1人の男が見るものは
数分後 ディーナの酒場兼宿屋 1F酒場フロア
隅に置かれたテーブル席に1人の男、つまり俺が椅子にもたれかかるように、さも寝ているかのようにしながら、2階の宿屋フロアへと続く階段をじっと見つめていた。
数時間前の喧嘩にヤジを飛ばし、酒もゴクゴク飲み干していた酔っ払いどもは、いびきの大合唱を起こしながら、口から唾液混じりの赤い液体を垂らしていた。
こんな風景はもう見慣れたのか、カウンター席から順にディーナが揺すり起こし、起きたやつは自分で歩かせ、起きなかったやつは窓から投げ捨てている。
相変わらず豪胆なお方だと、何度も見ているのにそう思ってしまう。そうしてもうすぐ俺の番が来ようかというところに上から3人分の振動が伝わってきた。
「この時間になるとディーナさんはいつも大変ですね」
ルゲンはこの状況を見るや否や心のこもってない労いの言葉をかける。ディーナはそれを聞いて鼻で笑う。
「割とそうでもないんだよ、ムカついた奴が起きなかったら、こうやっっって!!!」
そうして持ち上げた巨漢の身体をまた窓から投げ捨てた。ドサっという音の数秒後、男のうめき声と何かが吐き出される音。
「スッキリするだろ?」
ひと仕事終えたみたいな感じで手をパンパンとはたきながらディーナは3人に問いかける。断罪師の2人は見慣れているのか、特にルゲンは経験があるのか、窓の向こうへ同情するような視線を向けていた。対してアサミは苦笑いを浮かべ、この場をやり過ごそうとしていた。
「まあ楽しそうなら良かったですよ、こっちはこれから楽しくない仕事をやってきますので、これで」
そうしてアサミの手錠を体で隠しながら、ルゲンは軽く会釈をして外へ行く。アティもその動きに続き軽く会釈。
「なあ、あんたら」
そのまま3人外に出ようとした瞬間、ディーナが呼び止める。その顔はいつもの快活な酒場のおばさんが見せるものではなく、疑念のこもった視線をルゲンに向けていた。
「一体なにしに行くんだ?」
「なにって、仕事ですよ」
それでもなおルゲンは軽い調子で返答する。
「その仕事の内容を聞いてるんだよ」
ディーナはその態度にイラつき、語気を強める。アティとアサミは目を左右に振り、ディーナとルゲンの顔を交互に伺っていた。
「そんなこと聞いてどうするんですか?」
「別に、気になっただけさ」
段々と2人の腹の探り合いが加速していく。それに伴い蚊帳の外の2人の目の動きも加速していく。その時、外の広場から鐘の音が鳴り響く。窓から見えるその広場には、ぼんやりと明かりの灯った荷馬車が鎮座していた。その荷馬車を操る御者がハンドベルを鳴らしていた。
瞬間、酒場中に響いていたいびきが鳴り止み、男たちが目を覚まし始める。
「おい、今鐘の音がしなかったか?」
「広場に荷馬車があるぞ、ヴァリウス様の荷馬車だ!」
「どけ、俺が先に買うんだ!」
小さな鐘の音が鳴り響くだけで、大柄の男たちが広場へ群がるのはどこを見たっておそらくこの村でしか見れないだろう。礼儀正しくドアから出る者もいれば、無理やり窓を開けて這い出る者もいた。
「忙しそうなので、今日はこれで」
ルゲンは素早く言葉を済ませ、2人を連れて暑苦しい群れの中に混じって外に出る。ディーナは口をパクパクと開き、もしかしたらなにか喋っていたのかもしれないが、男たちの罵声や雄叫びにかき消されて誰にも聞き取ることは出来なかった。
そして俺も、そろそろ起きるとしよう。立ち上がって群れに混ざって外に出る。アーシアからの任務はアイツを生け捕りにすること、そしてそれ以上に結末を変えさせないことだったが、ルゲンがいる今だとタイミングが悪い。
「ハァ....」
酒気の帯びたため息も出る。気を取り直してとりあえず任務を遂行する方法を考えよう。
「これも使徒の仕事だ」
このつぶやきも男たちの罵声にかき消され、誰も聞き取ることは出来なかった。
このままモチベが続けばいいなと思います