3.ここが創作された世界である根拠その三
ここが創作された世界である根拠その三:マスコットキャラがいる
私の弟のそばにはいつもグレーの猫がいる。そのせいで弟は化け猫王子と呼ばれている。その猫は周りが引き離そうとしても魔法としか思えない方法で、常に弟のそばをキープしている。それこそ猫を殺してでも引き離そうとした人は大怪我を負ったという。
私は姉だからか弟のそばにいても無視されるだけだったが、触ろうとすると威嚇された。私は猫好きなので弟が猫を撫でまわしているのが羨ましくてしかたなかった。なので猫をいつも注意深く観察していた。だから確信していることがある。
あの猫は人間の言葉を理解している。証拠はないが絶対そう。
私たち家族は王政廃止を訴える過激派集団に常に命を狙われている。生まれた時からなので慣れてしまって何とも思わないが、母は数年前に毒を盛られて死にかけて以来引きこもって表に出なくなってしまった。幸いなことに父と私たち兄弟に大きな被害はまだないが、やたらと周りに怪我人や死人が多いことは確かだ。私の耳に入らない事もあるだろうから実際の数はわからないが、前世の知識から考えてもこれは異常だ。そして弟の周りは私よりも更に死人が多く出る。たぶん弟の暗殺に失敗した人間が死んでいるのだ。弟の暗殺が成功しない理由は、私はあの猫だと思っている。
今日私はそれを確かめるべく弟の元へ行った。弟は自室で幼馴染と勉強中だった。何をしに来たと訝しがる弟に私は手を振って言った。
「いいの、気にしないで。ちょっとルビーに会いたくなっただけだから。」
「変なの・・・ルビー、姉さまと遊んであげてくれる?」
ルビーという名前は猫が赤い目をしているからそう名付けられたと聞いている。前世で赤い目の生き物はかなり珍しかったと思うが、この世界は真っ赤な髪や真っ青な髪の人間もいるのでこの点については異常ではない。
ルビーは大人しく弟のそばを離れて私の方へ来てくれた。やっぱり言葉を理解している。
私はルビーが横に座るのを待って小声で話しかけた。
「ねえルビー、ユウマに国王になって欲しい?」
部屋は広くこれだけ離れていると弟たちには聞こえない筈だ。だがルビーは後ろ足で耳を掻いただけでニャーとも言わなかった。
「私ルビーが猫じゃないって知ってるんだよね。バラされたくなかったら私のお願い聞いてよ。」
ルビーは欠伸をしただけだった。難しい。ルビーがうっかり返事をしたくなる呼びかけとは・・・
「ユウマがモテるの知ってる? 王立学園に入ったらすぐに彼女できるだろうね。」
すぐにルビーの目つきが変わった。睨まれている。
「ユウマを独り占めしたい? 協力してあげよっか?」
ルビーはぷいとソファーから降りるとユウマの元へ戻ってしまった。失敗か・・・難しいなあ。絶対普通の猫じゃない筈なんだけど。
私は諦めて自分の部屋に戻った。さすがに何度もタイチに会いに訓練場に行くわけにはいかない。私にだって立場はあるし、向こうだって困るだろう。でもせっかく両想いになった途端会えなくなるとか無理だ。絶対すぐ結婚してやる。たとえ弟や猫を脅してでも。
その夜眠ろうとしていると、ルビーが私の部屋に来た。私の知る限り弟のそばを離れるなんて初めてのことだった。というか扉が開く気配とかなかったけどどっから来たんだろう。
「協力ってにゃに?」
ルビーはぶらっきぼうに言った。姿は猫のままなのに、なんとなく不貞腐れている女の子が見えるようだった。
「・・・やっぱり喋れたんだ。」
「にゃに今更。大昔は喋ってたでしょ?」
ルビーはそう言ってベッドの隅に座った。ベッドサイドの明かりに照らされてまるで奇麗な猫の置物のようだ。
「そうだっけ? 昔っていつ?」
「昔は昔。そんなことより協力ってにゃに? 何してくれんの?」
ルビーは相変わらずぶっきらぼうに言う。仕方がないので本題に入った。
「私今すぐ彼氏と結婚したいから、ユウマに王になるって言って欲しいの。だから協力してほしい。」
「私は別にユウマが王になってもにゃらなくてもどっちでもいいけど。」
「・・・ユウマが王族を離脱してもいいってこと?」
「どうでもいい。」
心底どうでも良さそうなルビーの言い方に私は自分の考え違いを知った。私はルビーは王族であるユウマを独り占めして優雅に暮らしたいのかと思っていたのだ。
「そっか・・・ルビーは猫だもんね。ユウマが王様になろうが結婚しようがどうでもいいか・・・」
「・・・話しそれだけ? にゃんだ。来て損した。」
ルビーはそう言うとベッドから降りると同時に姿を消した。来たのと同様に唐突でやはりルビーは化け猫だったんだなと思う。化け猫は脅せないのかとため息をつきながら眠ったのに、ルビーは翌日も夜になるとやってきた。
「ミカ、取引しよう。私はユウマに国王ににゃるって言わせて見せるから、ミカはユウマが東の魔女に会いに行くよう言って欲しい。」
唐突な話に私は詳細を聞こうとしたが、ルビーは全然教えてくれなかった。
「・・・うーん、仮にも王族に警備をほとんどつけずに旅をさせろっていうのはどうだろう・・・なんで警備をつけちゃいけないの?」
「ドーナー家の悪魔が一緒に行くから不要でしょ。あの人に勝てる相手にゃんかいないし。ぞろぞろいたら邪魔だしお金もかかるじゃない。」
「いやその悪魔が敵じゃないって保障ないし・・・」
「ドーナー家の臣下みたいなもんにゃんだから大丈夫だよ。」
ルビーはイライラした様子で尻尾を床に打ち付けた。
「だいたい東の魔女に会う理由は? そこ教えてくれないと誰も納得しないと思う。」
「・・・ユウマには呪いがかけられている。その呪いを解くために魔女が必要。」
「だったらその魔女を城に呼べば? なぜこちらから行かないといけないの?」
「魔女は偏屈だからこちらのいう事など聞かにゃい。でも魔女じゃないと呪いが解けにゃい。」
何だか怪しいなあと私は思った。その理由、いま考えたんじゃないの?
「・・・確かに私は今すぐ結婚したいとは言ったけど、弟の命と引き換えにしたいとまでは思ってないの。悪いけどあなたも悪魔も信用できない。」
ルビーはしばらく何も言わずに尻尾を床に叩きつけていたが、そのまま無言で姿を消した。猫だから許される行動だ。
猫は次の晩も現れた。少々私もうんざりしてきた。
「・・・今日はなに?」
「北の国の魔女がユウマの命を狙っている。」
物騒な言葉に寝ようとしていた私は飛び起きた。
「なにそれ・・・初耳なんだけど。北の国って北方管理地のこと? 確かに昔うちの国を攻めてきたけど、100年以上平和にしてるのにまさかそんな・・・」
「あの国には昔から巫女がいる。国は女が治めるべきだという文化がある。」
私は王族として幼いころから繰り返し国内の歴史や各地方の特色などを叩き込まれてきた。だから北方管理地に巫女がいることは知っている。一部の民から熱狂的な人気があることも。そして以前の戦は巫女が扇動して起こしたという事も知っている。
「・・・ユウマじゃなくて私が国王になるように、先にユウマを殺そうとしてるってこと? 反逆もいいとこじゃない・・・」
「前の戦で好戦的な男が大量に死んだからしばらく大人しくしてただけの国だよ。100年かけて元の好戦的な国に戻ったってことだね。」
ルビーの言葉に私は頭を抱えた。確かに前回は何の前触れもなくいきなり攻めてきたと聞いている。そもそも向こうが攻めてくるまでうちの国は北の国の存在も知らなかったのだ。
「・・・証拠は? ルビーの話が本当だって証拠はあるの?」
「あるけど証明するのは難しいにゃ。あいつらは捕まえるとすぐ自害するし。」
薄明りの中でルビーの赤い目が光った。
「・・・つまり、今もユウマの近くには北の国からの暗殺者がいるってこと?」
「そう。今いる王族全員が色んにゃ奴らに命を狙われているけど、ユウマの命を狙っている奴が一番多い。」
私は枕を抱きしめて呻いた。ちょっともう一人では抱えきれない話だ。私たち一家がずっと命を狙われているのはわかっている。その中でもユウマの周りが一番不審な出来事が多い。この点でルビーの話を否定することはできない。私は頭を抱えた。だめだ。現実から逃避した過ぎて頭が動かない。
「・・・だからユウマが自分の身を守れるようににゃる為に、東の魔女にお忍びで会いに行く必要があるってこと。」
ルビーが私の顔を覗き込んで言った。何でだろう、なんか騙されてる気がする。
「・・・本当に東の魔女なんているの?」
「お前もにゃかにゃか疑い深いな。」
ルビーが呆れたように笑った。
「仕方がないから特別に教えてやろう。実は私も魔女だ。」
「へー」
うっかり普通に返事してしまってから、もう少し驚いた方が良かったかなと思った。でも喋る化け猫な時点で魔女っぽかったからあまり驚けなかった。
「目からビームも出せる。」
「うそっ!」
さすがに驚いて声を上げるとルビーは満足そうな顔をした。なんとなく悔しい。
「いやルビーが魔女だってのを信じてない訳じゃないのよ? どう見ても猫じゃないのはわかってたし。だってルビー玉ねぎだろうかチョコだろうが気にせず食べるじゃない。普通の猫は死ぬよ?」
「そうにゃのか?」
「うん。この世界の猫は違うのかと思ってたけど、本で読んだら普通にダメだって書いてあった。」
「・・・この世界?」
ルビーの怪訝そうな声に口を滑らせてしまったことに気付いた。
「あ、まあ、この世界って言うか世界中全てって言うか・・・」
「別の世界の記憶があるのか?」
核心をつかれて私の心臓が跳ねた。なんで私、夜中に猫に問い詰められて心臓ドキドキさせてるんだろう。
「・・・あるよ。ルビーも魔女ならわかるでしょ?」
ヤケくそだった。別にもう化け猫になら頭がおかしいと思われてもいい気がした。
「私は他の世界は知らん。一度死ぬ前の記憶ならあるがな。・・・私を試したいにゃら試していいぞ。」
私とルビーはしばらく無言で見つめ合った。急に試していいと言われても何を試せばいいのかわからない。っていうか私は今なにをしているんだ?
「・・・私のね、前の人生の一番最後の記憶は、35歳の誕生日なんだ。」
なのになぜか私は唐突に喋り始めてしまった。本当は思い出した時からずっと誰かに話したかった。でも前世がどうとかじゃなく誰にも話せなかった。こんな惨めな黒歴史は、誰にも知られたくなかった。




