酒と狩りと手錠
まずい。本当にまずい。缶詰め3つはない。マジでない。
どうする?
食料を買う?
となるとお金は?
自分のバッグを漁り、なんとか食料が買えそうな金額があることが確認できた。次に、どこへ行くかだ。鍵束のネームタグを見てみる。
「クスリが出回る芸術の都」
「吸血鬼が住む城とただの村」
「差別がすごい極東の町」
パッと見ただけでもヤバそうなのがずらりと並んでいる。地名とかも書いて欲しかった。この中でまだまともそうな場所は......
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1日目 朝 吸血鬼が住む城とただの村
「こんな辺鄙なところに旅人だなんて、不思議なこともあるもんだね!」
退廃的な村、その中央付近に一際目立つ建物がある。それがこの酒場だ。
10分くらい前、鍵を開けた時に路地裏のような場所に出た。右も左も分からぬまま、とりあえず開けた場所に出ると、えらく恰幅の良い女性と鉢合わせた。今目の前にいる酒場の主人である。
「良いんですか?本当にお金を払わないで」
「良いのよ、旅人をこうやってもてなすのが好きなおばさんなのよ、あたしゃ」
旅人だと勘違いされ、食べてないならと、あれやこれやといううちに酒場に連れ込まれた。
そして今、目の前にあるのは簡素なサラダに鶏肉系の肉のステーキ。おまけに温かいスープまで付いてきた。本当にこれがただで良いのだろうか?
「酒もあるよ、飲むかい?」
女性が高級そうな赤いワインをカウンターテーブルに置いた瞬間。
ドンッと、力強くドアが開かれ、1人の男が入ってきた。白髪のボサボサとした頭に鋭い眼光を光らす大きな目。肩には弓を担いで、ベルトにはナイフをしまっていた。
「よお、ディーナ。酒はあるかい?」
男はそのままカウンター席に座った....なんで俺の隣?
「はいはい、ここにあるよ」
女性....ディーナは俺に出した赤いワインをそのままスライドさせて、男の前に出した。すると男は深いため息をつき、右手で頭を押さえた。
「ディーナ、何度も言ってるだろ。あのクソッタレコウモリ野郎の作った酒なんて絶対に飲まねえって」
「だったらもう帰んなザルク。最近飲み過ぎだよ」
「飲み過ぎ?飲み過ぎだからなんだってんだ。酒を飲み過ぎると怪物になるって親にでも教わったのか?」
今この酒場にいるのは俺とこの2人。それ故に、この2人が生んでるピリピリとした空気が俺1人にだけ集中砲火を浴びせる。
2人はそんなことお構いなしに睨み合っていたが、最後にはザルクが背もたれにもたれかかり、諦めたようにまたため息をつく。
「分かった、じゃあ何か食べれるやつをくれ。昨日の夜から森に篭りっきりだったんでな」
それを聞いたディーナさんは何も言わずに裏の厨房へ入って行った。
つまりこの空間には俺とザルクの2人っきりである。友達の友達でもないので特に喋る話題もない。簡単に言うととても気まずいのである。ディーナさんには悪いが、さっさと食べて退散しよう。
「見ない顔だな、どこ出身だ?」
サラダをスープで流し込んでいる時にザルクさんがこっちを見ずに話しかける。その目は棚に置いてある酒瓶のラベルを次々と眺めていた。
「あー、えっと....」
まずい。どう答えよう? 別の世界から来たとか言ったら絶対に怪しまれるだろうし....
「ちょっと待った、あんた東の人か?」
男の目は酒瓶から俺の腰に携えた刀をじっと見ていた。
「あー、はい、そうですね....うん」
自分の回答に合わせて目が右往左往する。
「へえ、東からか。こりゃまた随分と遠いところから....」
刀から始まり、男の目線は俺の至る所を見回す。
「しばらく、ここに泊まるつもりかい?」
「まあ、そうですね」
「宿代はあるのか?」
「....これで足りますかね?」
俺はバッグから金の入った袋を取り出す。男は袋の口を開けて、中の金額を確かめる。
「....ココじゃせいぜい2泊分ってところだな」
となると、やはり今の問題は金と食料か。食料はここに行けば食べれるけど、多分次来た時にはお金はさすがに取られるだろう。じゃあ、お金はどうやって稼ごうか?
「そんなお前に良い話がある」
俺の困った顔を見たザルクさんが不敵な笑みを浮かべた。
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その後 村の外の森
「すまないな、急に付き合わせて」
「いえ、これでお金が稼げるなら」
酒場を出て20分くらい歩き、森に近いザルクさんの家から弓を借りてザルクさんと一緒に森の中に入った。
「ほれ、これを身体中に吹きかけろ」
ザルクさんが小さい何かを投げ渡す。
「....香水?」
「聖水っつうんだ。魔物は血と魔力に敏感だからな、そいつがあれば魔力を抑えてくれるから、狩人にとっちゃかなり必要なものなんだよ」
ザルクさんは説明しながら聖水を身体中に吹きかける。自分もそれを真似して身体中に吹きかける。
「今から森の中に入る。魔物の皮は高く売れるからな、気を引き締めろよ!」
ザルクさんから貰った良い話。それは狩りに協力するということだ。森の中には狼や鹿という普通の動物からゴブリン、オークなどのこれぞファンタジーなモンスターもいる。魔物というのは、これら全般にあたるらしい。
「ボサっとするな〜!置いてくぞ!」
いつの間にかザルクさんは、俺のことを置いて奥へと入っていく。
「あ!ちょっと待って下さいよー!」
森の中に、男2人の声がこだまする。
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大体2時間後 森の中
森の中の少し開けた場所に、一本角の生えた鹿が数頭横たわっている。俺とザルクさんが追い込んで狩った獲物だ。
「なかなかやるな、小僧。少しは贅沢が出来そうだ」
「はは....ありがとうございます」
ある時は息を潜め、ある時は休む暇なく走ったりして約2時間。爽やかな風が吹き、満点の青空の下で俺は倒れ込んでいた。こういえばかっこよく聞こえるのだろうが、要はただ疲労で倒れ込んでいるだけである。
「ほれ」
ザルクさんが水筒を手渡す。
「ザルクさん!!」
突然後ろから1人の男が現れる。黒と青で構成されたトレンチコートのような服を着た、白髪の若い男。
「他の人から通報がきましたよ!怪しい人を連れて森に向かったって!」
そういうと今度はこっちに顔を向けキッと睨む。けど顔はどこか小動物のようで、睨まれても特に恐怖とか威圧感は感じなかった。
「あなたですね、怪しい人物というのは!」
「そいつは俺の狩り仲間だ、別に怪しくもなんともない」
「練習仲間の間違いじゃなくて?」
若い男がそう言うと、ザルクさんは黙り、目を泳がせ、矢筒に手を添えた。若い男はその様子を見てため息をついた。
練習とはなんのことだろう?
「まあ、疲れているみたいですし休憩しますか」
若い男が俺に手を差し伸べる。そしてその手を掴んだ瞬間、手錠が手首にかけられた。
「....署でね」
「おいアティ!」
そうして俺は無理やり引っ張られ、疲労が募る身体を村までまた運ぶことになりましたとさ。