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記念キック

作者: 楢崎 藤子

よろしくお願いします。

 海外へ引っ越す友人のために、はじめて手作りという作業をした。

 相手も同じく、はじめての贈り物をくれた。


 はじめてのことが重なって、泣き笑いで別れてから十年の時が過ぎたとは思えないほどに鮮明な記憶は、無駄な知識を手に入れてしまった現在、苦いものへと変貌している。


 ***


 仕事帰りに立ち寄った居酒屋で、泥酔してしまった後輩の非常事態を察することはできた。だが、溢れ出したソレを受け止めるには時間も手の数も足りなかった。

「こっちが泣きてぇよ……」

「どんまい、マッチャン」

 こういう時は無理に止めるべきではない、存分に出させてやろう。と、半ば諦めの境地で後輩の背中をさすっていると突然「ダイジョウブ?」の声が聞こえた。


 こちらを心配そうに見つめてくるのは、金髪の可愛らしい少年。

「えっと、―― 心配してくれて、ありがとう、こっちでなんとかできるよ」

 観光客か移住者かは分からないけども、日本語は伝わるみたいだから、とりあえず短く台詞を切って対応してみる。進学の手段としてしか勉強していたのが、巡り巡って恥の一部になってる事実が、なんとも情けない。

 しかも、落ち着いてきた後輩が泣き出したのを前にして少年は、俺と一緒に丸まった背中を小さな手で撫で始めたではないか。

「やべぇ、泣きそう」

「ダイジョウブ?」

 うっかり口から出た心の声に反応した少年が、たまらなく愛しく思えた一方、もう少し警戒心を持ってほしいという気持ちも出てきたので「だいじょうぶ、こっちの話。ほら、パパママのところに戻りな」と促したが、キョトンとなった少年の反応に嫌な予感がした。

「きみ、パパママと一緒じゃないのか?」

 確認のつもりで聞いてみたが、当の本人は今まさに脳内で情報を処理している最中らしく、瞬かせていた緑の瞳が段々と潤いを増していく。

 ヤバい。と思った瞬間、耳を突き通す大音量が響き、途方に暮れた。


 もろもろの処理を終え、やっと宥めることができた少年は、両親と一緒に遠路はるばる祖父母に会うため訪日したらしく、日が暮れるまで観光や土産物を回っているうちにはぐれてしまい、お腹が空いてくるころ合いだったためか、おいしそうな匂いにつられて入店したそうな。

 何故か。日をまたいでいないのに頭痛がした俺は、とりあえず唐揚げを注文した。


 泥酔した後輩を店主とタクシー運転手に押し付けるのも、少年を店主や交番に任せるのも簡単ではあるが、―― 近くの交番は酔っ払いや危ない輩の相手で忙しいだろうし、タクシーの運転手さんが被害を受ける可能性もある。それに店主は片づけとか仕込みの時間がある。


 結論として、まずはタクシーで後輩を自宅まで送り届けた後に少年の親を探そうという事にした。逆ではないか。とも思ったが、少し前に後輩から同居人が探偵業をしていると聞かされていたので、急がば回れ、の理論だ。

 唐揚げ定職を夢中で食べていた少年の目が、探偵の単語に輝いたのもある。

「マッチャンってさ。人が好いよね」

 いじめられてない? と聞いてくる店主の方が、よっぽど人が好いと思う。

「じゃぁ、ぼちぼち行ってくるわ。ごちそうさまでした」

 何か困ったら絶対、ぜったい、ゼッッタイに連絡してよね。と、店主に念を押されながら手配したタクシーに後輩を押し込んだ俺が続けて、少年をタクシーに乗車させようとした時。

「誘拐犯‼」

 ソプラノボイスを乗せて、側頭部を襲った衝撃により、俺の意識は飛んだ。


 ***


 家族内でも浮いていて、クラスでも孤立していた俺と仲良くしてくれた友人の話。

 各地を転々としてきたという友人は、良く言えば静かで慎ましく。悪く言えば暗い印象を感じ、幼い俺は「うるさいよりも良い」と思って接していた。

 ただ残念なことに、クラスの中には分別ができない輩もいて、厄介なことにカースト上位に位置している奴で、怒らせると面倒くさい性質で、挙句に教師は事なかれ主義で―― 気づけば、友人の周りにはゴミが散乱するようになった。

 二十人近くいる教室で、加害者よりも傍観者が多い中で、嘆かわしいやら情けないやらだ。

 それが何となくムカついた俺は、周りの忠告も主犯からの命令も丸ごと無視して、()()()()()過ごした。それだけで標的は一瞬で変わった。

 教科書も上履きも、机や椅子も、あっという間にゴミ扱いされた。

「計画通りだぜ」

 想定外だったのはランドセルまで被害に遭ったことと。友人のなつき具合。驚きのあまり変な声が出たし、家に連れてきた日には母さんが泣いてたな。

「マッチャン、良い奴なのにな」

「面倒くさがりってだけだよ」

 対戦ゲームに興じながら、そんな会話があったことを今でも覚えている。


 ***


 日はまたいでいるが、別の意味で痛む側頭部に店主から受け取った氷嚢を当てる。

「ホントウニ、まことに、シツレイいたしました‼」

「いえ、こちらこそスマホの存在を完全に忘れてしまって……」

 土下座でもしそうな深さで頭を下げる金髪の美女に、俺も自分の落ち度を伝えたが「人が好いのも大概にしろよ。お前さん」という店主の低い声に、息が詰まる。

「いや、まぁでも、良かったです。大事がなくて本当に」

「ありがとうございます。ホントウニ、ありがとうございます。ゴメンナサイ」

「あの顔を上げてください。俺は本当に大丈夫なんで」

 比喩ではなく、本気で土下座しそうな美女を店主と一緒に宥め、俺の隣でしゃくりあげている少年と仲直り? してもらった後に旦那さんへ連絡してもらった。

「では、俺たちは失礼します」

「そんな、せめてオレイをさせてください!」

「おじさん、いっちゃうの?」

 互いに抱きしめあい、感動の再会を果たした親子が涙声で引き留めてくる。なんとなく後ろ髪を引かれる感覚だが、留まる理由もないので一言。

「俺、面倒くさがりなんで」

 なんだか気障な言い方してる。と自覚した瞬間、顔が熱くなったので、店先で待機していたタクシーへ直行するが後部座席を後輩に占領されていた。仕方なく膝枕する形で乗り込み、住所を伝える。

「センパイ、顔真っ赤?」

「寝てろ。酔っ払い」

 発車した時の振動で少し覚醒した後輩の目を覆い隠した俺は、ふと思い出す。


「そういえば、あいつに似てたな。あの子……」


 世界には似た人間が三人はいる。って、こういう事か。


ありがとうございました。

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