君は・・・この家の何なんだ?」
「悪魔だよ。少しだけこの家に縁がある。」
「・・・縁とは?」
「ナイショ」
僕は人差し指を立てて首を傾げて笑った。領主は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「・・・敵ではないと思っていいのか?」
「いいんじゃない? それより僕たちはしばらく滞在するから部屋の用意よろしく。」
「・・・わかった。」
領主はため息をついて部屋を出て行った。一人残されて部屋の中をぐるりと見渡す。なんだか落ち着く部屋だ。書斎ってやつだろうか。仕事が捗りそうだ。せっかくなので大きな机の座り心地のいい椅子に座ってみた。見事な木の机の隅に少し焦げた跡があった。ろうそくでも倒したのかもしれない。
随分長い事仕事をしていないが、またやるならこういう場所がいいなと思った。でも雇ってたやつらみんな死んじゃったからな、また探すの面倒だな・・・
ぼんやりしているとノックもなしにルビーが入ってきた。
「何かわかった?」
「わからないけど・・・気になるから明日山超えてみようよ。」
ルビーが珍しくにこりともしないで言った。
「別に今からでもいいんじゃないか?」
「今日は、あの子のそばにいたい。」
呆れてルビーの顔を見上げたが、ルビーはひどく真面目な顔をしていた。
「あれは貴様が知ってるユマじゃないぞ。」
「わかってるけど、でも、目が青かった。」
目が青い奴なんて五万といる。だが僕は早々にルビーを説得するのをやめた。別に急ぐ理由はない。
「わかった。じゃあ明日な。」
ルビーを残し一人部屋を出た。僕にも少し考えたいことがあった。




