4.乞う
師匠の家から表に出てみると、遠距離を滅茶苦茶に走らされた挙句一晩外に放置された馬はひどくへそを曲げていた。そういえば私以外の三人は生粋の貴族で馬の世話なんか本来はしない連中だった。着いたばかりの護衛たちがせっせと馬の機嫌を取っているが、今から大人しく馬車を引っ張るようには見えない。
ユウマとシャルルはそれを談笑しながら見ていた。大人に囲まれていても全く物怖じしないのはやはり彼らの育ちのせいか。久しぶりに人間に戻るとなんだか世界が新鮮だった。
最終的に拗ねている馬はこのまま休ませて、護衛たちが乗ってきた馬車の馬と交換して帰ることになった。護衛たちはそれぞれキビキビと動いているが、なぜか全員そろって私の存在を無視した。あまりにも奇麗に無視するので死んだのかと思ったぐらいだ。腹立つ。
馬の付け替えが終わり、護衛の馬車が先頭に立ち私たちの馬車が後ろをついて行くことになった。御者役も代わってくれるらしい。私がユウマに続いて馬車に乗り込むと、後から乗ってきたシャルルは微妙な顔をしながら私の正面に座った。今後ユウマの隣は常に私のものだ。あ、いや、猫の時からそうだったけど。
「ルビー・・・でいいんだよね? ルビーさん?」
動き出した馬車の中で、シャルルがまだ納得していない顔をしながら私に言った。
「ルビーでいいよ。何か聞きたいことがあるなら今のうちにどうぞ。」
「聞きたいことだらけだけど取り合えず・・・パル氏とどういう関係?」
シャルルはどうしてもそこが気になるらしい。
「古い知り合い。」
「古いって・・・ルビーいまいくつ?」
「15歳」
なぜかユウマが笑った。物凄く心外だ。笑う所じゃないのに。
「15年前だとパル氏は寝てたんだから知り合いになるのは無理でしょ・・・120歳超えてないと。」
女性の歳を根掘り葉掘り聞くとは無粋な奴だ。でももう猫じゃないので引っ搔けない。仕方なく無言で睨みつけるに留めた。シャルルも引く気はないらしい。
「・・・まあまあ。それより僕はルビーが国を救うってのが気になるな。」
ユウマがニコニコと助け舟を出してくれた。
「将来的に北の国とまた揉めることになると思うから、その時に国を守ってあげる。」
私の言葉にユウマとシャルルは顔を見合わせた。
「ルビーが? 一人で?」「どうやって?」
ここで魔法で敵を全員ぶっ殺しまーすとか言うと引かれることはわかってる。
「魔法で。色々と。」
「それってパル氏も関係ある? また戦いが起きるからパル・ソドムを起こしたの?」
シャルルの顔がだんだん険しくなってきた。北の国との戦いになるとこの国で一番先に戦場になるのはドーナー領だ。ドーナー家の息子としては聞き捨てならないのだろう。
「なるべく大きな戦いにならないように努力はする。・・・でもユウマが散々命狙われてるのは二人ともわかってるでしょ? 根っこを潰さないと終わらない。」
馬車の中に沈黙が流れた。窓の外は欠伸がでそうなほどゆっくりとしか変わらない。この調子だと王都に戻るのに何日かかるんだろう。ぼんやりしているとシャルルのお腹がなった。ユウマが笑って言った。
「そう言えば今日はまだ何も食べてないね。僕もお腹空いたよ。昨日の夜も少なかったし。」
「二人ともお坊ちゃんなのによくあんなの食べたね。美味しくなかったでしょ?」
私の言葉に二人は苦笑した。
「試されてるんだろうなと思ったから・・・それにルビーが何も言わないなら毒じゃないんだろうと思ってね。」
ユウマが私を見て優しく微笑む。信頼されているのは嬉しい。
「そうそう。食べられないって程じゃなかったしね。っていうかあの魔女さん?に挨拶とかしなくてよかったのかな。正直昨日昼ご飯を食べてからずっと夢心地というか、現実って感じがしないんだけど。」
シャルルの言葉にユウマも頷いた。そりゃ魔法で無理やり眠らされている時間が長かったせいだろう。夜だって勝手なことをしないように師匠が二人に魔法をかけていた。
「現実だよ・・・猫が人間になったり、馬車が襲われたりするのも現実。」
遠くから複数の馬が走ってくる音が聞こえる。複数の雄叫びから察するに相手は10人ぐらいだろうか。こちらの護衛はシャルルを除けば5人。普通なら中々不利な状況だ。
「・・・ユウマは伏せてて。」
シャルルはそう言うと車内にかけてあった銃を取り出し窓から身を乗り出して撃った。
一発、二発
追いかけている蹄の音は明らかに勢いを落とした。
「当たったの?」
ユウマがのんびりした口調で聞く。
「馬にね。」
シャルルはそういうとまた構えて数発撃った。背後に迫っていた気配はパラパラと抜け落ち、しばらくすると消えた。シャルルも身を乗り出すのをやめて銃の手入れをし始めた。
「・・・前にいる人達って護衛じゃないの?」
私が呆れて言うとシャルルは苦笑してユウマは笑った。普通は後ろから襲撃があれば護衛の馬車が下がり、護衛対象を逃げさせるはずだ。だが今回は二台とも馬車のスピードは変わらなかった。どう考えても護衛する気がない。
「シャルルが銃持ってるのを知ってたからじゃないかな、たぶん」
「いや多分俺が銃を撃つまで前の馬車は襲撃に気付いてなかったよ。さっき喋った時もやる気なかったし。普通護衛対象を見失ったら死に物狂いで探すと思うんだけどな。あいつら普通に飯食って寝てから探しはじめたらしいよ。」
シャルルは怒りながら銃の手入れを終えた。
「化け猫王子は死なないって思ってるんだろうね。」
ユウマはまるで他人事のように笑った。
「今回は向こうが銃を持ってなかったからいいけど・・・今後はいきなり打たれるんだろうなぁ。やっぱ王族は出歩かない方がいいんじゃない?」
シャルルの言葉をユウマは聞こえないふりで聞き流した。ちょっと可愛い。
本当は私が出て行って蹴散らしてもよかった。なんならこの三人だけ瞬間移動で王城に戻ってもよかった。だけど私はユウマを閉じ込めて二人きりで過ごしたい訳じゃない。いや本当は二人きりで永遠に一緒にいたいけど、私一人の力で一人の人間を幸せにするのは無理だということを、私はこれまでの苦い経験から知っている。
過ちを繰り返さない為に、失敗を取り戻す為に、私は今ここにいるのだ。その為なら何度でも同じ魂に首を垂れて愛を乞う。どうしても欲しいのだから仕方ない。
私が考え事をしている間にユウマとシャルルは弾が飛んできた時に避ける方法で盛り上がっていた。二人が連呼する魔法という言葉にパルを思い出す。そういえばパルと師匠は何やってるんだろう。二人ともまだ北の国にいるっぽいけど。
私はため息をついて窓の外を眺めた。まああの二人はどうでもいい、問題は私とユウマだ。残念ながらユウマは人間になった私に一目惚れしなかった。ということはこれから時間をかけて口説き落とすしかないが、猫とは違いこれまでのようにユウマのそばに張り付くことは難しいだろう。でもユウマは私がいないと簡単に殺されてしまう。
「めんどくさ・・・」
思わず口に出して呟いてしまうと、ユウマが私を振り返った。
「どうしたの?」
微笑むユウマは可愛いが、それだけでは面倒事は帳消しにはならない。
「ユウマ、しばらくどっかに身を隠す気はない?」
私の問いにユウマは首を傾げた。
「身を隠す? 一応僕も王族だからそれはしたくないな。身を隠さないと生きていけないような王族は滅んだ方がいいと思うし。」
自分の身も守れないような人間がなんか言ってる、と思いながら私は微笑んだ。まあ私が守るからいいけど。
馬車は相変わらず歩いた方が早そうなスピードで走っている。だけど今はそれが有難かった。王城に戻るまでに色々考えないといけない。




