彼等の事情④
【バリーの整備日誌】
「パパ、アレはなに?」
熱狂する人々、舞い散る紙吹雪。
ズシン、ズシンとお腹に響く音。
前に家族で行った遊園地のパレード、それよりももっと大きなモノが、私の前を横切る。
人の形を模した緑のそれは、私の心を捉えて離さない。
「バリー、アレは我が帝国が誇る主力AHM、“ファルケ”と言うんだよ。」
「わたししってる!“ハヤブサ”のことでしょう?」
“お前は賢いな”と笑い、頭を撫でてくれるパパ。
それも気付かないくらい、私は大通りを歩く緑の巨人に夢中だった。
お腹の下に不思議な熱を感じながら、私の目はファルケに釘付けだった。
あの日、あの軍事パレードが、私の人生を決めた。
「バリサン、バリサン・テックスキー候補生!
ちゃんと講義を聴いているのか!!」
「ハイ!すいません!」
帝国史の授業は苦手だった。
ちょっとネットで調べれば、帝国対王国の戦争は敗戦の連続だ。
全ては第2次ロズノワル大戦、あそこで欲をかき、旧ロズノワル共和国軍の抵抗を受けてボロボロになったのが全ての始まりだ。
それを講義では“王国の騙し討ち”だの、“名誉の転進”だのと美化している。
私はそれよりも、帝国2個連隊を相手にして負けなかったと言う、旧ロズノワル共和国軍伝説の機体“古龍”の方が興味深い。
あぁ、遺失技術の世界、当時の水準の“戦闘用AHM”とは、一体どんな化け物なんだろうか!
「ゴホン!バリサン候補生!」
また怒られてしまった。
私は小さくなると、教科書で顔を隠した。
「バリーさぁ、アンタ就職先考えたぁ?」
講義後の、いつものランチ。
最近の話題はいつも同じ、友人が語る、進路についてのお悩み相談だ。
「え?アタシ?いや整備士になりたいんだけど?」
「フレン、聞くだけ無駄よ。
この娘、AHMが彼氏なんだから。」
“聞いたアタシが馬鹿だったわ”と、アッサリ切り捨てられると、理想の職場の話に移る。
他の子達は皆、やれ何処其処の企業の受付がいいだの、軍部でも安全そうな本部オペレーターがいいだのと言い合っている。
私からすれば冗談じゃない。
あんなに美しい機械と触れ合えない職場など、絶対に御免被る。
「あ、いた。
バリー、整備士長がアンタ探してたわよ?」
私は一気にランチを平らげると、すぐに席を立つ。
「ゴメンね、皆!アタシ用事が出来たから!」
呆気にとられる友人を尻目に、格納庫に走る。
「……ありゃ、浮いた話は当分無理ね。」
残された友人達が何か言っていたような気がするが、もうそれは聞こえない。
“珍しいモノが手に入ったら、絶対教えてね!”と、整備士長には念を押していた。
日頃、整備を手伝っていた甲斐があったというモノだ。
「お、遅れました!!」
「おぉ、丁度良いときに来たな。」
全力で走って汗だくの私を見て、整備士長のおじさんは笑う。
投げられたタオルを受け取りながら、私は格納庫の奥にある、見慣れない機体をマジマジと見る。
「せ、整備士長、これって……。」
「おぉ、目敏いな。今格納したところだ。
60tクラス主天使級試作AHM、“リントヴルム”だ。
我が軍の同クラスAHM、“カーズウァ”に変わる機体になるかどうか、試験前の整備をウチがやる事になってな。
お前さん、こういうの好きだろ?」
私は目を輝かせる。
カーズウァと違い、武装は少なめだが装甲がその分増している。
そしてなにより、右腕に見慣れない武装を装備している。
それが、私の心を捉えて離さない。
「お、おじさん!あの武器はどういう装備なの!!
整備、もちろん手伝いますよ!!」
「おじさんって、お前……、いや、ダメに決まっているだろう。
コイツは最終量産試作機とは言え、公表前だ。
つまり、軍事機密の塊なんだよ。
見せて貰っただけでもありがたいと思えよ!」
駄々を捏ねるが、整備士長は頑として譲らない。
まぁ、当然か。
後ろ髪を引かれるどころか引き千切られる思いをしながら、トボトボと教室に戻る。
まぁ、いずれはああ言う機体を触れることもあるだろう。
今はそれを楽しみに、午後の授業を耐えるとしよう。
「今の小娘が、例の予定のか?」
少女が立ち去った後で、一人の帝国軍人が整備士長に話しかける。
「へへ、今の騒ぎをウチの若い衆も見てましたからね。
これで状況証拠としては十分かと。
しかし、本当に大丈夫なんでしょうなぁ?
アタシも危ない橋を渡らされるんだ、それ相応の……。」
軍服の男が、無言で鞄から厚みのある封筒を渡す。
「へへ、毎度あり。
しかし、本当にコイツは採用されないんですかい?」
「長生きしていたくば、余計なことは考えないことだ。
……カーズウァは既に、帝国全域に配備されている。
今更、コストダウンの為の装備更新など、いたずらに現場を引っ掻き回し、混乱を招くだけだ。」
“さいですか”と整備士長は卑屈な笑顔を浮かべると、そそくさと作業に戻る。
軍服の男は1度機体を見上げると、少女が去って行った方向を見やる。
「……何事にも、犠牲はつきものだ。」
その夜、やはり私は誘惑に勝てなかった。
学校に隣接されているAHM整備工場。
歩哨の巡回ルートと時間は把握済み。
いつも侵入路として使っているフェンスの穴から忍び込み、スルスルと試作機のコクピットへ。
「やっぱりあった。」
操縦用のヘルメット、ナノギア。
試作機ならば、通常のヘルメットは使わないはず。
予想は大当たりだ。
ナノギアを被り、感覚同調を行う。
リントヴルムが静かに起動し、格納庫前の歩哨達の雑談を拾う。
「……って話だ。
俺達も、ヤバくなる前にここから逃げるぞ。
なぁに、皆、織り込み済みだ。」
「なるほどねぇ。その、バリサン?とか言う候補生をスパイに仕立て上げて、この試作機は“問題あり”の烙印を押させるとはねぇ……。
どんな偉い人が考えたか知らんが、世の中物騒だねぇ。」
その言葉で、思考が止まる。
今、私の名前を言った?
不安に駆られ、端末で自宅に電話する。
コールし続ける呼び出し音。
20コール目で、私は端末を切る。
「おい、例の候補生の家を襲撃したところ、本人だけいなかったらしい。
もしかしたらここに来るかも知れないから、見つけ次第“ヤレ”、だとよ。」
「若い娘がこんな所来ますかねぇ?
おおかた、今頃ボーイフレンドの家で腰でも振ってるんでしょうよ。
……ハハ、ウケますね。家族が皆殺しになってるときに、馬鹿面しながら尻振ってるのかと思うと。
捕まえたら、どんな気持ちか聞きたいですね。」
その言葉が、決定的だった。
起動シークエンスは既に終えている。
AHM輸送トレーラーとのリンクも終えている。
「うぇ!?試作機が動い……!?」
積載されている12.7㎜機銃を、歩哨達がいた位置に徹底的にばら撒く。
人だった物体は、どちらがどちらのモノか解らないほど、細切れの肉片に変わっていた。
「……こんな気持ちよ。」
格納庫のハッチを、右腕の見たことの無い装備、荷電粒子砲で吹き飛ばす。
その威力に、心惹かれる。
家族の死よりも、目の前の兵士の肉片よりも、この武器の構造に興味が向いている自分に気付く。
ハハ、私はこんなにもヒトデナシだったのか。
まずは整備士長だ。
それが終われば国外に逃げよう。
どうせ追われる身だ。
好きに生きてやる。
AHMに触れるなら何でも良い。
いや、出来るなら旧時代の戦闘用AHMも触りたい。
その為にも、どんなに生き汚くても生き抜いてやる。
この時、私は地を這う竜となった。
AHMと共に好きに生き、そしてAHMと共に好きに死ぬ。
それが私だ。
私の枷は、この時失われた。
AHMフェチとかかなり危険な部類。
バリサン・テックスキー
外見年齢は20歳に満たなそうな女性
銀髪のポニーテールが特徴
出身地:アンヌン帝国
職業:整備士
>余りにもAHMが好きすぎて、他国の鹵獲機をいじくり回そうとしたがそれがスパイ工作と誤解される的な感じで。
と、設定を貰っていましたが、無理だったんでこうしました。
この人、ファイズ君と違ってマジで一生帝国から狙われ続けるよね……?