4.ここが創作された世界である根拠その三 ②
私の前世の一番最後の記憶は35歳の誕生日だった。
20代の誕生日は友達が祝ってくれた。だけどその友人たちも彼氏ができ、結婚して子供もでき、少しづつ私と遊んでいる場合ではなくなった。30代に入ってからは子持ち同士だけで会って遊んでいるのは知っていたが、そこに割って入る元気はなかった。もう話が合わなくなったんだから仕方ないんだろう。
誕生日だからと言って何をするでもなく、35歳の誕生日は普通に仕事をした。夕方になってその日締め切りだった書類の書式が先月変わっていることが発覚し残業になった。書式変更のメールを見落とした後輩は19時を過ぎた辺りからため息を連発し、見かねて声をかけると友人と飲み会があるとほざいた。私はもううんざりして自分がやるから帰っていいと言った。彼は私が面倒を見るべき後輩であり、私にもきていた変更のメールを見落としたのは私のミスでもある。
・・・だけどあいつ私が進捗確認しただけであからさまにウザいって顔してくるし、別に可愛くもない上にこっちを嫌ってる後輩の面倒なんかみたくないし、大体給料だって月1万しか変わらないんだからそんな金額で優しい気持ちになれるかってんだ・・・
怨嗟の唸りを押し殺しながら書類を作りなおし、先方にメールしてついでに電話で詫びを入れた。向こうの担当者も残業していて、私を労ってくれて泣きそうになった。
帰りのコンビニで二個入りの安いケーキを買って家で一人で食べた。食べてる最中に私は大声で泣いた。死にたかった。四捨五入すれば40になってしまった。私はいつまで一人でいるんだろう。
次の日の朝、母親から一日遅れたけど誕生日おめでとうというメールがきた。重い体を引きずっていつも通りに出社すると、昨日先に帰った後輩が「あ、昨日の書類別に今日でも良かったみたいですよ。」と言った。言い返す元気はなかった。
「・・・で、だから何?」
ルビーは途中から退屈そうに欠伸をしていた。私は泣きながら熱弁したというのに酷い話だ。
「私だってわかってるんだって! その後輩も多少は気にして朝早くに出社して先方に確認したことぐらい! でもさあ、先にお礼ぐらい言っても良くない?!」
「いや、超どうでもいい。違う世界の話でしょ? 今からそいつを殺したいの?」
なんで物理で解決しようとするのか。
「・・・ただの愚痴ですよ。私の前世の記憶は黒歴史しかないの!」
「そんなどーでもいい記憶は忘れろ。今はこっちの世界が大変にゃの!」
「わかってるけどさあ・・・とりあえずルビーはそんな別世界がある訳ないとかはいわないのね。離れた場所にいる人と話が出来るとか書類のやり取りができることに違和感はないんだ?」
私は鼻をかみながら聞いた。
「そういう魔法があっても別に不思議じゃにゃいし。」
魔法かぁ・・・確かに私の知識では魔法と科学の違いの説明なんて出来ないしな。
「・・・私ね、今回の人生は幸せになりたいの。早く結婚して、子供を産んで、幸せな家族の中心にいる自分を見たいの。ルビーは何したいの?」
「私だって似たようにゃもんだ。好きにゃ人に愛されたい。それだけだ。」
「好きな人ってユウマ?」
「そう」
ルビーは短く肯定して私を見た。ユウマは生まれた時からルビーに守られている。ユウマの食事に毒が入っていたことはこれまで何度もあった。時には遅効性の毒で毒味係をすり抜けてテーブルに並べられることもあった。それらを全部叩き落して食べさせなかったのはルビーだ。恐らくルビーがいなければユウマはとっくに死んでいただろう。
「・・・わかった。ルビーを信じる。どうしても東の魔女の所に行きたいのね?」
「うん。今すぐにでも。」
「魔法では行けないの?」
「残念にゃがら無理だった。」
「じゃあ車・・・は東の方は道が整備されてないから難しいか。途中まで車で行ってネコの町からは馬車かな。さすがにシャルルぐらいは護衛として一緒に行かせるよね?」
ルビーは無言で頷いた。
「じゃあユウマとシャルルとルビーで移動して・・・すごく急げば三泊ぐらいで帰ってこれるけど、これユウマがちょっとお忍びで旅行に行きたいとか言えば許可出るんじゃない?」
「え、そんな簡単に許可でるの?」
「うん・・・ちょうど王立学園入学直前だし、あと気付いてるかもしれないけどみんな暗殺者から王族を守るのにちょっと疲れてるんだよね。王族ってこんな必死に守らないといけないものなのかって空気が蔓延してる・・・だから出るとおもうよ、許可。不甲斐ない話だけど。」
私が前世の知識を使って無双したり、とんでもない能力があったり絶世の美女だったりしたら王家の威信はきっと取り戻せただろう。だけど私はちょっと真面目なだけの普通の女子でカリスマにはなれそうもない。ユウマが目からビームでも出せばイケメンも相まってかなりのカリスマ国王になれると思うんだけど。
「そんにゃ簡単でいいのか・・・?」
私がくだらないことを考えているとルビーはなにやら苦悩していた。
「ユウマに一緒に旅行に行きたいって言ってみたら?」
「ユウマは私の言葉がわからにゃい・・・」
「じゃあ私が言ってあげるよ。でもさすがにルビーが行きたがってのは無理かな・・・じゃあ私からのお使いにしようかな。その東の魔女は財宝とか持ってないの?」
「持ってたとしてもくれにゃいと思う。」
話しながらロールプレイングゲームみたいだなと思った。大体の勇者は最初おつかいから始めてレベルを上げていくのだ。
「・・・東の魔女は王家を救う重要なアイテムを持ってるとか、どう?」
「どうって言われても・・・」
ルビーは無表情だが声は困っている。さすがにテレビゲームはわからんか。
「こう、王子にしか抜けない剣が大地に刺さってるとか。」
ルビーが目を合わせてくれなくなった。
「・・・物凄い強い仲間がいるとか、世界を救う聖女がいるとか。」
「聖女?」
「うん。シャルルとユウマが戦う後ろで回復魔法かけてくれんの。ラスボス戦では究極白魔法とか使ったりして。」
ルビーはまた黙ってしまった。中ボスを倒しに行くお使いでもいいけど、それだと軍が動かないとおかしいしなあ・・・
「・・・わかった、それでいこう。東の地には王家を救う巫女がいる。」
妙にキッパリしたルビーの言い方に顔をあげると、ルビーの目がまた赤く光った。どういう仕組みになってるんだろう。
「ひょっとしてその東の巫女と北の巫女が戦う感じ? ストーリーとしてはアリだけど、そんな都合よく巫女いないでしょ?」
「いる。問題にゃい。ミカは夢で見たとかいってユウマとか親を説得して。ちゃんと巫女はいるから大丈夫。」
だいじょうぶ・・・大丈夫? 何が大丈夫?
「ちょっとルビー?」
「大丈夫だから。」
ルビーはそういうとベッドから降りた。消えようとしていることに気が付いた私は慌ててルビーを呼び止めた。
「ルビー待って! ・・・私の前世をどうでもいいって言ってくれてありがとう。」
ルビーは振り返って私を見たが何も言わずにいなくなってしまった。でもお礼が言えてよかった。
私は前世の記憶があることにずっと意味があると思って生きてきた。でも思い出せるのは黒歴史だけだった。ろくでもない記憶に苦しんで、それでもそんな私がこの国の王女である意味があると思っていた。
でもたぶん、意味なんてない。
私のしんどめの過去もたぶん意味がない、しょうもない過去だ。しょうもない人生だった。認めたくはなかったけどきっとそうだった。だから今回は意味を見つけたい。その為にはさっさと結婚だ。
「お父様に言えばいいのかな・・・」
すっかり眠気が覚めたので私は夜中上手い嘘を考えた。
次の日、私は父の元に向かった。国王陛下に会うためには、家族間とはいえそれなりにセキュリティチェックがあるのが通常だ。だが今日は軽く会釈をするだけでなんのチェックもなく父のいる部屋にたどり着いてしまった。護衛のやる気がなさ過ぎて悲しくなる。
だがやる気がないのは父も同じだった。120年前ドーナー家がそれまで自家で独占していた業務を国に返し世襲ではなく任期制へと変えた。それを皮切りに貴族の特権が縮小、その影響は王家にもおよび、今の流行りは生まれではなく本人の優秀さで評価すべしという平等主義だ。結果王家は特別な存在という高みからずるずると落ち続けている。父である国王も権限を今は徐々になくし、形だけの業務が殆どだそうだ。そしてそれが王家の権威をさらに失墜させている。
「ごきげんよう、国王陛下。」
私は立ったまま正式な礼をした。父は座ったまま嫌そうに私を見上げた。
「本当にきたのか。本気なんだな。」
・・・ちょっと何を言ってるのかわからない。まだ挨拶しかしてないのに。
きょとんとする私から目を反らし、更に父は言った。
「わかった。そちらの言う通りにしよう。ケリーを呼べ。」
父はそれだけ言うと立ち上がって部屋を出て行ってしまった。マジで何言ってるんだろうあの人。そちらってどちらだ。私は何も言ってないんだけど。
おそらくケリーとはドーナー家の領主のことだろう。父と彼は歳も近く仲がいい。だが王都にいないことも多いはずだが・・・私は首を傾げながら父の秘書官を見た。
「ケリー・ドーナー様なら本日登城されております。ミカ様も謁見の間でお待ちください。」
謁見の間? わざわざ? 頭の中をハテナで一杯にしながら私も移動した。よくわからないが、先に父に対して何かを要求した人間がいるのだろう。私もその一派だと思われているようだ。普通に考えたらルビーが何か言ったんだろうけど、じゃあなんでルビーは私に先に話したんだろう。
謁見の間では父とケリーがひそひそ声で話すのをただ見ていた。内緒話なら私を呼ぶ必要ないのに・・・と思ったが、よく考えると別に父は私を呼んでなかった。なんとなく流れで私が来てしまっただけだ。遠目で見る父はなんだかしょんぼりしていて、それを旧友であるドーナー家当主に慰められているように見えた。私はそれを壁際で見ながら友達っていいなと思った。
私に友人はいない。昔友人だと思った子から毒入りのお菓子を渡されて以来友人は作る気にならなかった。ちなみにそのお菓子は友人が先に食べた為私は無事だった。犯人はその子の親で、自分の子どもを犠牲にしても私を殺したかったらしい。貴族だったので貴族籍と領地を没収されたが死罪にはならなかった。そのことが更に王族を殺そうとする奴らを増長させた。
部屋の真ん中で行われていたひそひそ話は、ケリーが慰めるように父の肩を叩いて終わった。ケリーは足早に部屋を出て行き、父は王座に座った。私は今更部屋を出て行くわけにはいかず、所在なく父に近づいて言った。
「お父様、お話があるのですが・・・」
父は私を見ようともせずただ頷いて言った。
「わかってる。」
・・・何を? 私一言も内容喋ってないのに何をわかったの!?
呆れて言葉が出てこない私の後ろで口上が聞こえた。弟とドーナー家の次男がきたらしい。慌てて避難場所を探したが入口は一つしかなく、その入口から人が来ているので逃げ場はなかった。仕方なく私も二人を出迎えることにした。別に逃げる必要もないし。
入ってきた弟は私がいるのを見て不思議そうな顔をした。だから嫌だったんだと思いながら、私は軽く微笑んで父の横に立った。わかっていなくてもわかっているフリをすることは、わりと大事な大人の処世術である。私はそれを前世で学んだ。
父は二人に東の巫女を連れてくるように命じた。言葉が簡潔過ぎて二人は戸惑っていたが、質問も許されず二人は部屋を追い出された。弟の肩にまるで置物のように乗っていたグレーの猫は、私と一切目を合わさなかった。そりゃ目と目で通じ合うほど仲がいい訳ではないが、ちょっとぐらい誰か私と意思の疎通をしてくれないだろうか。
二人が出て行ったのを見送り、私は再度父に話しかけた。だがこちらも目を合わさず一言「これで思い通りだろう」と言っただけで部屋を出て行った。
どいつもこいつも、うちの家族はコミュ障が過ぎる。
父は人の話を聞かないし弟はぼんやりしてるし母は、母は少しまともだったが毒で死にかけて以来まともに目も合わせてくれない。そりゃあ私も人と話すの大好き!みたいなタイプではないけれど・・・
その晩私はルビーが訪ねてくるのを待った。だがルビーはこなかった。それどころかそのまま弟一行は警備もろくにつけず東の地へと言ってしまった。全てルビーの思うようになっている。あの一見かわいらしい猫が実はラスボスだったなんてことがないように、私は切に祈る。
っていうか恋愛成就の後なんだから、早く素敵な結婚生活編に移動したい!




