許されざる秘密
先の話より少し後 断罪師の家
木造の少し古びた小屋の中、独特な匂いを発する紫煙が漂っていた。
「先輩」
「ん?」
「なんでキセルを持ってるんですか!? あのとききちんと壊しましたよね!?」
紫煙のもとを辿ると、さっき壊したはずのキセルが同じ手元にあり、その持ち主も幸せそうに吸っている。
「いやあ、やはり私はキセルに愛されているんだよアティ君、絶望のどん底に落とされた私の目の前にいつの間にか新しいキセルが現れたときはもうたまらなかったね! おっと2度目はくらわんぞ!」
素早くキセルを取り上げようとしてもルゲン先輩は一足早く距離を取る。そのとき、僕は1つ調べてないところがあるのを思い出した。
「引き出し....」
その言葉を発した瞬間、先輩は僕の前に立ち、あからさまに机から遠ざけようとする。僕は先輩をどかして机に向かおうとするが、やはり抵抗してきたので面と向かい合う形で取っ組み合うことになった。
「そういえばもうすぐお昼だな! ディーナさんとこで何か食べようか、うん!」
「中見せてくださいよ!」
「君はそうやってすぐ人のプライバシーを侵害する!」
「仕事押し付けてキセル吹かしてるだけの先輩に言われたくないです!」
「押し付けてません〜! 平等な分配ですぅ! それに今日だってちゃんと仕事しましたぁ!」
「アサミさんの尋問だけでしょうが!」
「あの!!」
後ろから響く声にしばらく僕たちは気づいてなかったのか、その人は半ば間に割り込むようにして大声を出した。なんてことないただの村人である。
「どうかしましたか?」
先輩が村人に問いかけると、オドオドした様子で酒場の方に指を差した。
「さっき、酒場の方で大きな悲鳴が聴こえて....それも男の情けない悲鳴が!」
「大きなというのはどれくらいのものでしょうか?」
「えーと、少なくとも先ほどの2人の喧嘩よりかは」
「どうせそこらの酔っ払いがディーナさんの機嫌を損ねたんでしょう、気にすることじゃ」
「それは大変だ! 何かあっては遅いからな! よし、アティ君見てきなさい!」
僕の言葉を遮るようにして、先輩は渾身の大根役者っぷりを見せつけながら村人の方へ僕をグイグイと押し付ける。
「先輩! まだ話は終わってないですよ!」
「分かった分かった、後でたっぷりねっとり見せてやるから行ってきなさい!」
そうして僕は村人と共に外に押し出されてしまった、しっかりと鍵もかけて。
「ハァ....早く行きましょうか」
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危なかった。もう少しで引き出しの中を開けられるところだった。
「ハァ....」
椅子に座ってため息をつく。戻ってくる前に中のものを別のとこに移しとこう。
「鍵は鍵は〜っと」
この歳になって独り言か。俺は自嘲気味な笑顔を浮かべながら引き出しの鍵を開ける。
アティが言っていたことは、半分正解だ。中には数本のキセルとあと1つ、これが半分不正解の理由。
銀色に輝く数発の銃弾、まあ銀そのものだから当たり前なのだが、とにかくそれは先端部分が特に輝いていた。
「すまないがアティ君、バレるわけにはいかないんだな」
とはいえ、どこに隠そうか。天井裏はバレた、クローゼットの中もバレた。となると最終手段!
「床下だな」
アティ君がこの村に来る前からある、俺しか知らない秘密の空間。普段はカーペットで隠しているが、緊急事態用の備えが入っているため、いざという時に開ける事となっている。
「まあ緊急事態だな、うん」
カーペットをめくり、床下を開ける。中にはランタン、非常食、その他もろもろが並んでいる。その集団にキセルと銀の銃弾を混ぜる。
(アサミさんの尋問だけでしょ!)
途中、アティが言っていた言葉がよぎる。
「大事なこの1週間に限って、どうしてこうもついてないんだか」
カーペットをシワのないように整いながらため息をつく。彼は名前や出身こそ判明したけれど、それ以外には謎が多すぎる。それになにより気掛かりなのは。
「ヴァリウスと関係あるかどうか....」
あるにしろないにしろ、彼は面倒事を持ち運んできてしまったかもしれないのだ。増えるのは書類仕事か、はたまた汚れ仕事か。いずれにしよ、アサミという男については少し調べる必要がありそうだ。
「あ、そうだ!」
その瞬間、脳内に1つの手段が浮かぶ。少しリスクはありつつも、彼がただの旅人か仕事かどうかを判別できそうな手段を。
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夜 ディーナの酒場兼宿屋 2F宿フロア
「1発でこれかよ」
月夜に照らされたベッドに横たわっていた俺は、ここまでの出来事を思い出して愚痴る。あの後、ディーナがお詫びにと白い酒をジョッキに注いできた。周りのヤジがはやしたてるから断るに断れず、一口、本当に一口飲んだだけなのに。
「思ったより弱いんだな、俺って」
それともあれが強いのか、そんなことを考えつつも、とりあえずベッドから抜け出し、立ち上がってみる。
「まじかよ、ディーナさん....!」
机に置かれていたのは少量の白い粉とコップ一杯の水、そしてその下敷きにされた書き置きだった。
「目が覚めたら水と酔い止めを飲んでおきな、宿代は結構だよ」
もうここまできたらディーナの姉貴と呼びたいくらいである。感謝の気持ちを心の中で叫びながら、粉と水を一気に飲む。その時だった、この部屋のドアがノックされた。
「アサミさん、起きてます?」
「はーい、ちょっと待ってください」
どこか聞き覚えのある声がしたので、とりあえず返事をする。ドアを開けると、そこには男が2人、黒と青で構成されたトレンチコートを羽織っていた。
「....」
「アサミさん、無言でドアを閉めようとしないでください、普通に心にきます」
アティとルゲンの断罪師コンビが自分に訪ねに来たとなると嫌な予感しかしない。
「ザルクさんから聞きましたよ、お金に困ってるって、どうです? いい仕事が今からあるんですけど」
「結構です、また手錠かけられたくないんで!」
「ちなみに法律では断罪師に抵抗した場合軽い罪が」
「法の番人に協力できるなんて光栄だ! 何でもしますよ!」
ドアを勢いよく開けて快く2人を迎え入れる。ルゲンは不敵な笑みを浮かべ、アティは不服そうな表情でルゲンと俺を交互に見ている。
「いやあ、そう言ってくれて嬉しいですよ、じゃあ早速行きましょうか!」
そう言ってルゲンはポケットから手錠を取り出し、俺の手首にかけた。
「え、さっきの法律の話は?」
「そんな法律ありませんよ」
ルゲンはわざとらしいにこやかな笑顔を見せつけ、アティはどこか同情するような目で見ていた。この2人後で絶対ぶん殴ってやる。
「安心してください、ちゃんと仕事に協力してくださると誓ってくれれば今すぐ外しますので」
アティが宥めるように囁く。
「仕事内容は?」
「すこーし遠出して調査というか点検のようなものをします」
「どこに行くんですか?」
「この村が存在している理由であり、この村の人々が恐れる森の館」
「ヴァリウス様の館ですよ」